1%の超一流が実践している仕事のシン哲学
(画像=Buffaloboy/stock.adobe.com)

(本記事は、寺嶋 高光氏の著書『シン・製造業 製造業が迎える6つのパラダイムシフト』=クロスメディア・パブリッシング、2022年11月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

自動車産業の動向

ここからは、自動車産業の動向に照らしながら、日本の製造業の現在地を見ていきたいと思います。日本の自動車産業の市場規模は、約57兆円、「日本自動車工業会」によると自動車産業の就業者数はおよそ542万人、日本の全就業者数の8・1%を占めています。

これらの数値は、自動車産業が日本を代表する基幹産業であることを示しています。現在、自動車メーカーは、C A S E(図)と呼ばれる大変革期を迎えています。

シン・製造業
(画像=『シン・製造業』より)

安全で快適かつ、利用者にこれまでにない新しい価値を提供するモビリティサービス開発を目指して各社が熾烈な競争を行っています。

次世代エコカーの販売は多くの自動車メーカーにとって重要な課題です。

全ての種類のエコカーを販売するのか、B E V(バッテリー式電気自動車)の販売に注力するのか、新たな環境技術を自社で開発するのか、各社が取る戦略は極めて多岐に渡ります。

日本の自動車メーカーは、国内市場縮小に伴う、海外市場への展開加速と同時に、国内における雇用の維持を図っていかねばなりません。自動車メーカーが取る戦略次第では、サプライヤーなどの関連する企業の業績のみならず、メーカーそのものの存続をも左右する結果が待ち受けています。

(1)テスラの台頭

テスラのE V 販売台数は2021年におよそ100万台となりました。

販売台数比較という部分では、トヨタの1/10ですが、株式時価総額は2022年に120兆円に達し、トヨタの3倍になりました。

エコカーの時代にスポーツカーのようなE V 、かつ自動運転機能(高度運転支援)付きで、クルマの機能がO T A(※1)にてスマホの様に定期的にアップデートされ、専用の高速充電設備が配備されるといった先進性と環境性能を同時に訴求する事業スタイルが企業価値に反映された形になっています。

またこれらを実現するために自社のコア事業とノンコア事業の切り分けが明確であり、コア部分に関しては、垂直統合型の一貫開発製造体制を構築し、ノンコア部分は水平分業体制を敷いています。コアとされているのはE C U(※2)、プレス用のダイキャスト金型、電池、半導体、ソフトウェアと見られています。

テスラは2022年4月に世界最大の工場としてアメリカのテキサス州にギガファクトリーを誕生させました。

ここで行われるものづくりには、通常数十回行うボディや部品のプレスを一発で実施するギガプレス、シャーシと一体型の電池、高性能な自社製半導体チップ、A G V(※3)搬送式の最終組立ラインなど、新しいテクノロジーが盛りだくさんです。

また販売は全てネットを通じて行われマーケティング組織やディーラーと呼ばれる販売会社を持たないライトアセット経営を行っており、2022年1~3月期の営業利益率は19・2%という極めて高い数字を叩き出しています。

(※1)O T A(OverTheAir):無線でクルマのソフトウェアをアップデートする技術
(※2) E C U(ElectronicControlUnit):クルマの各種機能を電気制御するためのユニット
(※3)A G V(AutomatedGuidedVehicle):無人搬送機

(2)中国EVメーカーの台頭

中国は世界最大のE V 市場であり、1年ごとにE V 販売台数が2倍に増加する急成長市場です。

中国で販売台数1位のメーカーはトヨタとも提携するB Y D 、2位が上汽通用五菱汽車です。

中国のテスラと呼ばれているN I O(販売台数8位)が展開する高価格なE V がある一方、上汽通用五菱汽車などが50万円程度で展開する低価格E V もあり、二極化しています。

Youtubeなどでも中国のE V をティアダウンしている動画をしばしば見かけますが、これらの動画を見ていると、価格が安いから一律に品質が悪いということではなく、設計やパーツに新たな発見などが見られ、ここ数年において中国のものづくり技術は飛躍的に進化していることが伺えます。

ボルボを傘下に入れる吉利は2016 年にL y n k & C o という合弁会社を立ち上げており、ここで展開されるクルマの外観、品質は欧州品質と同等のものになっています。

(3)欧州「Catena-X」の設立

カーボンニュートラルの動きが加速する中で、2021年3月、B M W グループ、メルセデス・ベンツは「Catena-X」という安全に企業間データ連携を行うための自動車業界のネットワークを設立しました。

参加企業は、前述の企業の他に、フォルクスワーゲン、ボッシュ、Z F 、ドイツテレコム、S A P 、マイクロソフト、シーメンス、フランフォーファーなど多岐に渡ります。カーボンニュートラルの実現には、通信やI T 、デジタル技術が重要な役割を担うことから、通信、アプリケーション、プラットフォームベンダーが参画している点に注目してください。

またカーボンニュートラルの実現に向けては、ただE V の展開をすれば良い訳ではありません。バリューチェーン全体でデータを共有して、材料の調達から製造、販売、市場における利用、廃棄まで、産業界全体での取組みを行う必要があります。

日本においては、Catena-Xのような業界を超えた企業間での協力体制やデータ共有基盤の構築の動きはまだ見られておりません。

E U は2035年より内燃機関車の販売を禁止する方針を打ち出しており、自動車産業の環境規制対応と、これを実現するための産業横断的なデータ共有基盤構築面で他国の業界をリードしようとしています。

(4)日本の自動車メーカー

日本の自動車メーカーは、古いアセットを多く抱えながら、国内雇用環境も維持して行くという使命を担っているため、新たに台頭して来たテスラや中国E V メーカーと同じような勝負はできません。

加えて自動車産業にも マグナ・シュタイアやフォックスコンの様なO D M /E M S(※4)も台頭しはじめているので、今後は、雑巾を絞る様なコストダウンやカイゼンを繰り返しても歯が立たないケースが発生します。

自社固有の価値領域を定義して、その価値を最大化させるためのバリューチェーンの見直し、コア技術に対する大胆な投資が必要になります。

トヨタは全方位戦略を取っており、E V 、H V 、F C V 、水素エンジン(※5)の同時開発を行っています。欧州や中国向けにはE V とF C V 、日本、北米、アジア向けにはH V を展開させる計画です。

ホンダは2040 年に世界市場で販売する全車両をE V とF C V にすると公表しています。またホンダは基本、現地生産方式を取っていますが、トヨタは国内生産比率を高め、現在の内燃機関を維持しながら国内雇用を守っていけるH V 、水素エンジンを重要視しています。

現在のE V はバッテリーの充電に要する時間(急速充電で30分など)、連続航続距離に課題がありますが、これを解決するために、東芝が開発している二次電池のS C i B 、トヨタ、ホンダ、日産などが開発する全固体電池(※6)は、次世代の技術革新として大きく期待されています。

変革期だからでしょうか、自動車産業の状況は大変なカオスといえます。

米国テスラがE V 、自動運転テクノロジーなどで攻勢に出てきていること、GoogleやAppleも自動車産業へ参入しています。また欧州は、産業横断的なデータ共有基盤の構築による高いレベルの環境性能実現、中国では、国の政策を背景にしたE V メーカーの台頭、技術革新が行われています。

日本もこれに対抗する新たな価値創出、技術革新に取り組んでいますが、デジタル技術の戦略的な取り扱いは非常に重要な要素になります。

(※4)
・O D M(OriginalDesignManufacturing):製品の設計から製造まで受託先が担当する
・E M S(ElectronicsManufacturingService):電子機器の製造を請け負うメーカー

(※5)
・ H V :エンジンとモーター2つの動力を用いる機構。モーターへの電力供給方法にパラレル方式、スプリット方式、シリーズ方式がある。外部電源から充電可能なH V をP H V(Plug-inHybridVehicle)と呼ぶ
・ F C V :燃料電池自動車。水素と酸素の化学反応から電力を取り出し駆動させる機構
・ 水素エンジン:ガソリンの代わりに水素を燃料としてエンジンを駆動させる機構(バイフューエル型:単一のエンジンで2種類の燃料を切り替えて使用できる型が多い)

(※6)全固体電池:電解質が液体のリチウムイオン電池に対し、電解質が固体の電池

シン・製造業 製造業が迎える6つのパラダイムシフト
寺嶋 高光(てらしま・たかみつ)
株式会社ISIDビジネスコンサルティング代表取締役社長
国内大手SIer、外資コンサルティングファームを経て、2002年に電通国際情報サービスに転職。2013年にISIDビジネスコンサルティング創業メンバーとなり、同社経営戦略コンサルティング本部長、取締役を歴任し、2021年に代表取締役社長に就任。自動車メーカーを中心に、製造業へのコンサルティング業務を行う。特にIoTやデジタルテクノロジーを用いた、製造業の事業戦略及びコーポレート戦略立案、バリューチェーン革新等によって業績を改善させた数々の実績を持つ。

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