(本記事は、舘野 泰一氏、安斎 勇樹氏の著書『パラドックス思考』=ダイヤモンド社、2023年3月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
降りたくても降りられない、行きすぎた資本主義
資本主義と民主主義は、それぞれが健全に機能していれば、社会のバランスを保つよいシステムだといえます。ところが、現代はさまざまな場面で、これらに「歪み」が出てきています。
特に資本主義については、多くの専門家たちがその行きすぎた現状について警鐘を鳴らしています。
第一に、資本の自己増殖によって「絶えざる経済成長」を求め続ける資本主義は、地球の資源が限りある以上、長期的には持続的でない点が問題視されています。
先進国の豊かな暮らしは、本質的に途上国の「犠牲」の上に成り立っています。それは単に労働力の搾取の問題だけでなく、自然環境の資源にも及んでおり、経済的な「分配」だけではどうしようもないような、本質的な限界がもう目の前まで迫っています。
哲学者・経済思想家の斎藤幸平氏は著書『人新世の「資本論」』(集英社)において、気候変動の危機が迫る中で、これ以上の経済成長を追い求めるのではなく、資本主義の前提を見直す「脱成長」の考えを提案し、注目を集めています。
しかしこの提案は、コンセプトとしてはインパクトがありますが、今のところあまり現実的な処方箋には至っていません。なぜならば、この考えに共感し、率先して「脱成長」の旗を掲げようものならば、それは資本主義社会においては“白旗”を意味します。途端に競合他社に打ち負かされ、経済成長のゲームに敗北してしまうでしょう。
誰もが「このゲームを続けるのには、無理がある」ことに薄々気づきながらも、自分だけが出し抜かれないために、このゲームから降りられなくなっているのです。
負けたくないが、勝てる気もしない、戦意喪失社会
第二に、取り返しのつかないほどの格差の問題です。
資本主義が健全な競争心を掻(か)き立てるのは、あくまで「頑張れば、自分も勝てるかもしれない」可能性が担保されている範囲においてです。
しかしながら、インターネット技術が発展し、SNS等のプラットフォームが普及した現代においては、資本主義社会はごく一部の強大な企業の独壇場となっており、逆転不可能なほどの不平等の拡大が大きな問題となっています。
トマ・ピケティによる名著『21世紀の資本*21』でも指摘されている通り、資本家が得られる「利益率」は社会の「経済成長率」を超えており、上位のごくわずかなトップ層に、世界全体の富がよりいっそう集中していく構造になっているのです。
この競争に取り残された日本においては、バブル経済が崩壊した1990年代以降、世界においても類を見ないほど長期的な経済低迷に陥っています。
この期間は「失われた30年」と表現されている通り、世界経済の中で大きく後れを取り、多少の努力をしても「賃金が上がらない」ことが当たり前になってきています。
さらには現代はSNSの普及によって、これまで見えにくかった「貧富の差」をまざまざと見せつけられる時代です。これによって格差の逆転不可能性の認識が余計に高まり、戦意を喪失しやすい時代になっているのです。これでは資本主義の前提だった「競争」の意味が薄れてしまいます。
社会が資本主義であることには変わりありませんから、これまで通り「負けたくない」のだけれども、まったく勝てる気がしないので「勝負はしたくない」「努力もしたくない」という、何ともワガママに思えるパラドックスが、当たり前になってきているのです。
ベストセラー作家の橘玲氏による『無理ゲー社会*22』では、このきらびやかな世界の中で、自力で「社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する」ことがいかに困難なゲーム(無理ゲー)であるかが指摘されています。表紙の「才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア」という辛辣なコピーが目をひきます。
他にも、書店のビジネス書コーナーを訪れると「努力すればうまくいく」ことを謳った書籍が影を潜め、「努力しない」ことを肯定する書籍がベストセラーになるなど、世間に共感されるメッセージにも変化が見られます。
最近になって「親ガチャ」「遺伝ガチャ」といった言葉も耳にするようになりました*23。与えられた環境や才能は運次第で、自分の努力ではどうにもならない。そんな現代の戦意喪失感が滲(にじ)み出ている言葉に思えます。
*21 トマ・ピケティ(2014)『21世紀の資本』山形浩生、守岡桜、森本正史 訳、みすず書房
*22 橘玲(2021)『無理ゲー社会』小学館
株式会社MIMIGURI Researcher
1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門分野は、リーダーシップ教育、ワークショップ開発、越境学習、大学と企業のトランジション。主な著書に『これからのリーダーシップ:基本・最新理論から実践事例まで』(共著・日本能率協会マネジメントセンター)、『リーダーシップ教育のフロンティア:高校生・大学生・社会人を成長させる「全員発揮のリーダーシップ」』【研究編・実践編】(共著・北大路書房)など。
東京大学大学院 情報学環 特任助教
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。組織イノベーションの知を耕すウェブメディア「CULTIBASE」編集長を務める。主な著書に『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)など。
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