気候変動による夏の猛暑化に伴い、職場における熱中症による労災が10年前と比較して約2.5倍に増加している。こうした深刻な状況を受け、2025年6月から特定の高温環境下での作業を行う企業に対して、熱中症対策が罰則付きで義務化される。 本記事では、人事担当者が準備すべき熱中症対策の3つの対策と罰則について解説する。(文:丸山博美社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部

【2025年6月義務化】職場の熱中症対策で企業に求められる3つの対策と罰則を解説

目次

  1. 熱中症による労働災害の実態
    1. 熱中症による労災事故の死傷者数は、10年前のおよそ2.5倍に
    2. 死亡災害に至る割合は、他の労働災害の5~6倍
  2. 職場における熱中症発生は、不可避だからこそ、重篤化させないための対策が肝心
  3. 2025年6月以降、企業に求められる熱中症対策とは?
    1. 熱中症対策義務化の対象となる作業
    2. 企業に義務付けられる熱中症対策① 「報告体制整備」
    3. 企業に義務付けられる熱中症対策② 「実施手順作成」
    4. 企業に義務付けられる熱中症対策③ 「関係者への周知」
  4. 熱中症対策義務化への未対応は、罰則の対象に
  5. 現場において深刻化する働き手不足、だからこそ労働者に安心・安全を

熱中症による労働災害の実態

昨今問題視される気候変動に伴う影響は、私たちの身近なところでもずいぶん感じられるようになってきています。その一つが「職場における熱中症発症増加」であり、その実態は近年の労災事故発生件数に如実に表れています。

こうした背景に鑑み、2025年6月より、特定の環境下での作業を命じる事業者に対し、熱中症対策が罰則付きで義務化されました。今回は、企業に求められる熱中症対策の概要と罰則について解説します。

企業の熱中症対策が義務化されるに至った背景として、まずは熱中症起因の労災事故に係る深刻な実態を正しく理解しておく必要があります。

熱中症による労災事故の死傷者数は、10年前のおよそ2.5倍に

【2025年6月義務化】職場の熱中症対策で企業に求められる3つの対策と罰則を解説
出典:「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(令和7年1月7日時点速報値)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001496511.pdf

職場における熱中症による死傷者数の推移(青色の折れ線グラフ)を確認すると、2024年時点で、10年前と比較するとおよそ2.5倍に膨れ上がっていることが分かります。もっとも、2021年のように死傷者数がぐんと減少する年もありますが、これは気候によるもので、2021年の夏は例年比で気温が低く、かつ湿度が上がらない傾向にあったためと考えられます。

一方、2022年から2024年にかけては全国的に厳しい夏の暑さに見舞われ、しかも日本の夏の平均気温は過去最高を更新し続けました。これに伴い、図中の熱中症死傷者数は右肩上がりに増加しています。

死亡災害に至る割合は、他の労働災害の5~6倍

職場における熱中症による死亡者数(上図の赤色の棒グラフ)を見ると、近年では毎年30人前後の労働者が熱中症による労災事故で命を落としていることが分かります。この「30人前後」を初見でどう捉えるかは個々に委ねられる部分ですが、事実として、他の労災による死亡者数とは比較にならないくらい悲惨な数字であることを理解する必要があります。

【2025年6月義務化】職場の熱中症対策で企業に求められる3つの対策と罰則を解説
出典:「令和5年 労働災害発生状況」
https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001100029.pdf

労災、とりわけ死亡につながる事故というと、一般的には高所からの転落事故等をイメージする方が多いと思います。2023年の労働災害発生状況を見ると、「墜落・転落」による死傷者数は20,758人であり、このうち死亡者数は204人となっています。

一方で、2023年の熱中症労災の死傷者数は1,106人、このうち死亡者数は31人です。「令和5年 労働災害発生状況」の図では、熱中症労災の数字は件数的に「その他」にまとめられているものの、死傷者数に対する死亡者の割合は、いずれの労災事故と比べても高いと断言できます。

職場における熱中症発生は、不可避だからこそ、重篤化させないための対策が肝心

熱中症発症に気候変動に伴う気温上昇が影響していること、そして、熱中症発症件数が特に多い建設業や製造業における作業実態に鑑みれば、職場において熱中症は相当数「起こり得るもの」として考え、適切な対策を考えていく必要があります。

熱中症発症の多い業種においては、夏の暑さの中でも高温多湿な環境下で作業せざるを得ないこと、ヘルメットや安全靴、長袖・長ズボン等の熱のこもりやすい作業着の着用が求められること等、業務上、熱中症対策とは相反する対応が求められることも一因となっています。

もちろん、このたびの熱中症対策義務化以前より、政府は事業主に対し、努力義務としてあらゆる熱中症対策の実施を求めてきました。しかしながら、これらは主に作業環境や作業の管理、労働衛生教育の実施といった「熱中症を発症させない」ための施策が中心でした。

今回の法改正では、熱中症の発生を想定した初期対応、つまり「発症してしまった熱中症を重篤化させないための仕組み作り」が事業主の義務となったのです。

2025年6月以降、企業に求められる熱中症対策とは?

職場でどんなに対策を講じても、従事する作業によっては熱中症発症リスクを完全に拭うことはできないことを前提として、2025年6月以降、特定の作業を対象として、「熱中症を早期に発見する」「発見後に迅速かつ的確に判断する」「適切に対処する」ことが現場に求められています。

熱中症対策義務化の対象となる作業

義務化の対象となるのは、「WBGT28度以上又は気温31度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間以上の実施」が見込まれる作業です。これは単に「〇〇業だから対象」等と一括りにできるものではなく、作業環境のWBGT基準値(暑さ指標)や気温、想定される作業時間を正しく把握した上で判断する必要があります。

企業に義務付けられる熱中症対策① 「報告体制整備」

熱中症のおそれがある労働者の早期発見のために、「熱中症の自覚症状がある労働者」や「熱中症のおそれがある労働者を見つけた者」が、その旨を適切な相手に迅速に報告できる流れを作っておく必要があります。

具体的には、事業場で何かあった際の連絡体制整備として、緊急連絡網や緊急搬送先の連絡先及び所在地等の作成が挙げられます。

併せて、通達(2025年5月19日の執筆時点では未発出)では、積極的に「熱中症の症状がある労働者を見つけるための措置」を講じることが推奨されます。これに関しては、職場巡視やバディ制の採用、ウェアラブルデバイス等の活用や双方向での定期連絡等が想定されます。

企業に義務付けられる熱中症対策② 「実施手順作成」

熱中症のおそれがある労働者を把握した後、重篤化を防止するために必要な措置の実施手順を整理しておくことが求められます。作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送等、現場に則した措置を洗い出し、誰にでも分かりやすい形でまとめておく必要があります。

以下の資料に、実施手順の参考例が添付されています。
参考:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)パンフレット」
https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/content/contents/002212913.pdf

企業に義務付けられる熱中症対策③ 「関係者への周知」

熱中症対策は、「検討して終わり」では意味がなく、万が一の際に正しく機能するものでなければなりません。上記①②については、あらかじめ関係者に周知しておく必要があります。

なお、「関係者」には、労働者だけでなく、労働者以外の熱中症のおそれのある作業に従事する者も幅広く含まれます。

熱中症対策義務化への未対応は、罰則の対象に

2025年6月以降、対象となる作業が生じる現場において「報告体制整備」、「実施手順作成」、「関係者への周知」への対応を怠った場合、法人や代表者らに6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科せられる可能性があります。

労働安全衛生法違反として「6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金」が科せられるケースとしては、他に「特別教育を行わなかった場合」「作業環境測定を行わなかった場合」等があります。

現場において深刻化する働き手不足、だからこそ労働者に安心・安全を

「熱中症対策の義務化」と聞いて、関係する現場においては、煩わしいものとして捉えられるケースもあるでしょう。対策を講じる上で生じるマンパワーやコスト上の負担感を払拭することは難しいかもしれません。

一方で、職場における熱中症対策の徹底は、単に従業員の健康確保に寄与するだけでなく、従業員エンゲージメント向上にもつながっていくことが予想されます。会社が「人を守る姿勢」を示すことは、職場に対する信頼、労働者各人の能力発揮、生産性向上の土台となるのです。

人口減少に伴う労働力不足が各所で問題視される中、労働者に安心・安全な職場を提供することには、長い目で見れば、目先の目的以上の利点が期待できることを忘れてはなりませんね。

【2025年6月義務化】職場の熱中症対策で企業に求められる3つの対策と罰則を解説
社会保険労務士、東京新宿の社労士事務所 HM人事労務コンサルティング代表/小さな会社のパートナーとして、労働・社会保険関係手続きや就業規則作成、労務相談、トラブル対応等に日々尽力。女性社労士ならではのきめ細やかかつ丁寧な対応で、現場の「困った!」へのスムーズな解決を実現する。
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