パラドックス思考
(画像=Parradee/stock.adobe.com)

(本記事は、舘野 泰一氏、安斎 勇樹氏の著書『パラドックス思考』=ダイヤモンド社、2023年3月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

パラドックス思考で「アイデア」を揺さぶる

ユーザーの「欲しいもの」には、必ず「嘘」がある!?

まずはプロダクトやサービス、イベントの企画コンセプト作りなど「アイデア発想」の場面において感情パラドックスを戦略的に利用し、思いも寄らないアイデアを導くテクニックを紹介します。

すでに述べた通り、アイデア発想の基本的な考え方は、アイデアの受け手である「ユーザー(利用者)」の気持ちを汲み取って、それを満たすコンセプトや仕様を考えることです。プロダクトやサービスであれば顧客、イベントであれば参加者、テレビ番組やYouTube などであれば視聴者、書籍であれば読者が「ユーザー」です。

ユーザーは何か問題に悩んでいたり、特別な価値を求めて欲望を抱いていたりします。その“ニーズ”をプロダクト、サービス、イベント、コンテンツなどの人工物を通して満たしてあげるものこそが、「価値のあるアイデア」だといえます。

アイデア発想のアプローチにはさまざまな手法があります*41が、オーソドックスなやり方は、価値を提供したいユーザーの具体像を設定し、そのユーザーのニーズを丁寧に調査して「何を欲しがっているのか」を明らかにしてから、それを満たすアイデアを検討する方法です。

しかしここで気をつけなければならない点は、どんな属性のユーザーにも必ず「感情パラドックス」が存在していて、しかもユーザー本人はそれに気づいていないことがある、という事実です。結果として、ユーザーは自分自身のニーズについて「嘘」を吐くことがあるのです。

象徴的なエピソードを紹介しましょう。ある食器メーカーがユーザーを集めてグループインタビューを実施したときのことです。多くのユーザーがスタイリッシュなデザインの「黒くて四角いお皿が欲しい!」という意見で盛り上がったはずが、インタビューのお礼に「好きなお皿を持ち帰ってよい」と伝えると、実際には日常生活で使いやすい「白くて丸いお皿」を選んだ、という笑い話があります*42

ここまで本書を読み進めたあなたならば、この現象の背後には感情パラドックスの基本パターン【素直⇄天邪鬼】【自分本位⇄他人本位】が働いていることを見抜けたはずです。私たちは本当に欲しいものをなぜか素直に欲しいと言えなかったり、他人の目線で「欲しいと言いたいもの」と、自分の目線で「本当に欲しいもの」がズレていたりするのです。

本人は嘘をついた自覚はないし、「黒くて四角いお皿が欲しい!」という意見は決して虚言ではないのだけれど、実際には背後に「矛盾した別の本音」を持っている、ということですね。

パラドックス思考
(画像=『パラドックス思考』より)

ユーザーの「隠れた感情」を暴いて、アイデア発想に活かす

ユーザーの“嘘”に騙されずに、真のニーズを捉えたアイデアを発想するためには、ユーザーの感情パラドックスを捉える必要があります。

ユーザーは常に、ニーズを尋ねられると、感情パラドックスのうち自覚が強く、体裁がよい「片側の感情A」のみを回答します。たとえば、次のような「声」が語られます。

例1:週末は仕事のことを忘れて思いっきりリラックスしたい
例2:選択肢が多すぎて選べないので、最適なものを選んでほしい
例3:子どもの将来のために、週末の時間とお金を使いたい

これらはすべて「感情A」としては真実なのでしょうが、それに相反する「感情B」もまた保有している可能性があることを、忘れてはいけません。

そこで、第5章で解説した「心の奥底の隠れた感情を発掘するテクニック」のうち「反転感情チェック」を応用してみると、ユーザーの隠れた「感情B」の仮説が見えてきます。

例1:週末は仕事のことを忘れて思いっきりリラックスしたい(感情A)
   →平日に積み残した仕事が気がかりなので、週末のうちに片付けたい(感情B)

例2:選択肢が多すぎて選べないので、最適なものを選んでほしい(感情A)
   →選べずに迷う時間にも楽しさがあるので、多少は自分で選びたい(感情B)

例3:子どもの将来のために、週末の時間とお金を使いたい(感情A)
   →週末は育児から離れて、自分のためにも時間とお金を使いたい(感情B)

ユーザーの感情パラドックスの仮説が立ったら、大事なことは、第6章で解説した「犠牲のストーリー」で考えずに「両立のストーリー」で考えることです。

いずれかの感情のみに焦点化してしまうと、ありきたりなアイデアにとどまってしまったり、体裁の悪いアイデアに陥ってしまったりします。たとえば、例3を見てみましょう。

例3:子どもの将来のために、週末の時間とお金を使いたい(感情A)
   →週末は育児から離れて、自分のためにも時間とお金を使いたい(感情B)

感情Aを単体で満たすサービスはいくらでも存在します。かといって、感情Bに対してストレートに訴求しても、“教育熱心な親”であればあるほど、堂々と利用するのは躊躇(ちゅうちょ)してしまいます。感情AとBはトレードオフの関係ではなく、工夫次第で「両立可能」なのだと信じて、「同時」に叶えるようなアイデアを検討するのです。

すると、たとえば「子どもが土日に親から離れて、自立的に生活する機会」を提供する宿泊型サービスであれば、感情Aと感情Bを同時に叶えられることに気づきます。ユーザーである親もまた「子どものために、親から離してあげる時間が必要です!」と訴求されれば、表向きの感情Aを盾に感情Bを同時に満たすことができて、好都合です。

世界中で大人気の子ども向けの職業体験型テーマパーク「キッザニア」は、ある意味、この感情パラドックスに訴求しているアイデアだといえるかもしれません。

「キッザニア」では、大人は職業体験エリアには入場すら許されないルールになっています。その公式な理由は「子どもの自立性を育むため」ということになっていますが、実際に保護者専用のラウンジに目を向けると、多くの保護者が「束の間の休息」を、リラックスして過ごしている様子が確認できます。

多くの親の感情パラドックスを満たす“子どものために、仕方なく子どもから離れる”時間こそが、「キッザニア」の隠れた提供価値だといえるでしょう。

*41 安斎の前著(2021)『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』(翔泳社)で体系的に解説しています
*42 株式会社ビービットほか(2006)『ユーザ中心ウェブサイト戦略:仮説検証アプローチによるユーザビリティサイエンスの実践』SBクリエイティブ

パラドックス思考
舘野 泰一
立教大学経営学部 准教授
株式会社MIMIGURI Researcher
1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門分野は、リーダーシップ教育、ワークショップ開発、越境学習、大学と企業のトランジション。主な著書に『これからのリーダーシップ:基本・最新理論から実践事例まで』(共著・日本能率協会マネジメントセンター)、『リーダーシップ教育のフロンティア:高校生・大学生・社会人を成長させる「全員発揮のリーダーシップ」』【研究編・実践編】(共著・北大路書房)など。
安斎 勇樹
株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO
東京大学大学院 情報学環 特任助教
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。組織イノベーションの知を耕すウェブメディア「CULTIBASE」編集長を務める。主な著書に『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)など。

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