目次
- 運営の理念に「友・愛・絆」を掲げ、支援サービスの原点は利用者の「安心・安全」
- 生活困窮者だけでなく身体的、知的、精神的な障がいを持った入所者を幅広く受け入れるため、施設の運営環境が大きく変化
- 施設運営上の改善に4つのプロジェクトをスタート。マンネリ打破のため職員の若返りも行う
- 「支援記録システム」を導入。利用者に合った「個別支援計画」に基づき行動記録をシステム化。情報共有により職員の知恵を結集
- 新型コロナ感染拡大で、業務は一気にデジタル化が進んだ。福祉の現場での対面の重要性とデジタルのバランスが取れた
- 「利用者さんの幸せとは?共に考え共に歩もう!」という新たなスローガンで未来へ歩み出した
- 近い将来に建て替え 人とつながりを生む施設に
長野県駒ヶ根市で総合的な地域福祉事業を展開する社会福祉法人伊南福祉会が運営する「救護施設 順天寮」は、生活保護法に基づき生活困窮者らが自立した生活を営めるように支援する施設だ。現在、事業運営で取り組んでいるのは長年積み重ねてきた業務面のマンネリ化の打破にあり、そのため四つの重点項目プロジェクトを立ち上げた。その一つが情報化推進で、施設利用者の毎日の行動を手書きで記録し個人ごとにファイルする「支援記録」をシステム化し、情報の共有化を図った。職員の意識変化、さらに業務変革への第一歩として大きく前進した。(TOP写真:「救護施設 順天寮」の正面玄関前でにこやかな職員の方々)
運営の理念に「友・愛・絆」を掲げ、支援サービスの原点は利用者の「安心・安全」
救護施設 順天寮は1959年4月、駒ヶ根市の運営する事業としてスタートし、1976年4月に現在地の駒ヶ根市赤穂に移転した。その後、自治体運営事業の見直しの流れもあり、1994年4月に経営主体を駒ヶ根市から社会福祉法人伊南福祉会に移管した。
運営の理念に「友・愛・絆」を掲げ、利用者の幸福の実現と潤いのある施設づくりを目指し、利用者の「安全・安心」を支援サービスの原点に、今日に至っている。職員は現在35人で、事務関係のほか指導員、支援員、看護師、調理担当ら専門性を持つ人材を配置している。
入所定員は60人ながら、1割増まで認められており、現在65人が入所する。さらに8人が通所支援を受けている。救護施設は全国にわずか約160ヶ所、長野県内には7ヶ所しかなく、入所者は福祉事務所を所管する自治体長による措置で県内全域から受け入れている。
生活困窮者だけでなく身体的、知的、精神的な障がいを持った入所者を幅広く受け入れるため、施設の運営環境が大きく変化
救護施設は「社会福祉のなかの最後の砦(とりで)」とされ、身体的、知的、精神的あるいは生活困窮などあらゆる障がい者を幅広く受け入れる地域におけるセーフティネットの機能を持つ。そのため、入所者は多種多様だ。言い換えれば、障害の内容やその程度の違い、年齢にも幅があり、一つ屋根の下で混在して生活を送りながら自立を目指す難しさがある。
この点、順天寮は「利用者の人権を尊重するとともに、一人ひとりの個性とプライバシーを大切にする」を運営の基本方針の一つに据える。ただ、氣賀澤浩史寮長は「多様性が混在する環境下で入所者に対する処遇の困難さに、このままでは限界がある」と本音ももらす。
救護施設は生活保護法が規定する生活扶助に加え、近年はさまざまな障がい者に対する自立支援機能へのニーズが高まっており、その分、利用者の多様化が進んできた。25年前に順天寮で2年間程度勤務した氣賀澤寮長は「当時は入所者がみんな一緒に畑作業するなど行動をともにできた。しかし、時代も変わり、今は個人の意向を優先するため難しい」と語る。2020年に伊南福祉会が運営する特別養護老人ホームから再び順天寮に復帰した際、入所者の多様化により施設の運営環境が大きく変化したことを実感した。
施設運営上の改善に4つのプロジェクトをスタート。マンネリ打破のため職員の若返りも行う
このため、こうした変化に対応できていない事業運営上の課題改善に向け、①施設改築②人材育成③日中活動④情報化推進の4つの重点項目プロジェクトを立ち上げた。
順天寮が運営上最も重視しているのは、施設での入所者の生活基盤づくりにある。施設で生活していく以上、日課をこなし規則正しい生活を送りながら、まずはそこで生活できる基盤を築いていかなければならない。
その中では入所者が参加する日中活動が自立の大きな要素となってくる。このため、施設が提供する農作業や内職作業、スポーツなどのクラブ活動といった日中活動のプログラムが入所者の自立を促す上で現状のままで良いか。さらに、利用者が入所してきた際に思い描いてきた自立への目標に向けて、指導員はどのようにアプローチして近づけられるかを、個々の利用者ごとに応えていかなければならない。
その意味で、日中活動、人材育成の課題対応への取り組みを重要項目プロジェクトに織り込んだ。人材面も業務のマンネリ化打破に向けて20代、30代の若手職員を意識的に増やしている。昨年まで職員の平均年齢は52歳で、20代、30代はわずか3人だった。それを5人採用し若返りを図ったことで職員の意識改革につなげている。
「支援記録システム」を導入。利用者に合った「個別支援計画」に基づき行動記録をシステム化。情報共有により職員の知恵を結集
生活能力がある程度しっかりしていながらも疾病や経済的困難などで支援を受けている入所者には居宅生活を望む場合も多く、自立への支援が中心になる。そこで重要になるのは利用者個々の「支援記録」の存在だ。重点項目プロジェクトでは情報化推進によってここに改善の手を加え、2021年7月に政府のIT導入補助金を活用して「支援記録システム」を導入した。
利用者支援の取り組みはまず、利用者一人ひとりの「個別支援計画」を作成することから始まる。個別に生活や将来の不安や希望を聞き、本人の意向に沿って課題や必要な支援は何かを模索しながら目標に向け支援していく。個別支援計画を策定した上で、これに基づき食事、健康管理などの「日常生活支援」、行事や旅行などの「社会生活自立支援」、居宅生活自立支援や就労支援などの「地域移行支援」に取り組む。
今までは、この支援記録は旧態依然の記録用紙への手書きで、しかも、その報告や申し送り事項には毎日、出勤者全員が30分かけて説明を受けるなど非効率極まりなかった。
支援記録はシステム化によって記録内容の情報共有と記録作業の時間短縮を実現。同時に、システム化への移行は「報告は何が重要で何が重要でないか。あるいは何をどういった範囲で記録するかを、システムを使って標準化していくことに期待した」(氣賀澤寮長)。また、会議は報告、申し送りだけでなく重要項目の伝達や新しい提案など目的意識を持って実施していく方向に見直しを進めた。いわば職員の今までの経験と知恵の結集を図った形だ。
2年前なら利用者情報は記録用紙を束ねた個人ファイルで確認しなければならなかった。今ではこれがシステム上で可能になり、「職員の間にも情報共有や記録の入力を通じてこれがスタンダードなんだという意識が定着しつつある。職員の働き方もかつては手書きで夜遅くまでかかっていたのが、だいぶ省力化につながっている」と氣賀澤寮長は語る。
新型コロナ感染拡大で、業務は一気にデジタル化が進んだ。福祉の現場での対面の重要性とデジタルのバランスが取れた
職員が手書きというアナログから180度転換したデジタル化を広く受け入れた一つの背景には、コロナ禍でのテレワークが寄与した面もある。順天寮は2022年に職員、入所者の3分の2が感染するクラスターを起こした。このためテレワークで業務を継続した結果、距離の移動や時間の制約が解消されることがわかった。その結果、情報化推進のメリットに職員が協力し合い、記録支援システムを活用するムードが出来上がった。
テレワークは現在も対面と併用している。また、職員向けの外部研修もWeb形式なら職員が隙間時間を利用して実施でき、導入の検証をしている。ただ、業務面でタイムパフォーマンスや生産性を重視するには大事だとしても、福祉の現場では人と人が接して関係性を築き上げていくことはなくせない。このため氣賀澤寮長は「情報化推進と対面のハイブリッドでバランスをとるのが重要」と説く。
「利用者さんの幸せとは?共に考え共に歩もう!」という新たなスローガンで未来へ歩み出した
順天寮は「友・愛・絆」の理念に加え、2023年度の運営スローガンを職員から募集し、「利用者さんの幸せとは?共に考え共に歩もう!」に決めた。利用者の満足度を上げるには職員の満足度がなければならず、氣賀澤寮長は「職員みんなの合意形成で一つの方向性を持って取り組んでいこうという雰囲気作りを大切にした」とその狙いを語る。そこには救護施設ならではの対面重視の姿勢も読み取れる。
近い将来に建て替え 人とつながりを生む施設に
一方、順天寮には将来構想として施設の建て替えが持ち上がっている。現在地に移転して半世紀近くが経ち、施設の老朽化は進み、コロナ禍でクラスターが発生したのもゾーニングができなかったことが一因だった。このため、改築を重点項目プロジェクトの一つに位置づけた。氣賀澤寮長は「単に施設の建て替えに終わらせず、地域とのつながり、町のつながり、さらには人とのつながりを生む施設づくりを目指したい」とする。2026年暮れから2028年の建て替えを想定し、「基本構想は2023年度中に固めたい」と案を練っている。
重点項目プロジェクトの立ち上げは救護施設の性格上、どうしても閉鎖的で内向きになりがちな風土に新しい風を吹き込む作用が期待される。情報化推進はその一助として更なる加速も求められる。
企業概要
事業所名 | 社会福祉法人伊南福祉会 救護施設 順天寮 |
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住所 | 長野県駒ヶ根市赤穂8200-3 |
HP | https://inanfukushi.or.jp/pages/37/ |
電話 | 0265-83-2335 |
施設認可 | 1994年4月 |
職員数 | 35人 |
事業内容 | 救護施設 |