(本記事は、寺嶋 高光氏の著書『シン・製造業 製造業が迎える6つのパラダイムシフト』=クロスメディア・パブリッシング、2022年11月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
味の素の企業変革
味の素は、2015年に1・5兆円あった時価総額が徐々に下がり始め、2019年には0・9兆円まで下落してしまいました。
ここから変革を断行し、2022年には時価総額が倍の1・8兆円にまでV 字回復しています。いったいどのような変革を実施したのでしょうか。ディスクローズされている情報より見ていきます。
これまで、規模を追い続けるビジョンを掲げて来た同社ですが、変革時に社会課題の解決を意識したビジョンを掲げました。
2020年に「アミノ酸のはたらきで食習慣や高齢化に伴う食と健康の課題を解決し、人びとのウェルネスを共創します」というパーパスを掲げ、2030年までに10億人の健康寿命を延伸、環境負荷を50%削減というビジョンを発信しました。
「食と健康の課題解決企業」に変革するためにD X を推進すると経営者自らが発信をしており、ユニクロと同じく、経営者自らがD X を最重要課題と捉えているところが、極めて重要で注目すべき部分です。同社のホームページを覗くと、様々なD Xの取組みがディスクローズされていますので、幾つか紹介します。
①フードテック
味の素はアミノ酸の一種であるグルタミン酸の「うま味」に関連した、味覚だけに限ることなく、嗅覚、食感も含め、「おいしさ」を構成する技術を保持しています。
これを「おいしさ設計技術」として代替肉を始め、様々なニーズと組み合わせたソリューション化を実施しています。
②パーソナライズドマーケティング
パーソナライズドマーケティングとは、これまでのマスに向けた商品開発・提供ではなく、生活者の属性や行動履歴に基づき、その人に合った製品やサービスを提供していくことです。
W e b サイトやブログ、S N S 上で発信される多くの情報と、生活者の購買履歴などの情報を組合せて分析することで、生活者の意識や行動を多面的に捉えることができるようになります。
③スマートファクトリー
スマートファクトリーとはロボットやA I などデジタル技術を活用した生産性が高い工場のことを指しますが、2020年4月、味の素エンジニアリングが「P L A N T A X I S 」(プランタクシス)という、工場を丸ごとスキャンしてデータ化、クラウド上に再現する「3D工場」サービスをリリースしました。
生産現場のデジタルツインを実現したわけです。これにより、工場の建物、設備などを3Dスキャンし、デジタル上に取り込むことで、デジタル空間上で機械の説明や点検履歴などを見ることが可能になります。
工場をデジタル空間に取り込むと、現地視察が不要になり、簡単には動かすことのできない設備をデジタル空間上では、動かすことができるようになるため、生産ラインのレイアウト変更の検討や新しい機械を導入する際のプランニング、事前検証を容易にしています。
④事業モデル変革タスクフォース
C D O がリーダーを務めるD X 推進委員会を設置し、事業モデル変革を遂行するための「事業モデル変革タスクフォース」をC E O 直轄組織として編成しています。
また2020〜2022年度の3年間において「ビジネスD X 人材」育成プログラムを開始し、2020年度には従業員の25%が認定を取得したと発表しました。2020‐2022のD X 投資額も約250億円と非常に積極的な投資を実施していることが開示されています。
味の素も、ユニクロ同様、経営陣がリーダーシップを取り、パーパスやビジョンを見直し、「食」という非常に根源的な社会課題解決に向けて、コーポレート戦略、バリューチェーン戦略、新たな技術革新、D X 戦略を強力に進めています。
この様な企業の取組みは多くの日本の製造業にとって大きなリファレンスになると想定されます。
国内大手SIer、外資コンサルティングファームを経て、2002年に電通国際情報サービスに転職。2013年にISIDビジネスコンサルティング創業メンバーとなり、同社経営戦略コンサルティング本部長、取締役を歴任し、2021年に代表取締役社長に就任。自動車メーカーを中心に、製造業へのコンサルティング業務を行う。特にIoTやデジタルテクノロジーを用いた、製造業の事業戦略及びコーポレート戦略立案、バリューチェーン革新等によって業績を改善させた数々の実績を持つ。
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