神戸の由来に⁉生田神社の歴史【兵庫エリア】
神戸の由来に⁉生田神社の歴史【兵庫エリア】

こんにちは。ライターの「はるの」です!

皆さんは兵庫県にある「生田神社」をご存じでしょうか?
今回は、生田神社の歴史、そして「神戸」との関係について紹介していきます。

読むと、もっと生田神社を楽しめるかも……!
最後まで読んでいただけると嬉しいです。

そもそも生田神社とは?

生田神社は神戸市中央区にある1800年以上の長い歴史を持つ神社で、稚日女尊(わかひるめのみこと)という神様を主祭神として祀っています。

この稚日女尊は、天照大神の和魂や妹神と伝えられている女神で、機織りを司る神様です。

機織りの糸と糸とを合わせて織る様子から、人と人との縁を結ぶ御利益に繋がり、現在では縁結びや恋愛成就の神社として人気を集めています。

生田神社ならではの水みくじやお守り、ハート型の絵馬などもあり、恋愛成就や良縁を願う人にぴったりのスポットです!

生田神社と「神戸」との関係

そして、生田神社を語る上で外せないのが「神戸」という地名との関係です!
実は、「神戸」という地名の由来は生田神社と深く関係しているのです。

大同元年(806年)、生田神社は生田の地の神を守る家である「神戸(かんべ)」を朝廷から与えられます。そして、この「かんべ」という言葉が月日の流れと共に変化し、「神戸(こうべ)」という地名が生まれました。

現代を生きる私達にも馴染み深い地名の由来が、こんなにも昔からきているなんてびっくりしますよね。

古戦場としての生田神社

生田神社は、様々な戦いの舞台となった土地でもあります。

特に、関わりが深いのは源平合戦。

生田神社のある神戸の地は、平清盛によって造られた福原京や大輪田泊と近い位置にあり、その影響から、権力や都を巡る源平の戦いが多く起こりました。

特に生田神社内にある生田の森は、平知盛・平重衡が率いる平氏の部隊が陣を取っていた場所で、そこへ源氏が攻め込んで合戦になった場所として有名です。

この戦いでは、源氏軍の梶原景季(かじわらのかげすえ)という若武者が、境内の梅の枝を箙(えびら)に挿して戦ったという「えびらの梅」という逸話が残っています。

源平合戦の時代以降も、かの有名な楠木正成や織田信長も戦いを行ったという話が残っている古戦場としても有名な神社です。

※箙(えびら)…矢をさし入れて腰に付ける箱形の容納具

おわりに

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

今回紹介した生田神社には、JR「三ノ宮」駅・私鉄各線「三宮」駅から徒歩10分で行くことが出来ます!

歴史や地名の由来を知ると、現地に足を運んだ時に、より楽しめるのではないでしょうか!
この記事が皆さんにとって、そんな楽しみをプラスする存在になっていたら嬉しいです。

それではまた、次の記事でお会いしましょう。

参考

生田神社
https://ikutajinja.or.jp/introduction
兵庫県立歴史博物館
https://rekihaku.pref.hyogo.lg.jp/digital_museum/trip/road_sanyou/ikutajinja/
神戸公式観光サイト Feel KOBE
https://www.feel-kobe.jp/facilities/0000000035/
めいしょメグル「生田神社❘神戸三宮・源平合戦の地に立つ縁結びの社(兵庫名所巡り)」
https://meishomeguru.com/8008.html#i