米中金融戦争
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(本記事は、戸田 裕大氏の著書『米中金融戦争』=扶桑社、2020年9月25日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

逆風下の中国三大政策その一・「製造2025」

さて、資金の確保には三通りの方法があります。一つは事業で成功を収める方法、二つ目は他国に投資をして配当や利息などのリターンをもらう方法、三つ目が自国に投資をしてもらう方法です。経常収支のゼロ均衡に悩む中国は、これら三つの手法をすべて、同時に進めることにしました。

まず事業で成功を収めるために中国はいくつかの政策を掲げましたが、その代表的なものが「製造2025」と呼ばれる構想です。

「製造2025」とは、2015年に公表された中国内の製造業強化政策であり、第一段階として、2025年までの「世界の製造強国入り」を掲げ、第二段階として2035年までに中国の製造業レベルを世界の製造強国陣営の中位に位置させ、そして、第三段階として、2045年に「製造強国のトップ」になるというものです。

中国の人口は約14億人です。これほどの規模の国家が極力、貧富の差がないまま豊かになっていくためには、多くの労働力を必要とする産業の育成が望ましく、製造業を強化していくことは理に適(かな)っています。

しばしば中国(14億人)とインド(13・5億人)はともに人口が多い国として比較されますが、2019年時点で、中国のGDPが14・3兆ドルで世界2位なのに対して、インドのGDPは2・9兆ドルと、経済規模に約5倍の開きがあるのはなぜでしょうか?

これは、一つにはインドがIT産業の育成に力を入れた一方で、製造業への力の配分を少なくしすぎたことが要因といわれています。ITは確かに世界を変えましたが、実はあまり雇用を生み出さないので、国家にとって必ずしも望ましい産業とはいえないところがあるのです。

その点、中国は日本にならい、製造業主体の事業モデルを構成していったことで、多くの雇用を生み出し、経済の底上げに成功しました。また近くに日本や韓国、台湾など技術力に優れた国があったことから、それらの国との協業の選択肢が広く、これも中国には大きなプラスに働きました。

しかし、製造2025計画は非常に野心的で、米中対立のきっかけの一因になったとも囁(ささや)かれます。米国をはじめ各国の不満として、中国は先進国からアイデアや技術を学ぶばかりで、中国の市場開放はあまり進んでいない、という指摘も数多く見られるようになりました。

現在、中国は「製造2025」という言葉をあまり使わなくなってきています。それは、米中の対立を通じて、半導体や5G通信など先進的な産業が制裁の対象となったため、あまり米国を含む先進国を刺激したくないという思惑があるからと私は思っています。

このように逆風の中で戦っていかないといけないのが、中国の事業の状況なのです。

中国三大政策その二・「一帯一路」とは?

次に、他国に投資をして配当や利息などのリターンを得るという構想において、最も代表的なプロジェクトになったのが「一帯一路」政策です。

「一帯一路」とは、かつてユーラシア大陸で繁栄したシルクロード交易になぞらえた広域経済圏構想で、中国と欧州を大陸でつなぐ「一帯」と、中国から、アジア・アラビア半島・アフリカ東部を経由して海路で欧州をつなぐ「一路」から構成された壮大なインフラ投資計画です。

現在、100を超える国家と国家組織が一帯一路プロジェクトへの、支持または参加を表明しており、国連総会や国連安保理事会などの重要会議でも、一帯一路が議題の一つとして組み込まれています。

近年の代表的な成果としては、2016年10月に開通したアフリカ第一号となる電気鉄道・ヤジ鉄道(Yaji Railwayエチオピアのアジスアベバとジブチを結ぶ)、2017年5月に開通したモネ鉄道(Mone Railwayケニアのナイロビとモンバサを結ぶ)などが挙げられます。

これらはアフリカ大陸における代表的な鉄道建設の受注例として、高い評価を得ました。

しかし、こういったインフラ投資計画は今、新型コロナウイルスの直撃を受けています。すなわち、人々の国境をまたぐ往来が大幅に減少することで、プロジェクトの期待利回りが低下し、資金や収益の返済可能性が低下してしまいそうなことから、新規に資金を拠出することが難しくなってきています。

また、すでに始動した既存の案件についても、世界全体が新型コロナウイルスの影響を受けて不景気入りの様相を呈する中、返済遅延が増加しているようです。

実は現在、この「一帯一路」についても、中国が国際的な場で声高に語ることは少なくなっています。

一つには構想そのものが非常に野心的に映るため、他国の警戒を生んでしまうこと、もう一つはスリランカ南部のハンバントタ港のように、中国からの多額の債務を返済できず、結果として、運営権を中国に差し出す事象が発生し、一帯一路政策が実質的な他国への支配政策として非難を浴びていることがあります。

結論としては、他国に投資をして配当や利息などのリターンを得るための構想も苦労しているのが実情です。それは、前述の経常収支内訳において第一次所得(配当金や利息など対外債権・債務から発生する収支)が赤字であることからも裏付けられます。

中国三大政策その三・「自国への投資奨励」

最後に、自国に投資をしてもらうための政策について説明しましょう。

まず自国に投資をしてもらうためには、投資家に対して魅力的なリターンを提示する必要があります。具体例を挙げて見ていきましょう。

2020年7月現在、米国の10年物国債の利回りが0・6%前後である一方、中国の10年物国債利回りは3・0%を超えて、推移しています。

従って、中国の国債への投資は、利回りだけを見ると、米国国債よりも魅力的なリターンを提示しているといえます。

ところが、中国に投資する場合、投資家は二つのリスクを抱えることになります。

一つは為替変動リスク、もう一つが中国特有の資本移動制限リスクです。

一つ目の為替変動リスクですが、中国に対して投資を行う場合、大半の投資家は手元に保有しているドルを中国の通貨・人民元に両替する必要があります。

仮に中国の10年国債を購入し、利回りとして年率プラス3・0%のリターンを得られるとしても、人民元の為替レートが年率マイナス3・0%の比率で下落してしまうと、合計のリターンはゼロ%になってしまいます。

これが、為替変動リスクです。

実は中国の通貨である人民元は、米中貿易戦争が開始された2018年の年初から2020年6月までの期間、対ドルで12%弱も減価しました。

これは米中貿易戦争で相互に関税をかけあった場合、被害が甚大になる中国の通貨価値が大幅に見直されたことが大きな要因です。

具体的にいうと、2018年通年で中国が米国から輸入している金額は1260億ドルである一方、米国が中国から輸入している金額は5500億ドル。圧倒的に米国が中国から輸入している金額のほうが大きく、同率の関税を適用した場合に被害が甚大になるのは中国であるため、それを見越して人民元安が進んだということになります。

では、この間の投資家の総合リターンはいくらになっていたのでしょう?

人民元が約2年半の期間に対ドルで12%減価しているので、12%÷2・5年で年率にならすと、為替レートの減価率はマイナス4・8%になります。

つまり中国の10年国債を購入し、利回りとして年率プラス3・0%のリターンが得られたとしても、投資家のドル建てで見た総合リターンは、3・0%―4・8%=マイナス1・8%になります。これでは、海外の投資家が中国10年債を購入しても儲からないので、投資を手控えることになってしまいます。

これが、米国以上に中国が魅力的なリターンを投資家に提示しているにもかかわらず、投資家が中国への投資に足踏みする理由の一つ、人民元の為替変動リスクです。

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著者:戸田 裕大(とだ ゆうだい)
若竹コンサルティング 創業者
2007年、中央大学法学部卒業後、三井住友銀行へ入行。10年間、外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行するとともに、日本のグローバル企業300社、在中国のグローバル企業450社の為替リスク管理に対する支援を実施。2019年9月、CEIBS(China Europe International Business School)にて経営学修士を取得。現在は若竹コンサルティング代表として、法人向けに、為替市場調査と為替リスク管理に関するコンサルティング業務を提供するかたわら、為替相場講演会に多数、登壇している。

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