「学」は「産」・「官」の中心に位置する扇の要

―アカデミアとの連携について、今後の方向性を教えてください。

横井さん:日本M&Aセンターホールディングスと神戸大学大学院経営学研究科との産学連携による共同研究は、2023年6月ごろから本格化しました。神戸大学大学院経営学研究科内に設置された中小M&A研究教育センター(MAREC)には、三宅社長と私が客員教授として参加しているほか、シンガポール現地法人の西井代表が客員准教授、広報・PR部の熊谷部長が事務局として、神戸大学所属のレベルの高い本職の研究者の方々と緊密な連携を保って共同研究を進めています。ほかにも多数の社員がかかわっていて、ここにいる横山さんもそうですし、税務や企業評価、PMI等各領域の専門家が、共同研究に対しM&A実務をふまえたアドバイスをしてくれています。また、自ら研究に取り組む人も出てきていて、私も一橋大学で中小企業M&A法務の研究を行い博士号を取得したのですが、西井代表もシンガポール経営大学の博士課程で研究を行っていますし、ほかにも博士課程を目指している社員が数名います。

MARECでは、成果の一つとして「中小M&A白書」の発行を目指しており、2024年夏頃に初年度版を世に出す予定です。この「中小M&A白書」には、日本M&Aセンターの保有する成約データを元に研究成果を掲載するほか、将来的に設立を目指す「中小M&A学会」の機関誌に発展させるべく、専門的な論文掲載なども検討しています。

そして2024年度は、本格的な「中小M&A学会」の設立に向けて検討を開始します。これはもちろんMARECが中心になりますが、日本M&Aセンターグループが寄附講座やその他で提携していている多くの大学との関係を活かし、全国的な組織に成長させたいと考えています。

将来的には、先ほど述べたように、アカデミアの中小M&A研究によってM&A仲介業界の社会的地位を抜本的に向上させることを目指しています。また、多くの研究者が参加する「中小M&A学会」には、政策提言の機能を持たせたいと思っています。アカデミアの側から、学問的な裏付けをもった政策提言がなされることで、将来の行政政策に適切に反映されることが期待されます。「学」は「産」・「官」の中心に位置する扇の要なのです。

横山さん:「研究内容の広がり」という観点において、「短期」と「中長期」という2つの時間軸からお話させていただきます。 短期的視点では、足もとの研究環境を見渡せば、先行研究がほとんど存在しない完全なブルーオーシャンです。つまり、M&A仲介という新分野は文字通り「論点の宝庫」です。例えば、M&A仲介効率の一層の向上や、成長戦略型M&Aのアウトカム定量化、米国との比較におけるコングロマリット化効果の差異分析等、業界や顧客利益に直結するであろう領域は、まさに枚挙にいとまがない状況です。 これらの分野は、一歩一歩新たな発見を見出していく必要があり、MARECの尽力による中小M&A白書や学会の創設、学会誌の醸成に沿って、いずれは一定の成果を見込めると確信しています。最終的にこうした動きは、社会的に有益な政策提言まで繋げることを展望しており、いったんの目的と位置付けて推進しています。

一方で、中長期的視野に立てば、今後我々の想像を超える領域にまで健全に発展して欲しいという願いがあります。課題・研究・実践・新課題の発見という好循環において、イノベーションを生み出すために大切な点は、可能な限り多様な切り口で論ずるという点です。このため、アカデミアのみ切り出してみても現時点では、経営学・法学への向きが強いかと思いますが、今後は統計学・会計学・数学から社会学、またはAI活用といったコンピュータサイエンス分野といったより広範な領域もその対象となることを期待しています。

私は2023年9月に日本M&Aセンターの三宅社長とともにシリコンバレー・サンフランシスコへ出張し、チャットGPTの生みの親であるOpen AIのサム・アルトマンのセッションや、AI活用の世界的先駆企業であるSalesforce社のシニアヴァイスプレジデント・マリーアン氏との直接議論に参加してきました。そこで感じたのは、M&Aコンサルタントという専門業務は、完全にAI代替は出来ないまでも着実に生産性向上に向けた技術が日進月歩で発展しているというファクトです。また、金融行政に身を置いた13年間において、金融実務の生産性がFinTechにより飛躍的に進歩していく様を目の当たりにしてきました。こうした経験から、M&A分野においても一定のイノベーションが起こると考えていますが、その舞台は日本M&Aセンターであり、M&A仲介協会・学会であるべきだと考えています。