(本記事は、舘野 泰一氏、安斎 勇樹氏の著書『パラドックス思考』=ダイヤモンド社、2023年3月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
自己受容は悩みを緩和する
悩みの原因は、感情パラドックスに「気づいていない」こと
ここからは実践編として、パラドックス思考の具体的な方法を解説していきます。この第5章では、パラドックス思考の第一歩であるレベル❶「感情パラドックスを受容して、悩みを緩和する」の方法を解説します。
パラドックス思考の3つのレベル
レベル❶ 感情パラドックスを受容して、悩みを緩和する
レベル❷ 感情パラドックスを編集して、問題の解決策を見つける
レベル❸ 感情パラドックスを利用して、創造性を最大限に高める
受容とは、文字通り「受け入れる」ことです。
単に受け入れるだけでは解決になっていないようにも思えますが、この「受け入れる」というのが、実は意外にも深い「悩み」から解放され、効果的な「問題の解決策」や思いも寄らない「アイデア」にたどり着く上で、重要な“初手”になるのです。
なぜなら「厄介な問題」の背後にある「感情パラドックス」は、「隠れている」ために、ほとんどの場合、当事者たちはその感情を自覚していません。問題が厄介である最大の原因は、自分がどのような感情パラドックスを持っているのかに、そもそも「気がついていない」点にあるのです。
あるいは、薄々勘づいてはいながらも、それを認めたくないために「気づかないふりをしている」場合もあるでしょう。
悩みを解消する上で、原因に「気がつく」ことは、実に重要です。
特に外部環境に「わからなさ」が渦巻くVUCAな時代においては、自分の感情にうまく向き合えない場面が増えていますから、なおさらです。
まずは自分がどのような感情パラドックスを持っているのか、隠れた感情に気がついて、受け入れること。それが人間にとって「よくあるパラドックス」であることを認めるだけでも、主観的な「悩み」は緩和され、気持ちが楽になるのです。
感情を「メタ認知」して、パラドックスを自分から切り離す
このように自分がどのような感情を抱いているのか、自分自身で把握することを「メタ認知」と言います。
「メタ」とは「高次の」という意味です。自分や自分を取り巻く状況を、俯瞰的かつ客観的に把握することです*23。メタ認知のコツは、「自分」と「問題」を切り離すことです。「なんだ、自分の悩みの正体はこれだったのか」と問題が客観視できると、自然とモヤモヤが晴れるのです。
感情パラドックスをメタ認知する効用について、とある大企業の課長職を務める40代男性のケースを例に考えてみましょう。
この男性は新卒入社以来、いわゆる「会社一筋」で約15年働き続け、30代後半にして課長職に任命されました。このときは長年の努力が報われた思いで、これまで以上にやる気に溢れてきました。
自分を育ててくれた上司への恩を返すためにも、自分なりの理想のマネージャー像を思い描き、事業目標の達成だけでなく、人材育成やケアにも熱心に取り組み、“よい課長”として部下にも慕われるようになってきていました。
ところが、最近になって中途入社してきた20代後半の部下とのコミュニケーションがうまくいかず、ミドルマネージャーとして初めて「壁」にぶち当たってしまいました。
この部下は、人当たりはよく社交的で、悪い人間ではないのですが、入社当初から「副業」にかまけていて、定時になれば多少の業務が残っていても即退社。どうしてもその“チャラチャラ”した様子に虫唾(むしず)が走り、どう指導してよいものか、手を焼いていました。
会社としては副業は禁止されていませんから、副業をするなとも言えません。具体的なフィードバックが思いつかないまま、時に1on1でイライラをぶつけてしまい、「もっと真面目に働け!」などとつい声を荒げてしまうこともありました。そのたびに自分が理想とするマネージャー像との乖離に、自己嫌悪になっていました。
パラドックス思考の出発点である「メタ認知」のコツは、いきなりこの「マネジメントの問題」の解決に挑むのではなく、「そもそも自分はどんな感情パラドックスを抱えているのだろうか?」と、客観的に眺めることから始めます。
いわば、自分の心の奥底に潜んでいる感情パラドックスを「外側」に引っ張り出して、自分を悩ませていた「厄介な問題」と「感情パラドックス」を切り離すのです。
問題解決からあえて離れて、自分の隠れた感情を覗き込む
頭を悩ませていた“部下の業務態度をいかに変えるか?”という問いをいったん忘れて、まずは男性自身が心の中にどのような感情を抱いているのか、見つめてみます。
最初に自覚されるのは、おそらく部下に対する「怒り」「嫌悪」「軽蔑」「失望」といった、相手を貶め、非難したくてたまらない感情です。まずは、自分が部下を「嫌いだ」と思っていることを、素直に認めてみます。
次に、このような非難する感情がなぜ生まれるのか? さらに自問自答してみます。
この部下の成長を心から望んでいて、高い期待があるからこそ、現状のパフォーマンスが物足りなく感じるのだろうか……男性の中での“よい上司”であれば、これを理由に選ぶのでしょうが、残念ながら、そのような感情は、男性の本心には見当たりません。
ここで、前章で紹介したパラドックスの基本パターンを参照してみると【素直⇄天邪鬼】のパターンが目に留まります。
【素直⇄天邪鬼】とは、本心に基づく素直な欲求と、本心に反する天邪鬼な欲求のあいだで発生する感情パラドックスのパターンです。対象を非難し嫌悪するような反応を示しながらも、実は内心では評価していて、賞賛や憧れを抱いている。
この男性のケースも、実は部下に対して何らかの「羨望」の感情が潜んでいたのではないか? そのように疑いをかけて、自分を客観視してみるのです。すると、あまり素直に認めたくなかったけれど、部下が本業にとらわれずにプライベートや副業に取り組む姿に、嫉妬に近い感情を抱いていることに気づきました。
思えば、男性自身はこれまで半ば「自己犠牲」の精神で、会社に貢献してきました。
キャリアや時代環境に不安がある中で「副業」に興味を持ってあれこれ調べたこともありましたが、踏ん切りがつかず、何より残業が忙しくてゆとりがなかったことから、諦めていたのです。
そうか、自分は軽快に自己実現している部下の姿に、憧れを抱き、嫉妬していたのか。本当は自分自身が“チャラチャラ”したかったのかもしれないな。そんな矛盾した感情もまた「めんどくさいけれど愛らしい」自分の特徴として、受け入れるのです。
パラドックスの発見方法は次節から詳しく解説しますが、手順を丁寧にたどれば必ず自分の感情の矛盾が見つかるはずです。そして自分の感情をパラドックスの形式で「AしたいけれどBしたい」と書き出してみると、漠然としたモヤモヤの正体が明確になって「なんだ、自分はこんなことで悩んでいたのか」「これによって、マイナス思考がループしていたのか」などと、気がつくことができる。これが、メタ認知の効用です。
*32 A・L・ブラウン(1984)『メタ認知:認知についての知識(ライブラリ 教育方法の心理学2)』湯川良三、石田裕久 訳、サイエンス社
株式会社MIMIGURI Researcher
1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門分野は、リーダーシップ教育、ワークショップ開発、越境学習、大学と企業のトランジション。主な著書に『これからのリーダーシップ:基本・最新理論から実践事例まで』(共著・日本能率協会マネジメントセンター)、『リーダーシップ教育のフロンティア:高校生・大学生・社会人を成長させる「全員発揮のリーダーシップ」』【研究編・実践編】(共著・北大路書房)など。
東京大学大学院 情報学環 特任助教
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。組織イノベーションの知を耕すウェブメディア「CULTIBASE」編集長を務める。主な著書に『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)など。
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