(本記事は、寺嶋 高光氏の著書『シン・製造業 製造業が迎える6つのパラダイムシフト』=クロスメディア・パブリッシング、2022年11月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
デジタル技術は労働生産性向上に寄与しないのか
デジタル技術を活用することで、オペレーションの簡素化、標準化、自動化などを行うことが可能になります。
ではデジタル技術の導入が進んでいるのに、なぜ労働生産性の向上に繋がらないか、この原因を3点上げてみます。
(1)労働時間の削減分だけの新しい付加価値が創出されていない
(2)デジタルテクノロジー活用のノウハウが不足している
(3)デジタルテクノロジー活用が大企業中心であり、中小企業まで広がっていない
(1)労働時間の削減分だけの新しい付加価値が創出されていない
市場が縮小しているにも関わらず、デジタル技術を活用した生産性向上効果の還元先として、販売価格を下げて、製品の回転サイクルを早め、たくさん造ってたくさん売るということを是とするオペレーションが依然として継続されているケースがあります。加えて、新たな付加価値創出への投資を促進するというよりは、企業内部の金融資産を増やす方向で経営が行われるケースもあります。
このようなオペレーションが続くかぎり、いつまでたっても労働生産性は向上せず、社員の給与も上げることはできません。
そして既存の製品市場に、より強い競合や、ディスラプターが登場した場合、競争力を失うリスクが高くなります。これから就職しようとする若い世代の製造業離れや将来への不安が顕在化する理由の一つにもなっているように思われます。
(2)デジタルテクノロジー活用のノウハウが不足している
情報処理推進機構の調査では、デジタル技術による変革を行う人材について「大幅に不足している」及び「やや不足している」の割合が、米国では約4割であることに対し、日本は約8割にのぼります。
また同機構による「社員の学び直し」の調査において「全社員対象での実施」が行われているのは、米国が37・4%に対し、日本はわずか7・9%に留まります。
学び直しについては、昨今リスキリングと呼ばれていますが、D X 推進のためのマインドセットを理解した上で、さらに専門的なデジタル知識、能力を身に着ける必要があります。
経産省はD X を進める企業等で必要とされる専門性の高いビジネスパーソンの人材像を以下の5つで定義しています。
「ビジネスアーキテクト」
「データサイエンティスト」
「エンジニア・オペレータ」
「サイバーセキュリティスペシャリスト」
「U I /U X デザイナー」
「ビジネスアーキテクト」はデジタル技術を理解し、ビジネス現場へのデジタル技術の導入の全体設計が行える人材。
「データサイエンティスト」は統計等の知識を元に、A I を活用し、ビッグデータから新たな知見を引き出し、新しい価値創造を行える人材。
「エンジニア・オペレータ」は、業務ニーズに合わせて必要なI T システムの実装や基盤の安定稼働を実現出来る人材。
「サイバーセキュリティスペシャリスト」はI T システムをサイバー攻撃の脅威から守るセキュリティ専門人材。
「U I /U X デザイナー」は新たな顧客接点創出、及び顧客接点における顧客体験、その体験を産み出すための必要な機能のデザインを行い、ユーザー向けのシステム設計に落とし込む人材をいいます。
経産省では、D X リテラシーを身につけ、前述の様な人材になるための「デジタル人材育成プラットフォーム」として「マナビD X 」というポータルサイトを2022年3月に開設しています。当該ポータルサイトでは、基礎的なデジタルスキルを学べる教育コンテンツ及びカリキュラムなどが提供されています。
このような背景に基づき、危機意識の高い企業においては、リスキリングの動きが活発になってきました。
旭化成では24年度にデジタル人材を21年度比で10倍の2500人に、J F E スチールでは24年度までにデータサイエンティストを600人体制に、住友化学は24年度までにデジタル人材を330人に、N E C では、25年度にデジタル人材を20年度比2倍の1万人に拡大を目指すなど、大規模な計画の発表がなされています。
(3)デジタルテクノロジー活用が大企業中心であり、中小企業まで広がっていない
中小企業基盤整備機構で調査されたデータによると、大企業であれば、約7割以上の企業がD X への取組みを実施していますが、中小企業になると従業員数が101人以上の企業でも23%が取組み中と、低ポイントで、大きく差が開いています。中小企業でデジタル技術の活用が進まない背景には、経営者が価値を感じていない、または分からないなど、デジタル技術に対する意識の問題が大きいといわれています。
昨今は比較的廉価で利用できるツールや基盤が提供されていることに加え、自治体や政府からの補助金が用意されているので、積極的な利用が望まれます。またデジタル技術の導入に必要なスキル習得なども、廉価な外部サービスを活用することが可能なので、中小企業においてもD X 取組み率の向上を期待したいと思います。
国内大手SIer、外資コンサルティングファームを経て、2002年に電通国際情報サービスに転職。2013年にISIDビジネスコンサルティング創業メンバーとなり、同社経営戦略コンサルティング本部長、取締役を歴任し、2021年に代表取締役社長に就任。自動車メーカーを中心に、製造業へのコンサルティング業務を行う。特にIoTやデジタルテクノロジーを用いた、製造業の事業戦略及びコーポレート戦略立案、バリューチェーン革新等によって業績を改善させた数々の実績を持つ。
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