パラドックス思考
(画像=fidaolga/stock.adobe.com)

(本記事は、舘野 泰一氏、安斎 勇樹氏の著書『パラドックス思考』=ダイヤモンド社、2023年3月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

神経科学から見る感情のメカニズム

こうした「感情」が、人間の身体のいったいどこで発生するのか、そのメカニズムについては古来さまざまな言説がありました。

たとえば、古代エジプトでは、感情は「心臓」にその由来があるとも考えられていました。今でも感情を「心(こころ)」と表現しますが、英語では「心情」も「心臓」も“heart”と表現しますよね。

しかし神経科学領域の研究の発展によって、感情は主に脳の「大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)」と呼ばれる部位で生成されることが明らかになっています。「大脳辺縁系」とは、恐怖や喜びなどの価値判断を下す「扁桃体(へんとうたい)」や、記憶を司る「海馬(かいば)」などの複数の部位で構成され、人間の主要な活動の根幹を支える重要な器官です。

我々は「感覚」を通して、外部の情報に対して「感情」を抱きます。具体的には、視覚、味覚、聴覚、平衡感覚、触覚、痛覚などの「感覚」が情報として脳に入力されると、それが脳の「視床(ししょう)」を経由して「大脳辺縁系」に伝達されます。

この際に大脳辺縁系は感覚情報に対して重みづけを行い、「恐ろしい」「嬉しい」「無関心」などの評価が下され、「感情」として表出するのです。

感情は、大脳辺縁系の海馬が司る「記憶」とも深くリンクしています。たとえば過去に「恐怖」を感じた経験の記憶から、似た状況に遭遇すると同様に「恐怖」を感じる、といった具合です。このようにして、我々は動物としての生存確率を高めているのです。

感情は、脳の中に閉じた働きではなく、同時に「身体」にも変化を与えます。

たとえば強い感情が表出している際には、脳の「自律神経」が活発に働き、いつも以上に心拍数が上がってドキドキしたり、手のひらに汗をかいたりします。いわゆる「興奮」している状態です。

こうした感情によって生まれた身体的な変化は、回り回って脳に影響を与え、感情そのものを変質させます。怒りによって心拍数が上がり、それによってさらに怒りが増幅される、といった具合です。

「悲しいから泣くのか、泣くから悲しいのか」といった因果論争があるように、私たちには感情が身体反応を促進する機能と、身体反応が感情を刺激する機能が両方とも存在します。心拍数が感情に影響するならば、あながち「感情は心臓にある」という説も、間違ってはいないのかもしれません。

これ以上の感情のメカニズムの詳細な解説は数多(あまた)ある入門書や専門書に譲ろうと思いますが、いずれにしても、私たちは外部環境の出来事や対象について、感覚を通して何らかの「評価」をすることで、感情を味わっていることがわかります。

友人からプレゼントをもらったときに、そのプレゼントに対して「美しい」とか「美味しそう」とか「以前から欲しかったものだ」とか「期待ハズレだ」などと、対象について何らかの「評価」がされることで、「感情」は生まれます。

パラドックス思考
舘野 泰一
立教大学経営学部 准教授
株式会社MIMIGURI Researcher
1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門分野は、リーダーシップ教育、ワークショップ開発、越境学習、大学と企業のトランジション。主な著書に『これからのリーダーシップ:基本・最新理論から実践事例まで』(共著・日本能率協会マネジメントセンター)、『リーダーシップ教育のフロンティア:高校生・大学生・社会人を成長させる「全員発揮のリーダーシップ」』【研究編・実践編】(共著・北大路書房)など。
安斎 勇樹
株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO
東京大学大学院 情報学環 特任助教
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。組織イノベーションの知を耕すウェブメディア「CULTIBASE」編集長を務める。主な著書に『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)など。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます