目次
- アレルギーや発達障害児、外国籍の子どもなど、配慮を必要とする子どもが増えて保育士が多忙になっている
- 子どもの登降園管理・保護者との連絡帳・指導計画書作成など、さまざまな記録業務をICTツールに置き換えた
- 平成期に導入したパソコンがデジタル化の基盤に。会計ソフトは2000年頃導入し、2006年にはホームページを開設
- 職員の勤怠管理・給与計算にもICTを導入して正確かつ時間短縮を実現。非効率的な作業はデジタル化でストレスフリー
- これまで進めてきたデジタル化を基盤に、コロナ禍ではオンライン研修もスムーズに実施
- ICTを活用したコミュニケーションにより、多文化共生にも柔軟に対応できる地域の保育拠点へ
- 礼拝の時間や体を動かすことを通じて「静」と「動」を体験的に学び、未来へつながる保育を目指す
産経ニュース エディトリアルチーム
群馬県南部、利根川を挟んで埼玉県と接する伊勢崎市。明治から昭和初期にかけて伊勢崎銘仙という絹織物の産地として栄え、「上毛かるた」の「め」の札で「銘仙織出す伊勢崎市」と詠まれている。それから時代が下り絹織物産業が下火となった現在では、隣接する太田市と並び、富士重工業を筆頭にさまざまな製造工場を擁する生産拠点として重要な位置を占めている。外国人労働者の人口も多く、その国籍は日系ブラジル人をはじめ、ネパール、スリランカ、インド、バングラデシュ、ポルトガル、イスラム圏など国際色豊かで、県では外国人との多文化共生に向けた取り組みを進めている。
そんな変遷を経てきた伊勢崎市にある「むつみ保育園」が今回の事例の舞台だ。同園は鎌倉時代創建の天台宗の古刹「長安寺」を母体とする保育施設で、その起源は1873(明治6)年、長安寺内に小保方学校が置かれたことにさかのぼる。古くから地域の子どもたちの学びの場であり続けた同園に、親子三代で通ったという家庭も少なくないが、近年は外国人労働者の子女も増えているという。こうした多様な背景を持つ園児とその保護者が暮らす地域性、そして共働き世帯の増加といった時代の変化により、園職員の業務は増え、煩雑化している。むつみ保育園では、こうした変化にどのように対応してきたのだろうか。(写真は2016年に落成したむつみ保育園の園舎)
アレルギーや発達障害児、外国籍の子どもなど、配慮を必要とする子どもが増えて保育士が多忙になっている
地域から保育所設置の要望を受け、1968年に社会福祉法人を設立・開園したむつみ保育園。とりわけ1978年頃は子どもの数が多く、一時は第2保育園を開設して対応してきたという。それでも当時は専業主婦世帯が多く、3歳未満の子どもは預かる人数が少なかった。しかし、今や時代は大きく変わった。「今は共働きのご家庭が増えて、保育園でお預かりする0~2歳児の数が増えました」と話すのは林祐快園長の母である林友代副園長。1988年から園の変遷を見守ってきた。
林副園長が近年の大きな変化としてさらに指摘するのが、特別な配慮を必要とする子どもたちの存在だ。「近年、アレルギーを持つお子さんが増えていますので除去食への対応が必要です。また、イスラム教徒のお子さんは宗教上食べられない食材があるので、その対応も求められます」と話す。宗教上の背景が異なる子どもへの対応は、外国人子女の多い地域的な特性と言えるだろう。
さらに、近年もう一つ配慮が必要になってきたことがある。「最近、発達障害と思われるお子さんが増えていて、1クラスにほぼ3、4人はいます。彼らはちょっと目を離した隙にいなくなったり、他の子に過剰にかまったりするので目が離せないのです」と話す林副園長。昔は3,4,5歳児は子ども20~25人につき一人の保育士で対応できていたが、こうした状況もあって、子ども25人につき保育士が2人はいなければ、きちんと対応できない状況になっているという。最近、今のままでは保育の質を担保できないと、保育士の配置基準を問題視する声が全国的に上がっているが、日本各地で同様の問題が生じていると思われる。
こうした多忙な現場の状況は保育士の疲弊につながり、保育の質の低下や虐待にも発展しかねない。そこで、むつみ保育園では、新園舎が落成した2016年頃から「子どもたちと寄り添う仕事」と「記録に関わる仕事」に二分される業務のうち、管理・記録業務においてICTを導入して効率化を進めた。推進役となったのは、大学を卒業後2017年に同園に入職した林祐快園長だった。
子どもの登降園管理・保護者との連絡帳・指導計画書作成など、さまざまな記録業務をICTツールに置き換えた
保育園の仕事は記録に始まり、記録に終わる。まず朝は登園してきた園児の記録から。欠席する園児については事前に保護者から連絡を受ける。そして、一人ずつの児童票や日々の保育日誌の記録、月に一度の指導計画書作成、アレルギー児の情報記録、年度末には小学校へ提出する保育要録の作成など多岐にわたる。これを、受け持つクラスの園児一人ひとりに対し手書きで行っていたため、大きな労力と時間を要していた。
そこで、むつみ保育園ではこれらの記録業務をデジタル化した総合保育業務支援システムを2017年に導入。このシステムのポータルサイトを利用して園児の出欠席記録や日誌、月間の指導計画、保育要録などをスムーズかつ効率的にできるようになったという。「慣れるまで最初は大変でしたけど、手書きの時と比べ、修正作業が格段に楽になりました。特に3月に小学校に提出する年長クラスの子の保育要録は修正ペンを使いたくない書類なので、このシステムで作成できるのは大きなメリットでしたね」と林副園長は導入の効果を実感する。また、現場ではパソコンを利用して保育の隙間時間に日々の記録作業ができるため、残業時間の短縮にも貢献しているそうだ。
現在、保護者と日々やりとりする連絡帳については紙のノートに手書きで行っているという同園。3歳未満児は、1クラス20人の子どもを4人の保育士で分担をしているため、各クラスに1台設置したパソコンでは全員で作業ができないからだという。しかし、最近の若い保護者や職員はICT機器に日常的に触れていることもあり、いずれは手書きの作業をなくしたいと林園長は考えている。
平成期に導入したパソコンがデジタル化の基盤に。会計ソフトは2000年頃導入し、2006年にはホームページを開設
むつみ保育園が初めてパソコンを導入したのは平成期に入った1988年頃のこと。前理事長がデジタル機器に関心を寄せていたことが背景にあったという。そして、パソコンを活用した業務効率化を進める中で2000年には会計ソフトを導入。煩雑な作業で手間を要していた法人の会計業務に大きく貢献した。
その頃、もう一つ取り組んだのがホームページだ。同園では林園長の兄が中心となって2006年1月にホームページを開設している。ホームページでは園児の写真を保護者限定で公開したり、職員の求人募集などを行っていた。導入は保育施設としては早い時期だといえるだろう。ただし、当時は経費の面で一つネックがあった。当初制作においてはホームページ作成ソフトを使って自前で作成していたが、ソフトがアップデートするたびに新規に購入が必要だったのだ。しかし、古くなったソフトを使い続けるにも抵抗がある。
そこで、同園では2016年にCMS(コンテンツ管理システム)でホームページが管理できるソフトを導入した。これにより、専門的な知識や技術がなくてもテキストや写真などを自分たちで入力できるため、更新も頻繁に行うことが可能になったという。「毎月の『えん(園)だより』には園児たちの写真を掲載しており、2,3ヶ月に一度、写真の販売もします。だからなるべくクオリティの高い写真を提供するために、保育士の先生たちには園児に触れ合う時間に集中してもらって、撮影は私が担当しています」と話す林園長。写真のレタッチも林園長自らが手がけ、ホームページに毎月アップしているそうだ。
職員の勤怠管理・給与計算にもICTを導入して正確かつ時間短縮を実現。非効率的な作業はデジタル化でストレスフリー
デジタル機器の取り扱いに不慣れな職員も少なくないという同園で、林園長はパソコンをはじめとするデジタル機器の操作方法や、トラブル対応などを職員から聞かれることも多いという。それは林園長が28歳(2023年現在)と若く、学生時代からパソコンに触れていた世代の強みでもある。
そんな林園長が頭を痛めていたのが職員の勤怠管理だった。かつて職員はタイムカードに打刻し、林園長は勤務時間を手計算していた。しかし、パート職員の勤務時間帯が一律ではないため計算が煩雑で労力も大きく、林園長にとってこの毎月の作業は最も負担感が大きかったという。そこで、労務効率化を図るべく検討し、2018年に勤怠管理ソフトの導入を果たした。「タイムカードはICカードに置き換えました。カードをタッチして打刻されたデータはサーバーに吸い上げられ、自動的に計算されます。これによって作業時間が劇的に短縮し、正確性も担保されました」と導入の効果を実感する林園長。
ただし、たまにICカードをタッチし忘れる職員もいる。「その場合は、エントランスに設置された防犯カメラに出入りが記録されていますので、その映像で確認できます」とのこと。また、このカメラはそのほかの用途でも活用されている。「子ども同士のトラブルの状況を示す映像は客観的な証拠となります。また、保育士による虐待の抑止力にもつながりますので、子どもたちはもちろん、保育士を守ることにもつながると思います」。今や映像による記録は保育園にとって欠かせないツールとなっているようだ。
これまで進めてきたデジタル化を基盤に、コロナ禍ではオンライン研修もスムーズに実施
保育園の記録業務や職員の勤怠管理などに次々とICTを導入してきたむつみ保育園。それが、その後訪れた新型コロナウイルス感染症への迅速な対応につながった。その一つがオンライン研修だった。「各クラスにパソコンが1台ありましたので、取りかかりはスムーズでした。最初に林園長がZoomをインストールし、Webカメラもセッティング。さらに保育士たちにZoomの使い方も教えてくれました。コロナ禍で一時は全ての研修がオンラインでしたね」と振り返るのは主任保育士の諏訪亜有美さん。やはり林園長はICT推進に欠かせない存在だったようだ。
職員の家族が濃厚接触者になれば出勤もままならない。そうした場合に備え、オンラインなら自宅でできる仕事もあるだろう。保育業界では仕事を持ち帰るのが常態化している園もあるというが、「個人情報を持ち歩くことに対しては、置き忘れや盗難などによる滅失の恐れもあるので避けたいです」と林副園長は指摘する。そうした意味でも、現物を持ち歩くのではなく、オンライン上でデータにアクセスできる仕組みをさらに進めていくことになるだろう。
ICTを活用したコミュニケーションにより、多文化共生にも柔軟に対応できる地域の保育拠点へ
園舎に入ると、木をたっぷりと使った温かみのある空間が広がるむつみ保育園。各教室は天井を低くして家庭的な雰囲気を醸し出している。そんな新園舎の空間デザインは地元でも評判となり、入園児が増えたそうだ。その新園舎が2016年に落成したのを契機に、同園はICTのソリューションをさらに活用し、さまざまな業務改革を行ってきた。それは、子どもたちへの質の高い保育と職員の働きやすい職場環境を生み出すためだった。
また、先述のように多国籍の子どもを擁する伊勢崎市では、多文化共生を目指している。言語や生活習慣の異なる子どもやその保護者が通う保育施設は、親の勤務する職場とは環境が異なることから、多文化の交差するコミュニケーションの拠点となりえるだろう。現在はタブレット端末の翻訳ソフトを活用して、外国籍の子どもとのコミュニケーションに応じているというが、今後はICTの活用によってさらに進んだ交流が実現することが期待される。
礼拝の時間や体を動かすことを通じて「静」と「動」を体験的に学び、未来へつながる保育を目指す
今後について尋ねると「他の園がやっていないことをやりたいですね」と意欲的に語る林園長。これまで習い事として体操教室を行っていたが、男児が多く、現在女児向けにチアダンスを始めている。最近は小学校へ上がる前に、英会話など補完的な勉強をする園も少なくないが、同園では体を動かすことで脳の発達が促される効果を大切にしたいという。
同園では仏教園ならではの日中活動もある。「当園は仏教保育園であることが特徴ですが、日々の生活の中で『礼拝の時間』を設けていて、毎週月曜日に本堂で正座をして手を合わせ、静かにお祈りします。幼いので20分程度ですが、このように落ち着いた時間を体験することはとても重要だと思います」と話す林園長。そのほかにも節分会やはなまつり、涅槃(ねはん)会など仏教行事では本堂で静かに話を聞く時間を設けており、「静」と「動」の時間のメリハリを体感的に身につけている。また、運営母体である長安寺で飼育しているブタやニワトリ、コイやカメなどさまざまな動物との触れ合いを通じて、子どもたちは命の学びを実践する。かつてむつみ保育園に通ったという保護者の中には、こうした体験を思い出として語る人も少なくないという。それは、さらに自らの子や孫の入園にも受け継がれていくのだろう。
むつみ保育園がこのように充実した学びを提供できるのは、保育士たちが子どもたちと触れ合う時間を獲得できたからだと言えるだろう。そして、林園長をはじめとする職員たちは園のためにICTの技術をさらに有効に使えるよう、今も日々検討を重ねている。
企業概要
法人名 | 社会福祉法人真光福祉会 むつみ保育園 |
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所在地 | 群馬県伊勢崎市西小保方町290-1 |
HP | http://www.mutsumi-hoikuen.or.jp |
電話 | 0270-62-0308 |
設立 | 1966年4月 |
従業員数 | 30人 |
事業内容 | 保育園 |