
事業承継士は、事業承継を専門に扱うための資格である。相続の問題なら司法書士、節税対策なら税理士など、個別の問題について相談できる専門家はいても、事業承継のプロセス全体を扱うことができる専門家が不足していたことから、2015年に民間団体によって創設された。この記事では、事業承継士とは何か、また事業承継士に依頼すべきかについて詳しく見ていこう。
目次
事業承継士とは?
事業承継士の認定団体である一般社団法人 事業承継協会は、事業承継士を以下のように説明している。
事業承継とは、会社の理念/儲かる仕組み/独自のノウハウ/企業文化を承継し、後継者による更なる成長を図ることです。事業承継士は、これらの諸問題を総合的に解決することのできる唯一の資格です。「社長個人の相続」と「会社の事業承継」の両方の分野を融合させたものであり、単なる相続対策、節税対策にとどまらず、弁護士・公認会計士・税理士・中小企業診断士といったそれぞれの専門家をコーディネートする立場にあり、個別最適ではなく全体最適を目指して支援することができます。
出典:一般社団法人 事業承継協会
団塊世代が引退する時期を迎えたため、近年の日本では事業承継が火急の課題となっている。中小企業庁や各自治体、金融機関なども、本腰を入れて事業承継の取り組みを始めている。
しかし、日本がかつて経験したことがない、膨大な数の事業承継案件を前にして、事業承継を扱うことができる専門家が圧倒的に不足していることが明らかになった。その不足を補うことを目的に、事業承継の専門家集団により創設された民間資格が事業承継士である。
以下で詳しく解説するが、事業承継士になるためには、中小企業診断士や税理士、公認会計士、弁護士などの資格をすでに取得していることが求められる。その上で30時間におよぶ講座を受講し、認定試験に合格しなければならない。3年ごとの資格更新時は、セミナーや研修の受講する必要もある。
事業承継士の資格を取得するプロセスでは、他の士業など、事業承継に関するさまざまな専門家と知り合いになれるような配慮がなされている。事業承継士は、事業承継についての知識だけでなく、人的ネットワークも有することが求められるのだ。「事業承継についての相談を誰にしたらいいか」と悩んでいる場合、事業承継士は有力候補になるだろう。
認定団体『事業承継協会』設立まで
事業承継士の認定団体である一般社団法人 事業承継協会の代表理事は、内藤博氏だ。内藤氏は、中小企業診断士としてキャリアをスタート。事業承継のエキスパートとして経験を積み、専門家集団である事業承継センター株式会社を設立。さらに、専門家の養成を行うために事業承継協会も設立している。
中小企業診断士として事業承継の専門家に
出版社に勤務していた内藤氏は40歳で独立を決意し、42歳で中小企業診断士に合格、出版社の取締役を経て49歳に独立した。自身が祖父の事業を承継できなかった経験から、事業承継を専門とすることを決め、金融機関の事業承継担当としてキャリアをスタート。東京商工会議所の事業承継専門家も務め、1,000件を超える事業承継の相談に対応している。
事業承継センター株式会社を設立
数年間個人として活動していた内藤氏は、東日本大震災をきっかけに「ノウハウなどの目に見えない財産をしっかり残してかなければならない」と痛感。同じ思いをもった専門家が集まって、経営者の相談相手になることや、後継者の育成支援を目的として事業承継センター株式会社を設立し、代表取締役社長に就任する。
一般社団法人 事業承継協会を設立
さらに、事業承継を支援する専門家の養成を目的として一般社団法人 事業承継協会を設立し、認定資格として事業承継士を創設した。創設された2015年から3年間で、資格取得者は300人以上になった。内藤氏は自身の事業承継も行い、事業承継センターの社長に若い世代を抜擢し、事業承継協会の代表理事に専念することになっている。
事業承継士の資格を取得するための要件
事業承継士の資格を取得するための要件は、以下のとおりだ。
・一定の資格をすでに取得していること
・30時間の講座を受講すること
・認定試験に合格すること
・事業承継協会へ入会すること
「一定の資格をすでに取得していること」が要件となっていることから、誰もが簡単に取得できる資格ではないことがわかる。
要件1 一定の資格をすでに取得していること
事業承継士の資格を取得するためには、原則として以下の資格をすでに取得している必要がある。
中小企業診断士、税理士、公認会計士、弁護士、司法書士、社会保険労務士、行政書士、土地家屋調査士、一級建築士、不動産鑑定士、宅地建物取引士、ファイナンシャル・プランニング技能士など
要件2 30時間の講座を受講すること
事業承継士の資格取得にあたっては、30時間におよぶ以下の講座の75%以上に出席しなければならない。
・事業承継士とは何か?(1.5時間)
・事業承継概論(2時間)
・ヒアリング・状況分析・課題発見・解決策の提示(3.5時間)
・株式と経営権/財産権(2時間)
・社長個人としての相続&争族防止(2時間)
・後継者にまつわるあれこれ(2時間)
・会社を強くする技術伝承(1時間)
・後継者のための労務管理(1時間)
・保険/オペレーティング・リースを駆使した事業承継(2時間)
・実践に基づくケーススタディ①~③(7時間)
・中小企業経営承継円滑化法の解説(2時間)
・事業用資産としての土地/建物対策(2時間)
・信託の最新事業(2時間)
出典:事業承継センター
講座の内容は、事業承継センターが10年にわたってコンサルティングを行った、2,000件以上の案件によって培われたノウハウが盛り込まれているという。また講座に出席することで、同席しているさまざまな専門家と知り合い、実際にコンサルティングを行う際にチームを作りやすくなるよう配慮されている。
要件3 認定試験に合格すること
上記の講座に75%以上出席すると、事業承継士認定試験の受験資格が得られる。講座で使用したテキストが試験範囲となり、出題形式は択一式と記述式の混合形式だ。60点以上の得点をもって合格となる。
要件4 事業承継協会へ入会すること
一般社団法人 事業承継協会への入会をもって、事業承継士の資格取得が認定される。入会にあたっては、倫理規定や懲罰基準、資格要件などに照らして審査が行われる。協会に入会することで、研修や機関紙・Webサイト、メルマガなどで最新情報が提供され、Facebookグループによる会員同士の交流促進が行われる。
事業承継士の資格を更新するための要件
事業承継士の資格は、3年ごとに更新が必要だ。更新にあたっては以下を行い、計30単位を取得しなければならない。
・事業承継センター株式会社が主催、共催、後援、するセミナー・研修等に出席すること(1~2単位)
・事業承継センター株式会社が主催、共催、後援、するセミナー・研修等で講師または講師補助をすること(2単位)
・一般社団法人事業承継協会が発刊する「ツナグ」誌上に掲載されている継続研修問題を解いて合格すること(2単位)
・事業承継士としてセミナー講師を務めること(単独開催、各機関との共同開催を含む)(1~10単位)
・事業承継に関するコンサルティングを行うこと(1社あたり1~10単位)
など
出典:一般社団法人 事業承継協会
事業承継士の他の資格と異なる特徴
国家資格・民間資格を含め、現在はさまざまな資格があるが、事業承継士の資格にはどのような特徴があるのだろうか。
1. 事業承継に特化した資格である
事業承継士の最大の特徴は、事業承継に特化した資格であることだ。これまでは、事業承継にまつわる相続や節税など、個別の問題を解決する専門家はいたが、事業承継全体についての専門家はいなかった。
そのため、事業承継士が創設されたのだ。
2. 事業承継についての実践的な知識を継続的に学んでいる
事業承継に関連する実践的な知識を継続的に学んでいることも、事業承継士の特徴と言えるだろう。資格取得のための講座では、事業承継の実例が取り上げられる。また、会員専用のWebページからは、実際の事業承継現場で使用されたさまざまな資料や提案書、診断書などをダウンロードして使用することができる。
さらに、資格取得後の更新に際しても、研修への参加などによる単位取得が求められる。これらによって、事業承継に関する知識を最新のものにアップデートすることができる仕組みになっているのだ。
3. 他の士業など専門家とのネットワークを構築することができる
他の士業などの専門家とのネットワークを構築できることも、事業承継士の特徴と言えるだろう。事業承継にはさまざまな問題が含まれるため、コンサルティングを行う際にはさまざまな専門家と協力し、チームで対応する場面が多くなる。そのチームは、事業承継士が編成する。したがって他の士業などとの人的ネットワークは、事業承継士の活動に不可欠なのだ。
事業承継士にコンサルを依頼すべきか?
事業承継士は、事業承継に特化した資格である。一定の資格を保持していることが事業承継士の資格取得の要件となっており、誰もが簡単に取得できるものではない。
また事業承継士は、資格取得時や更新時に行われる講座や研修などを通して、実践的かつ最新の知識を習得し、他の士業などとの人的ネットワークを構築できるようになっている。
「事業承継をしなければならないが、誰に相談すればいいのだろう…」と悩んでいる人は、少なくないはずだ。その場合は、事業承継士に相談することをおすすめする。
文・THE OWNER編集部