米国が中国に敵意むき出しな本当の理由
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(本記事は、戸田 裕大氏の著書『米中金融戦争』=扶桑社、2020年9月25日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

香港に対する国家安全維持法の制定

今にして思うと、すでにこのときから、米中金融戦争の火蓋(ひぶた)は切って落とされていたのかもしれません。こうした状況を中国が憂慮し、急ぎ対策を講じました。

それが先ほども述べた2020年5月の中国最大の意思決定機関・全人代における「香港・国家安全維持法」の制定だったわけです。

国家安全維持法は、2019年から現在にかけて行われている香港市民による反中国政府デモに対する対抗措置で、香港市民のデモを現在の統治体制への反乱と見なして、法のもとに公(おおやけ)に処罰できる制度です。

全66条から成る国家安全維持法ですが、この中で私自身の主観的な選択ですが、重要な点を挙げていきたいと思います。条文の順序は前後させていますが、それはよりわかりやすく説明するためのものであり、ご容赦いただければと思います。

第3条:中央人民政府は香港特別行政区の国家安全に関する責任を負う。
第62条:香港特別行政区の現行法が本法律と矛盾する場合、本法律の規定が適用される。
第20条:いかなる人や組織も、国家の分裂や破壊を目的にした行為に実行・参加する場合、武力行使の有無にかかわらず犯罪とする。
解説:いわゆる、国家分裂罪に関する条文です。原文では、次いで国家転覆罪、恐怖活動罪と続いていきます。なお、いずれの罪に対しても最大刑罰は無期懲役です。
第12条・13条:国家安全委員会を設置し、香港行政長官が主席を務める。
解説:犯罪を取り締まるべく新たに設置された機関が国家安全委員会です。国家安全委員会が中央政府の監督と問責を受けて、国家安全を維持する形になっています。
第9条:香港特別行政区は、国家の安全維持とテロ活動防止の取り組みを強化する。
解説:メディアやインターネットも対象となるため、今後はよりいっそう、香港内で政府に対する表現に配慮する必要が出てきます。
第33条3項:他人の犯罪行為を告発する、または重要な手がかりを告発することで、減免の対象となる。
解説: この条文により、政府に関する発言は、今後、友人・知人に対してであっても配慮する必要が生じてしまいます。
第6条:選挙に立候補するか公職に就く場合、香港基本法を支持することを表明する必要がある。

読者の皆さんはどのように感じたでしょうか?

政府に対する批判が禁止になってしまうと、実質的には言論の自由がなくなってしまいます。民主主義の根底にある大切な考え方が失われてしまうことになります。

従って、一国二制度は実質的に維持されていないという見方が大勢を占め、国家安全維持法は米国や旧宗主国の英国をはじめ先進各国から批判を受ける結果になりました。

国家安全維持法に対する各国の対応

2020年7月、公共メディアなどを通じて、各国の対応が伝わってきました。

【英国】:イギリスのボリス・ジョンソン首相は、香港市民300万人に対し、イギリスの市民権や永住権の申請を可能にする方針を明らかにした。(20年7月1日、BBCニュース)

【米国】:中国による「香港・国家安全維持法」の施行を受け、香港の自治侵害に関して制裁を科す「香港自治法の修正法案」を上下院超党派で可決し、トランプ大統領が署名、即日大統領令を公布した。(20年7月14日、ホワイトハウス)

【オーストラリア】:モリソン首相は、6月30日に施行された「香港・国家安全維持法」を受け、香港住民の受け入れを検討する方針を示した(20年7月2日、日本経済新聞)。また、香港との間で結んでいた犯罪人引き渡し条約を停止した(20年7月9日、記者会見より)。

【カナダ】:トルドー首相は7月3日の記者会見で、香港との間で結んでいた犯罪人引き渡し条約を停止すると発表した。中国が「香港・国家安全維持法」を施行して以来、香港との法執行関係を断つ最初の国となる。(20年7月3日、ブルームバーグニュース)

【ニュージーランド】:アーダーン首相が、一国二制度の崩壊について指摘し、ファイブアイズはほぼ共通の認識を持っていると主張。(記者会見より)

欧州:EUは、香港特別行政区立法会や市民社会と意味ある事前協議のないまま採択された同法について、深刻な懸念を再度表明する。(欧州連合の共同声明)

まず、英米加豪新のファイブアイズが一致団結し、それぞれの首相自らが強く直接反対の意を表明しました。中でも英国は、2019年の香港デモを境に、国営放送BBCを通じて中国のウイグル自治地区における人権問題や、香港問題について、高頻度で情報発信を行っていました。BBCの香港での取材力は高く、また影響力も極めて大きいので、これは中国の今後の活動の足かせになっていくものと思われます。

また、米国は、国家安全維持法が施行される数日前の2020年6月24日には、香港に対するドルローンの制限などについてまとめた「香港自治法の修正法案」を、派閥を超えて、上下院ともに可決。トランプ大統領もすぐに署名し、ホワイトハウスを通じて即日、大統領令が発布されました。その内容はとても厳しいものになっており、香港の金融セクターとしての地位を阻害(そがい)することが推測されます。

一方で、欧州と日本は比較的柔らかい対応で、欧州はEUを通じて、日本は国連を通じて、遺憾の意を表明するに留まっています。欧州と日本は、中国と地理的・経済的に密接な関係があるため、その存在にいわば政治的な配慮をしているのが実態といえるでしょう。

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著者:戸田 裕大(とだ ゆうだい)
若竹コンサルティング 創業者
2007年、中央大学法学部卒業後、三井住友銀行へ入行。10年間、外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行するとともに、日本のグローバル企業300社、在中国のグローバル企業450社の為替リスク管理に対する支援を実施。2019年9月、CEIBS(China Europe International Business School)にて経営学修士を取得。現在は若竹コンサルティング代表として、法人向けに、為替市場調査と為替リスク管理に関するコンサルティング業務を提供するかたわら、為替相場講演会に多数、登壇している。

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