天才IT大臣オードリー・タンが初めて明かす 問題解決の4ステップと15キーワード
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(本記事は、オードリー・タン(Audrey Tang)氏の著書『天才IT大臣オードリー・タンが初めて明かす 問題解決の4ステップと15キーワード』=文響社、2021年12月9日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

アイデア一つで誰もが参加できるソーシャル・イノベーション

私はソーシャル・イノベーションを「みんなのことにみんなが協力する」と定義しています。

「みんなのこと」とは、公共の利益が存在するものを指し、「みんなが協力する」とは誰でもそれに参加できるという意味です。

みんなが集まってよいアイデアが生まれたら、今度はその新しいアイデアを社会に広め、ひいては公共の利益を創造することができます。これはソーシャル・イノベーションによる一つの問題解決方法です。もし特定の事業体や会社の利益しか生まないのであれば、一般的には産業(ビジネス)イノベーションと呼ばれます。これが両者の違いです。

ソーシャル・イノベーションの特徴の一つは、誰もが自分の視点からアイデアを提供できるという点です。

いろいろな視点から生まれたアイデアが提起されると、それらは個人のアイデアにはならずに個人の行動を通じて、他の人のアイデアの中に入り込み、今度はその人がそれを応用して外に広めてゆきます。これを拡張可能性(extensible)といいます。

台湾と日本には地震という共通体験があります。大災害のあとは、誰もが元の生活を取り戻す方法を必死になって考えます。それは両国の全国民が実感していることです。

簡単にいうと、日本にせよ台湾にせよ、私たちはみな同舟共済、同舟一命なのです。つまり、みんなが一つの船に乗り、一致協力して困難に立ち向かい、みんなが運命と利害を共にする状態に置かれています。

結局のところ国内の資源は限られていますから、資源の浪費や環境汚染を放置していたら、どうなるでしょう。ひとたび外部からダメージがもたらされると、私たちのような島国に住む人間が感じ取るものは、広大な大陸に住む人々とはまったく異なるのです。

もっと深いレベルで言えば、私たちが環境を破壊するとき、お互いの信頼感をも同時に破壊しているのです。

ハッシュタグの無限の広がりが世界をつなぐ

あるキーワードを思いついた人がキーワードの前に「# ハッシュタグ」をつけるようになったのも、ソーシャル・イノベーションのもう一つの例と言えるでしょう。

これは2007年にクリス・メッシーナ(GoogleとUberの元開発者)が初めて提唱したものですが、このときにビジネス・イノベーションは起こりませんでした。当時のツイッター社も含め、どのプラットフォームもこんな機能は提供していなかったからです。

ですが彼は、大規模な活動が立ち上がった際に、参加者がその件についてツイッターや他のソーシャルメディアに投稿するときは、みんなそろって冒頭部分にハッシュタグをつけたらどうかと考えていました。こうすると、全文検索したときに一つのチャットルーム内でチャットするのと同じ状況を作れるため、情報の拡散に非常に役立つのです。

ハッシュタグが現在の形まで進化した結果、社会にこのような共通認識が定着したので、インスタグラムなどの他のソーシャルメディアもこの機能を追加せずにはいられなくなりました。

このハッシュタグもソーシャル・イノベーションの一つです。メッシーナが特許を申請しなかったので、ハッシュタグは誰でも使えるだけでなく、彼の本来のアイデアとは違う使い方がされるようにもなりました。

その後、アイス・バケツ・チャレンジ(注3)のようなさまざまな活用法が派生し、台湾では何かを質問するときによく使われています。ハッシュタグの使われ方は今や、本来の意図から完全に外れています。

この概念こそが拡張可能性であり、拡散性です。イノベーションの特徴は、誰でも元の意義に別の意義を乗せられることにあります。

新しい意義が加わったあと、誰かが別の意義を創り出し、またそれが使用される。そうやって拡張可能性や拡散性がさらに高まり、ますます強くなるからです(ちなみに私が最も頻繁に使っているハッシュタグは「#TaiwanCanHelp」(台湾は手助けできる)です)。

社会を動かすソーシャル・イノベーション

もう一つのソーシャル・イノベーションの例は、感染拡大中に起きた「ピンクのマスク事件」です。

(「集合知」の項でも例に挙げましたが)みんながマスクを着け始めたころ、ある男の子が感染症予防ホットラインに「ピンクのマスクを持っているけど使いたくない。先生や友達から笑われるから」と電話をかけてきました。

しかしその翌日、中央感染症指揮センターの陳時中(チェンシージョン)指揮官とそのチームがそろってピンクのマスクを着けたことで、その子はあっという間にイケてる男の子になったうえ、数々のブランドからピンク色のグッズが続々と発売されました。その後、レインボーカラーのマスクにも人気が出て、さまざまな色のマスクを着けるのがはやりました。

公衆衛生の従事者は、どうすれば国民の3/4以上がマスクを着用し、手洗いを励行するようになるだろうかと知恵を絞っていました。彼らはこれを実現するソーシャル・イノベーションを必要としていたのです。

トップダウンで強制的に何かをさせるのではなく、私がレインボーカラーやピンクのマスクを着けているのを見た人が素敵だなと思って真似(まね)をしたら、これも公共の利益の実現と言えるでしょう。

しかもこうした方法だと誰でも自分の思いつく限りのやり方で参加できますし、ピンクでなくいろいろな柄に変えてもいいわけです。マスクに拡散性が備わったことは間違いなくソーシャル・イノベーションですし、デジタル技術とはまったく関係ありません。

また、陳時中指揮官の感染対策に対する満足度は、世論調査で最高94%に達しましたが、残りの6%の人は不満を感じていました。しかしこの6%はとても重要です。彼らは、政府は(感染対策についての)説明責任があると意思表示してくれるだけではありません。

不満を感じる6%の人々こそが、多くのイノベーションの源なのです。私たちと一緒にもっと優れた方法を考えてくれるのは、彼らのような人たちだからです。

ソーシャル・イノベーションと社会的企業(ソーシャル・ビジネス)

ソーシャル・イノベーション巡回会議や政府連携会議を行う中で、ソーシャル・イノベーションの各種課題はすぐには解決できないだろうということも分かりました。そのため、まずは組織改革が前提となっているということを、各当事者や各種意見に関する議論や理解を通じて、皆さんに知ってもらうというのが現在の考え方です。

具体的な環境問題や社会問題があり、明確な使命も存在する場合は、ソーシャル・イノベーションは企業と結びつきます。

天才IT大臣オードリー・タンが初めて明かす 問題解決の4ステップと15キーワード
著者について
著 オードリー・タン(Audrey Tang)
唐鳳。台湾デジタル担当政務委員(閣僚)を経て、2022年8月に台湾デジダル発展省大臣に就任。1981年台湾台北市に、新聞社勤務の両親のもとに生まれる。幼少時から独学でプラグラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語Perl6開発への貢献で世界から注目を浴びる。トランスジェンダーであることを公表。2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなどの人工知能プロジェクトに加わる。その後、ビジネスの世界から引退。蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。2019年、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出。台湾の新型コロナウイルス対応では、マスク在庫管理システムを構築、感染拡大防止に大きく寄与。

著 黄亜琪
ジャーナリスト・作家。『今周刊』(台湾金融メディアアクセス数No.1)『商業周刊』(台湾金融メディア知名度No.1)、『経理人月刊』、天下グループ(台湾で最初に創設された金融動向メディアグループ)の各種雑誌で主筆、編集長を歴任。取材歴20年超。金融業界、インタビュー、テクノロジー、文化、教育など多岐にわたる分野で手腕を発揮している。

訳 牧髙光里
日中学院と南開大学で中国語を学ぶ。帰国後はステンレス意匠鋼板メーカーの海外事業部で貿易事務、社内通訳・翻訳等に携わったのち、西アフリカのマリ共和国で村落開発に関わる。帰国後は出産と子育てを経て、現在は産業翻訳と出版翻訳で活動中。

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