2020年10月のISRAERUにもプログラムの紹介記事が掲載されているが、今年も早稲田大学の学生7名が厳しい選抜を通過し、2月下旬に行われる2週間のイスラエル研修を受けることになった。過去2年はコロナ禍のためオンライン研修となったが、今回3年ぶりにイスラエルに行けることになったということで、その意気込みなどを本プログラムを主催する早稲田大学リサーチイノベーションセンター調査役の喜久里(きくさと)氏にお話を伺った。

イスラエル海外武者修行プログラムとは

2020年の記事にも紹介されているが、本プログラムは文部科学省のアントレプレナー育成海外武者修行プログラムの支援を受けて2018年から実施されており、早稲田大学は毎年参加していて今回が5回目となる。文部科学省のページに本プログラムの概要を説明したチャート(図1)が掲載されているが、具体的には若手起業家育成を考える大学が自らスポンサーを探し、例えば民間企業や団体から500万円の支援金を集めれば、文部科学省が同額を提供し、合計1000万円で学生起業家の海外研修を実施できる、という内容であった(現在はこのような補助の仕組みはなくなっている)。スポンサーとなる企業や団体も、一方的にお金を支援するだけではなく、自社・自団体の社員・職員をこの研修に参加させることができるというメリットもあり、実際に過去のプログラムでもスポンサー企業からの研修参加者がある。

今年も当初2~30名の学生から応募があったそうだ。応募者に求められる条件は2つあり、ビジネスのアイデア・ある程度の事業計画があること、そしてイスラエルでの研修を実のあるものに出来るだけの英語力、である。イスラエルでは各種のレクチャーを受けるだけではなく、投資家の前で自分のビジネスプランをプレゼンする機会もあり、あまり底の浅いアイデアや乏しい語学力ではせっかくの研修機会を活かすことができない。従って、事業計画の仮説が浅くないか、グローバルな拡張性に欠けていないか、質疑応答ができる英語力があるか、などが厳しく評価される。

彼らは、事前研修として昨年10月からビジネスコミュニケーション、ファイナンス、などを学びながら自らのビジネスモデルをブラッシュアップしてきた。12月には1泊2日のブートキャンプで、プレゼンや討論の特訓を行っており、これらのプロセスを経て最終的に7名が選抜されたそうだ。早稲田大学の本プログラムに関する2019年の資料があるので図を参照いただきたい。プロセスの概要がわかりやすく図示されている。

なぜイスラエルなのか?

文部科学省のプログラムに応募していたのは早稲田大学だけではない。他の大学も応募しており、その研修派遣先もシンガポールやシリコンバレーなど、各大学のプログラムにより様々だそうだが、早稲田大学は当初よりイスラエル派遣を考えたという。理由は、早稲田大学には派遣対象の母集団となるであろう技術系の中でも情報系の学生数が多いことに加えて、学生たちの事業アイデアとしては大きな設備を持たなくともパソコンで開発ができるようなIT系がそもそも中心となるという点がある。IT分野でのイノベーションを次々に起こしているイスラエルは、その意味でも早稲田大学の学生たちが刺激を得る場所として最適であると考えたそうだ。

とは言え、早稲田大学の先生方にもイスラエルの現地事情に詳しい方が居たわけではなく、経営コンサルティング会社コランダム・イノベーションとの出会いが鍵となった。コランダムはイスラエルのハイテクスタートアップの革新性に着目して、主な顧客である日本企業とともに投資・コンサルティング事業を行っており、テルアビブにも拠点を持っている。本プログラムの初回から参画し、現地での訪問先、現地で学生を育てることについて協力を得られるVCの選定などプログラムの具体化と実施において重要な役割を果たしている。学生起業家を育てたいという大学の意志とイスラエルに詳しいコランダム・イノベーションとの出会いが、本プログラムを充実したものにしていると言えるだろう。

また、学生たちにとっても中東やイスラエルはあまり馴染みのある場所ではないことが多く、事前研修の中でもイスラエルとは歴史的・文化的にどういうところなのか、を学ぶことにも力を入れている。ここには駐日イスラエル大使館の協力もあるそうだ。

今後の予定と「百聞は一見に如かず」の期待

本稿ではプログラムとその背景の紹介にフォーカスしたが、今後、選抜された学生たちは、イスラエル大使館で開催される予定の壮行会を経て、2月19日から2週間イスラエルへ研修に行く予定である。どのような学生がどんなアイデアを持ってイスラエルへ行き、現地投資家たちにどのような厳しい評価を得るのか、参加者は何を得たか、引き続き取材を続けて続編として報告をしたい。例えば、2019年度の参加者の一人である白神賢(しらが・さとし)氏は2016年にARグラスのアイデアでCellidという会社を設立した。2019年の研修参加後、製品開発、資金調達も含めて更に順調にビジネスを成長させているそうだ。機会があれば取材をしてみたい。

イスラエルという国は、「百聞は一見に如かず」ということわざが最もあてはまる国の一つであるだろう。その背景には、物理的に遠い距離だけではなく、日本のメディアから主に得られる情報が特定の話題に限られてきたという事情もあるのではないだろうか。その意味でも現地に行き、自分の目で見る価値は大きい。

伺ったエピソードの一つに、2018年度の初回参加者が全部男性で、現地のイスラエル人から「なぜ女性が一人もいないのか?」と最初に指摘を受けた、ということがある。無論意図して男性だけを選んだ訳では無いにせよ、日本人的にはあまり意識しないことでも、多様性の塊であるイスラエルの人々からは奇異に映ったのかもしれない。イスラエルの人々は常識にとらわれない考え方をしたり、フツパと言われる一見無礼と感じるかもしれない厚かましさ、が特徴でもあり、若い研修生は、技術だけではなく現地での研修やミーティングでイスラエルの人々と接するときに様々な刺激を受けるはずだ。多様な成果に期待したい。