地球温暖化の進行を止めるために、我が国は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を掲げています。
カーボンニュートラルに向けた取り組みは、中小企業にとっても無縁ではありません。それは経営を刷新し、新たな事業機会をつかむ契機ともなり得るものなのです。
そこで今回、「カーボンニュートラルが中小企業を変える」というテーマで、3回に分けて、中小企業におけるカーボンニュートラルへの取り組みについて解説していきます。
1回目となる今回は、そもそもカーボンニュートラルとはどんな考え方で、なぜ必要なのか、どのようにして実現するのかといった基本を確認していきます。
加速する地球温暖化の進行
カーボンニュートラルは、地球温暖化による気候変動を防ぐための方策です。そこでまず、温暖化の状況を確認しておきましょう。
▼図 世界の年平均気温偏差の経年変化(1891~2022年)(気象庁ホームページより)
世界の平均気温は、統計データが記録された1891年から、右肩上がりに上昇していますが、2010年以降は特にその上昇が加速しています。上のグラフでは、平均して「100年あたり0.74度の割合」での上昇となっています。
▼図 日本の年平均気温偏差の経年変化(1898~2022年)(気象庁ホームページより)
また、日本の気温の変化は世界の平均よりもさらに激しく、平均して「100年あたり1.3度の割合」で上昇となっています。
地球温暖化対策の国際的な枠組みを定めた「パリ協定」(2015年採択)では、産業革命期以前を基準として、どれくらいの気温上昇で温暖化をストップさせるべきかという「上限目標」を定めています。
その目標は2段階あり、1.5度(努力目標)と2度(目標)です。
直近のデータを確認すると、2014年から2022年までの8年間は、過去の記録上もっとも暖かかったことがわかっており、上記の基準で「1.2度」の上昇でした。
さらに、2023年はさらにそれを大きく上回り、観測史上もっとも暖かかった年になりそうな見込みです。
このように温暖化が確実に進行し、近年においてそのスピードが加速していることはデータによって明らかにされています。
温暖化が社会に与える影響
上のデータを見て、「100年間で、1度や2度程度の上昇ならたいしたことないじゃないか」と思われる方もいるかもしれません。しかし、以下のように私たちの生活に大きな影響を与えます。
(1)温暖化により氷河が溶け、海水が膨張することで海面が上昇しています。
すでに1901年から2010年の約100年の間に海面が19cm上昇しており、21世紀中に最大82cm上昇すると予測されています。低海抜のエリアでは、高潮などの被害や、陸地へ海水が浸水することによる被害などが生じています。世界には、海面の上昇により人が住めなくなったエリアも出ています。
(2)熱波、干ばつ、集中豪雨、大型台風などの気候変動の増加も生じています。これらによる災害や、農業への悪影響も生じています。また、熱波と関連して、森林火事もこの20年で2倍近くに増加しています。
(3)気候変動は、当然、動植物の生態系にも大きな影響を及ぼしており、絶滅する動植物の増加や、漁獲量の減少などが生じると考えられています。
上記のような事態は、私たちの社会にも大きな悪影響を与えます。
日本では近年、集中豪雨による災害が増加していますが、これも気候変動による影響の一種です。
温暖化の原因とカーボンニュートラル
温暖化の主要原因は二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの排出増加
近年の地球温暖化の主要原因は、工業活動や農業活動による「温室効果ガス」の排出増加によるものだと考えられています。
温室効果ガスの中でも、火力発電所や鉄鋼やセメントの生産、自動車エンジンなどにおける化石燃料(石油、石炭)の燃焼による二酸化炭素の比率が極めて高くなっています。
そこで、温暖化の進行防止対策としては、この温室効果ガス、特に二酸化炭素の排出を抑制する活動が中心となります。
温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」
地球規模の課題である温暖化が意識され始めたのは、1990年代からです。1992年に「国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)」が採択され、「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)」が毎年開催されるようになりました。
2015年にフランスのパリで開催されたCOPで取り交わされた国際合意が、通称「パリ協定」です。(発効は2016年)。
パリ協定では、世界共通で、産業革命以前と比べた気温上昇上限の目標を2度、(努力目標は1.5度)とする長期目標が設定されました。また、すべての協定締結国を対象に、5年ごとの温室効果ガスの削減目標策定と提出が義務づけられました。
日本が掲げるカーボンニュートラルの目標
日本では、国の方針として、2020年と2021年に、以下の数値目標が表明されました。
・2050年までにカーボンニュートラルを達成する。
・2030年度までに温室効果ガス排出を、2013年度比で46%削減する。さらに、50%の削減を目指す。
なお、「2050年までにカーボンニュートラルを実現」という目標は、アメリカ、EU、英国、韓国など、125カ国が共通して目指している国際目標でもあります。
カーボンニュートラルとは
カーボンニュートラルとは、温室効果ガス排出量を「実質ゼロ」にすることです。「実質ゼロ」の意味は、以下の通りです。
私たちの呼吸によっても二酸化炭素は排出されるため、人類の活動から排出される温室効果ガスをゼロにすること自体は不可能です。
他方で、大気中の温室効果ガスは吸収されて減る面もあります。例えば、二酸化炭素は、植物の光合成により吸収されます。また、吸着材や吸収液などを用いて、大気中の温室効果ガスを吸収する技術も開発されています。
そこで、温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いてプラスマイナスゼロになっているのが「実質ゼロ」という意味です。これは温室効果ガスが増加しないニュートラル(中立)の状態なので、「カーボンニュートラル」と呼ばれます。
脱炭素社会、脱炭素経営とは
温室効果ガスの中でも特に二酸化炭素に着目して、その排出量をプラスマイナスゼロにすることを目指すのが「脱炭素」という考え方です。二酸化炭素の排出量がゼロになった社会は「脱炭素社会」と呼ばれます。
また、脱炭素を目指す視点を織り込んだ経営を「脱炭素経営」と呼びます。
(ただし、「脱炭素」と「カーボンニュートラル」が厳密には区別されず、同じ意味合いで用いられていることもよくあります。)
カーボンニュートラルの進捗状況
実際の、我が国における温室効果ガスの排出・吸収量(排出-吸収の差)を見てみましょう。
▼図 2030年度目標及び2050年カーボンニュートラルに対する進捗
温室効果ガスの排出・吸収量は、2013年以降減少してきましたが、2021年には、新型コロナウイルス感染症に起因する経済停滞からの回復により微増となっています。
温室効果ガスの種類とエネルギー起源CO2
先にも述べた通り温室効果ガスの種類や排出源は様々です。我が国におけるガス別の排出量は、以下のとおりです。
▼日本の温室効果ガス排出量(2020年度)
我が国の場合、約91%が二酸化炭素(CO2)であり、約84%が「エネルギー起源CO2」で占められています。
そのため、我が国の場合、エネルギー起源CO2の排出削減がもっとも重要な課題となります。
カーボンニュートラル実現へ向けた施策
上記の2030年度目標及び2050年カーボンニュートラルに対する進捗図からも2050年のカーボンニュートラル実現は、かなり高い目標であることが感じられると思います。
これをどのようにして目指していくのでしょうか。
我が国が排出している温室効果ガスの大半を占める「エネルギー起源CO2」は、電力(発電)に由来するものと、非電力(発電以外の産業活動、家庭など)に由来するものとに大別されます。電気が消費される前の部門別のCO2排出量構成比は、以下のようになっています。
▼図 部門別のCO2排出量(左円グラフが電気が消費される前の部門別CO2排出量構成比)
エネルギー起源CO2のうち、我が国でもっとも多いのは発電所から排出されるもので、次に産業部門、その次に運輸部門から排出されるものとなっています。
「エネルギー転換部門」というのは、簡単にいえば「発電所」のことです。発電所が発電した時点での(電気を生産者側に割り当てた)割合です。
ここから、カーボンニュートラルを目指すための主要な施策としては、以下のようなものが考えられます。
CO2排出を抑える
(1)電源の脱炭素化
発電において化石燃料を利用せず、太陽光、風力、水力、地熱などの再生可能エネルギーを利用することです。
(2)省エネルギー・エネルギー効率の向上
例えば、古い設備を新しい設備に置き換えて生産設備を高効率化するなど産業や家庭において、エネルギー効率を高めれば、結果としてエネルギー起源CO2排出を削減できます。
(3)運輸部門でのEV化
政府は、2035年までに乗用車の新車販売は、電動車(EV車など)を100%とする目標を掲げています。
C02を回収・貯蔵する
(1)森林などの保全、拡大
二酸化炭素を吸収する効果のある森林、湿地・干潟、海草藻場、海藻藻場などを保全、拡大します。
(2)二酸化炭素の回収、利用、貯蔵技術の開発・導入
発電所などから排出されたCO2を分離して集め、地中などに貯留・圧入して大気に放出しないようにする技術が「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」です。また、分離、貯留した二酸化炭素を利用しようとする技術が、「CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)」です。さらに、大気から二酸化炭素を直接分離・回収する技術として、DAC(Direct Air Capture)があります。
企業や家計の行動変容をうながす
(1)カーボンプライシング
炭素税や排出量取引など、二酸化炭素に価格をつけ(プライシング)排出者の行動を変化させる政策です。我が国では「地球温暖化対策のための税」が導入されています。さらに、GX推進法(後述)に基づき、2028年から包括的な「炭素税」の導入が、また、2026年以降の排出量取引制度の開始が予定されています。
(2)投資促進税制や補助金
「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」や各種の補助金などにより、高効率設備への更新などを促進します。
成長産業としてのカーボンニュートラル・GX
以前は、気候変動への対応や脱炭素を推進することは、経済活動の制約条件やコストと見なされてきました。しかし現在では、社会変革により新たな経済成長を生み出す成長戦略の一環として捉えられるようになっています。
まず、2021年には、経済産業省を中心として、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定され、産業政策・エネルギー政策の両面から、成長が期待される14の重要分野について、具体的な実行計画が策定されました。
成長が期待される14分野
エネルギー関連産業 | |||
---|---|---|---|
洋上風力・太陽光・地熱 | 水素・燃料アンモニア | 次世代熱エネルギー | 原子力 |
輸送・製造関連産業 | |||
---|---|---|---|
自動車・蓄電池 | 半導体・情報通信 | 船舶 | 物流・人流・土木インフラ |
食料・農林水産業 | 航空機 | カーボンリサイクル・マテリアル |
家庭・オフィス関連産業 | |||
---|---|---|---|
住宅・建築物・次世代電力マネジメント | 資源循環関連 | ライフスタイル関連 |
(2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html)
次に、2022年には内閣総理大臣を議長とする「GX実行会議」が設置され、2023年には「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」、通称「GX推進法」が制定されました。
GX(グリーン・トランスフォーメーション)とは、産業革命以来の化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体を持続可能なものへと変革することを指す概念です。脱炭素やカーボンニュートラルも、当然GXの一環ですが、GXはより広汎で、また長期的な変革を目指す考え方です。
このような国の方針のもとで、中小企業の間でも、脱炭素経営を単に社会貢献への取り組みとするだけではなく、新たなビジネスチャンスとして捉える見方が高まっています。
参考・出典
気象庁ホームページ
|https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html
| https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn.html
2023年11月20日『日本経済新聞』記事より
|https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA09DBG0Z01C23A1000000/
環境省ホームページ
| https://www.env.go.jp/content/000128749.pdf
資源エネルギー庁ウェブサイト
|https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/003/
独立行政法人 中小企業基盤整備機構
<カーボンニュートラルに関するご相談>
https://www.smrj.go.jp/sme/consulting/sdgs/favgos000001to2v.html
中小企業応援サイト 編集部 (リコージャパン株式会社運営)