(本記事は、舘野 泰一氏、安斎 勇樹氏の著書『パラドックス思考』=ダイヤモンド社、2023年3月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
トップダウンとボトムアップの狭間に立たされたミドルの葛藤
組織における意思決定の「権限」の影響もまた、感情パラドックスのメカニズムを読み解く上で無視できません。
組織形態や運営方針によって、権限のあり方はさまざまですが、これまで多くの企業がトップダウン方式の組織形態を採用してきました。
市場が右肩上がりに成長した高度経済成長期においては、とにかく「儲かる市場」を絞り込んだら、一度ヒットした製品を技術改善を繰り返しながら大量生産することが、ビジネスの勝ちパターンでした。
筆者らはこの前時代の組織形態を、設計図に忠実に生産する“工場”にたとえて「ファクトリー型」と呼んでいます。
ところが「VUCA」と呼ばれる現代では、経営トップが立てた“設計図”に現場を従わせるやり方はかえってリスクを高めることになり、多くの企業が「ワークショップ型」と呼ばれる半トップダウン、半ボトムアップ方式の組織への転換が求められています。
ワークショップ型組織においては、経営層の役割はより長期的な視座を持って、組織の存在目的を言語化し、それを探究することが求められます。これまでの形式ばかりの社是やスローガンを掲げて終わりではなく、自社がこの社会に存在している意味と意義をとことん考え抜き、長期的な戦略を打ち立てて、それを「ビジョン」として現場に語り続けるのです。
現場チームは、経営のビジョンに触発されながら、短期的にすべきことを自分たちで主体的に考えます。
既存事業の改善と発展にはもちろん注力しますが、単に与えられたことを受動的にこなすのではなく、チームで対話をしながら取り組むべき「問題」を自ら発見し、ビジョンを実現し、顧客に価値を創造するために組織と事業を短期的に磨き続けます。時には経営層が思いも寄らないような新規事業のアイデアが、現場から飛び出すこともあるでしょう。
ミドルマネージャーは現場チームの活動を一方的に管理するのではなく、心理的安全性を高め、一人ひとりの魅力と才能を引き出しながら、主体的かつ自律的な活動を促進する「ファシリテーション」をすることが求められます。
経営層がすべての権限を握ってコントロールするファクトリー型と違い、ワークショップ型組織は、経営層が中長期的なビジョンに権限を持ち、現場が短期的な事業と組織の磨き込みに権限を持つ。それゆえ「半トップダウン、半ボトムアップ方式」なのです。
ワークショップ型の組織形態は、うまく実現できるととてもパワフルですが、これまで以上に難易度の高いマネジメントやパフォーマンスが求められます。
特に経営と現場のあいだに立たされたミドルマネージャーからすると、上からは長期的なビジョンがトップダウンに語られ、下からは短期的な取り組みがボトムアップに推進され、必ず「板挟み」になってしまいます。
この状況で矛盾のない一貫した振る舞いをし続けるのは、なかなかに困難です。ミドルの役割を全うしようとする優秀で責任感のあるマネージャーほど、さまざまな感情パラドックスに悩まされる構造にあるのです。
株式会社MIMIGURI Researcher
1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門分野は、リーダーシップ教育、ワークショップ開発、越境学習、大学と企業のトランジション。主な著書に『これからのリーダーシップ:基本・最新理論から実践事例まで』(共著・日本能率協会マネジメントセンター)、『リーダーシップ教育のフロンティア:高校生・大学生・社会人を成長させる「全員発揮のリーダーシップ」』【研究編・実践編】(共著・北大路書房)など。
東京大学大学院 情報学環 特任助教
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。組織イノベーションの知を耕すウェブメディア「CULTIBASE」編集長を務める。主な著書に『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)など。
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