会社の創立には様々な費用が掛かる。よく知られているのが開業費や創立費などの繰延資産に該当する費用である。とくに、事業の創立から営業開始までの支出に該当する開業費は、税法上の取り扱いの判断に迷う人もいるだろう。ここでは、開業費の詳細について説明する。
目次
開業費は繰延資産に該当する
法人を設立するまでには様々な費用が発生する。法人を設立するための公証人役場での手数料、法務局で登記申請する印紙代等については創立費として処理される。法人の創立後から実際に営業を開始するまでに支払った費用については開業費とされる。開業費は「繰延資産」の科目に含まれている。
ここから基本的な繰延資産について説明をするとともに、その詳細である開業費について説明する。
繰延資産とは?
創立費、開業費など多数の繰延資産が目的ごとに決められている。まずは、そのような繰延資産について説明をする。
繰延資産とは、国税庁の法人税法平成31年度の税務大学校講本の言葉を借りると
「既に代価の支払が完了し、これに対応する役務の提供を受けた費用のうち、支出の効果が翌期以降にも及ぶと予想される費用を、適正な期間損益計算の観点から、支出の効果の及ぶ期間に合理的に配分するため、財産的価値を有しないものを経過的に資産として計上するものである。したがって、繰延資産は、換金性もなく、また、法律上の権利でもなく、実体を伴わない資産(擬制した資産)であるところにその特徴がある。」
と説明されるものである。
つまり、繰延資産は既に支払を終えているという点では固定資産の取得と同じであるが、支払いと同時にサービスを受ける費用のうち、そのサービスの効果が翌期以降に発揮されるものについては、固定資産のように実体があるわけではない。ただ、効果は翌期に発揮するという特性から、会計上の観点から繰延資産として資産計上しているのである。
また、繰延資産の種類には大別して二つに分類される。企業会計上の繰延資産と税法上の繰延資産に分けられる。
企業会計とは別に、法人税法として繰延資産を規定している目的としては、期間損益計算を適正に行うことで、各法人間の課税の不公平を極力なくすためである。
会計上の繰延資産
企業会計における繰延資産としては、限定列挙として以下の①から⑤のものである。
① 創立費
創立費とは、会社創立時に会社が負担すべき設立に関係する費用のことであり、具体例としては以下のようなものがある。
・会社の定款や諸規則の作成に関連する費用
・株式の募集などに使用した広告費
・目論見書や株券の印刷費
・創立した事務所の賃貸料
・設立時の事務処理で雇った使用人の給料
・金融機関や証券会社の利用手数料
・創立時の総会に必要な費用
・設立時の登記に係る登録免許税など
② 株式交付費
株式交付費とは、株式の交付などを目的として直接支出した費用のことであり、具体例としては以下のようなものがある。
・株式の引き受け募集などに使用した広告費
・株式の変更登記に係る登録免許税
③ 社債発行費等
社債発行費とは、会社の社債発行のために直接支出した費用をいう。
・社債を募集するための使用した広告費
・社債の登記に係る登録免許税
④ 開業費
開業費とは、会社を成立した直後から、営業を開始した時までに支出した開業準備に使用した費用のことである。開発費に関連するものは以下のようなものがある。
・登記した土地や建物などの賃借料
・開業にあたって広告に使用した宣伝費
・通信・交通費や開業準備に使用した事務用品の消耗品費
・支払利子
・開業において雇った使用人の給料
・各種保険料
・水道・ガス電気代などの光熱費
⑤ 開発費
開発費とは、会社の発展のための技術導入や設備改修などに関わる費用をいう。ただ、経常費に関わるような経費は開発費に含んではいけないので注意が必要である。
・新技術の導入費用
・研究開発にかかった費用
・市場の開拓などに使用した費用
・生産効率向上などを目的とした設備の大規模な配置替え
税務上の繰延資産
法人税法上の繰延資産は、次に掲げる①から⑤の法人が支出する費用の中で、支出を行った日から1年以上の支出効果があるものが該当する。
ただし、これらのような資産の取得価額に参入される費用であったり、前払いを行った費用分は除かれることに注意が必要だ。
① 自己が便益を受ける公共的施設又は共同的施設の設置又は改良のために支出する費用
・道路負担金② 資産を賃借し又は使用するために支出する権利金又は立退料その他の費用
・借家権利金、礼金③ 役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用
・ノウハウの頭金④ 製品等の広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用
・広告宣伝用の看板を贈与した費用⑤ 上記①から④までの費用のほか、自己が便益を受けるために支出する費用
・出版権の設定の対価
開業費の償却に関する注意2点
繰延資産である開業費の償却については会計上と税務上では異なるため、注意が必要となる。
1.開業費の会計上の償却
開業費は、支出した際に費用として処理しなければいけない。開業費を繰延資産として計上する場合には、開業してから5年以内で、定額法によって償却しなければならない。
会計上の繰延資産については、償却期間が5年以内と決まりはあるが、税務上においては必ず何年で償却しなければならないという決まりがないことから、適正な期間損益計算に基づいて償却をしていれば、まとめて費用とすることも可能である。
2.開業費の税務上の償却
開業費は法人の随時償却とされており、繰延資産である開業費の全額が償却限度額となるため、まとめて費用とすることができる。
なお、税務上の繰延資産については、支出をした費用をその支出の効果の及ぶ期間で案分した金額が、その事業年度の償却限度額となる。償却費として損金経理をした金額のうち償却限度額に達するまでの金額が損金の額に算入される。
また、その支出した費用の額が20万円未満であるときは、繰延資産として計上しないで、その支出した全額を損金経理により損金の額に算入することができる。
したがって、税務上の繰延資産に該当しても、その支出額が20万円未満の場合には、まとめて費用とすることができる。実務上においても便利な規定である。
開業費の範囲はどこまで?
創業してから実際に開業するまでに要した開業費の範囲について改めて確認する。
開業費の範囲については、企業会計基準委員会の繰延資産の会計処理に関する当面の取扱いの中で「開業までに支出した一切の費用を含むものとする考え方もあるが、開業準備のために直接支出したとは認められない費用については、その効果が将来にわたって発現することが明確ではないものが含まれている可能性がある。このため、開業費は、開業準備のために直接支出したものに限ることが適当である」と説明されている。
ここでは、具体的な開業費の範囲を確認する。
開業費の仕訳の具体例
ここでは、開業費として仕訳されるものの具体例について紹介する。
・開業時までの事務所、店舗の賃借料
法人設立前の事務所家賃に関しては、創立費として繰延資産となる。そして、創立後から実際に営業をするまでの事務所家賃に関しては開業費として繰延資産となる。なお、開業前に支出した部分を明確に区分できるように、整理しておく必要があるので注意を要する。
・開業時までの広告宣伝費
BtoCのビジネスを新規開業するのであれば、それをお客様に広く周知させる必要があるため、開業前のチラシ、パンフレット、新聞折り込み費用等の宣伝のために直接支出するものに関しては、開業費として繰延資産となる。
・開業時までの通信交通費
会社設立後から営業開始前までの電話、インターネットや交通費などは、特別に支出するものではなく経常的に支出する経費であることから、特段の事情がない限りは開業費ではなく経費として処理することとなる。
・開業時までの水道光熱費
会社設立後から営業開始前までの水道光熱費については、上記通信交通費と同様の観点から、特段の事情がない限りは、経常的に支出するものであるため開業費とはならず経費として処理することとなる。
開業費に関する裁判の判例
ここからは、事業開始前に支出した費用が開業費に該当するか否かを争点として行われた裁判事例について紹介する。
実際の開業費の費用性について国税不服審判所の裁決事例集を通して、上記で説明してきたことを参考にしながら、裁決事例集の争点を多少加工して考察する。詳細は裁決事例集を参照していただきたい。
事業開始前の借入金利子が開業費に該当するか?
・事実の概要
個人事業主として診療所の開業をするにあたって、事業用資産を事業開始前に借入金によって取得した場合において、事業開始前に支出した借入金利子が繰延資産である開業費に該当するかどうかを争点とする事例である。
結論から説明すると、事業開始前に支出された固定資産の取得のための借入金の利子等は、その固定資産の取得価額に算入するものであるため、繰延資産である開業費には該当しないという裁決となっている。
・基礎事実
1993年4月19日 事業を開始
19935年3月31日 診療所用の建物等を取得
1992年9月9日から1993年4月15日まで 建物等の取得に係る借入金利子を支払っていて繰延資産の開業費として処理している(以下、本件利子等という)
1994年分の事業所得の金額の計算上、その開業費を償却費として必要経費に算入している。
基礎事実が示すように、請求人は本件利子等を開業費として資産計上してから、1994年分の確定申告において、開業費を償却して事業所得の必要経費に算入している。この申告経費がそもそも開業費に該当するのかが論点である。
・請求人の主張
A本件利子等は、施行令第126条減価償却資産の取得価額に規定する付随費用として取得価額を構成するものでないことから、施行令第7条第1項括弧書に規定する資産の取得に要した金額とされるべき費用には該当しないため、同条第1項第1号に規定する開業費とすべきである。
B原処分庁が、所得税基本通達(以下「基本通達」という。)38―8《取得費等に算入する借入金の利子等》の定めを適用しているのであれば、通達の適用誤りである。
基本通達38―8は、所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》に関する通達であり、同条の規定は、譲渡所得の金額の計算上控除すべき取得費に関する規定である。したがって、本件利子等は、所得税法第2条《定義》、同法第37条《必要経費》、同法第50条《繰延資産の償却費の計算及びその償却の方法》及びそれに関連する条文に基づき、事業所得の金額の算定の中で判断すべきである。
C原処分庁は、新たに事業を開始する者が事業の用に供する資産を事業開始前に借入金によって取得した場合において、その者が事業開始前に支出した当該借入金の利子について、法人と異なった取扱いをしている。
D減価償却資産の取得価額は、会計学的にも用役提供能力の金銭価値とすべきであり、自己資金で取得した場合と借入金で取得した場合とで差が生じるとは考えられない。
これらの主張をまとめると以下のようになる。
A借入金利子は固定資産の取得価額ではなく、開業費に該当する。
B借入金利子の取得費算入に基づいて主張しているのであれば、それは誤りである。他の計算規定に基づいて計算すべき。
C所得税法と法人税法で異なる取扱いをしている。
D固定資産を自己資金、借入金で取得した場合においてもその形態で差が生じることは考えられない。と主張している。
・原処分庁の主張
A本件利子等が繰延資産である開業費に該当するためには、本件利子等が以下の(1)から(3)の要件を満たす必要がる。
(1)業務に関し個人が支出する費用であり、かつ、その支出の効果が支出の日以後1年以上に及ぶこと。
(2)資産の取得に要した金額とされるべき費用及び前払費用でないこと。
(3)事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用であること。
本件利子等は建物等を取得するための借入金に係る費用であることから、上記(2)の要件を充足していないこととなり、繰延資産である開業費には該当しない。
また、事業を営んでいない者が、新規に事業を開始するに当たって、その事業の用に供する固定資産を借入金をもって先行取得しているような場合には、事業開始前の期間に対応する当該借入金の利子は家事費であり、所得税法第37条の必要経費に該当しないこととなる。
しかしながら、このことは、費用収益対応の原則からも適当ではないことから、本件のように全く事業を営んでいない者が、新たに事業を開始するに当たって、事業開始前に支出された固定資産の取得のための借入金の利子は、その事業により生ずる利益に対応させて費用の分配を図ることが費用収益対応の原則に立脚して期間損益計算上の立場からも最も合理的である。
したがって、本件利子は、建物等の取得のための借入金に係る利子であり、建物等の取得のために要した費用であることは明らかであることから、施行令第126条第1項第1号イの括弧書の「その他当該資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額」の規定により建物等の取得価額に算入したものである。
B基本通達38―8は、前記Aと同様の理由から、事業開始前に支出された固定資産の取得のための借入金の利子は、固定資産の取得価額に算入するという解釈を示したものである。
C法人と個人が異なるのは、法人においては、法人が有効に設立した以後には、個人でいう業務を営んでいない期間に対応する部分が存在しないこと、すなわち、家事費という概念がないからである。
D原処分庁は、法律の執行機関であり、請求人の主張する会計学的見解について意見を述べる立場にない。
原処分庁の主張をまとめると以下のようになる
A開業費の意義としてとても重要な3つの要件があることを示している。本件利子等は(2)に該当することから、資産の取得価額に算入すべきものであることを示している。
また、所得税法においては、事業開始前の借入利子等は家事費に該当することから、そもそも必要経費にならないことを論じているが、それでは費用収益対応の原則を無視することが期間対応という観点からも好ましくないことから、建物の取得価額に算入し、減価償却を通じて費用化することで費用収益対応の原則を保持する形が妥当としている。
B事業開始前の借入金利子は固定資産の取得価額に算入とうい解釈を示している。
C法人では設立後に事業をしているかどうかという家事費の概念がそもそもない。
D個人の会計解釈について、法的根拠なしに見解を述べる必要がない。
・判断
判断についてまとめると以下のようになる。
A本件利子は、建物等を取得することを基因として支出されたものと認められることから、施行令第126条第1項に規定するその他当該資産の購入のために要した費用となり、当該資産の取得価額に算入することとなる。
さらに、本件利子は、開業費に該当しない要件である資産の取得に要した金額とされるべき費用に当たると認められることから、施行令第7条に規定する開業費には該当しない。
したがって、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
この裁決事例集で押さえておきたい論点は、開業費の3要件であり、これから開業費を処理する中での判断材料にする上で役立つであろう。
開業費の仕訳に迷ったら税務の専門家へ相談を
会社の創立に際しては、開業費や創立費など、5つの繰延資産があることを紹介してきた。
会社の創立から営業開始までの期間の費用に該当する開業費がどこまで該当するのか、開業費の裁判例にて紹介した「開業費の3要件」も参考にして欲しい。
開業費の償却については、基本的には開業5年以内に定額法によって行わなければならない。もしも、開業費の仕訳に迷うことがあったら、税務の専門家へ相談しよう。
文・関伸也(税理士)