遺留分という言葉を聞いたことはありますか?
相続が発生して遺産分割を行う際には必ず考慮しなければならないものですが、その内容について詳しく知っている方はそれほど多くないかもしれません。
そこで、避けては通れない遺留分の制度について解説します。
また、平成30年の相続法改正により、遺留分が侵害された場合の請求権についての考え方が大きく変わっています。
そこで、その改正の内容を解説するとともに、遺留分を意識した遺産分割の方法を考えていきます。
遺留分とは
遺留分とは、被相続人の意思によっても奪うことのできない相続分のことをいいます。
被相続人の意思とは、具体的には遺言書があります。
つまり、特定の相続人にのみ財産を相続させるとする遺言書がある場合でも、ほかの相続人がまったく相続できないわけではなく、一定の割合について相続が認められるのです。
遺留分の算定方法や対象となる財産、相続人については細かく決められています。
遺留分の算定方法
被相続人の保有していた財産の総額を計算し、その額に相続人と被相続人の関係にもとづいて決められた割合を乗ずることで、遺留分の額を算定します。
被相続人が保有していた財産の種類や保有期間、被相続人と相続人の関係の長短や関係性の深さ・浅さは遺留分を算定する際には一切考慮しません。
たとえ財産が自宅だけで、分割することが困難であったとしても、その評価額に割合を乗じて遺留分を計算します。
また、亡くなる直前に婚姻関係となった配偶者であっても、その遺留分が減らされることはありません。
亡くなって相続が発生した時の財産、及びその時の被相続人との関係によって決められるのです。
遺留分の算定の基礎となる財産⑴消極財産の取扱い
相続人ごとの遺留分を計算する際に基礎となる金額は、被相続人が保有していた財産の総額です。
財産といえば普通思い浮かべるのは現金や預貯金、不動産、有価証券などですが、そのような価値のある財産がすべてとは限りません。
例えば借金をしている人が亡くなった場合、その借金を相続人の誰かが引き継いで返済を継続しなければなりません。
この場合、借金も相続財産ということになりますが、相続人にとってプラスになる財産ではなく、マイナスの価値しかありません。
このような財産のことを「消極財産」と呼びます。
これに対して、預貯金や不動産など価値のある財産のことを「積極財産」と呼びます。
消極財産がある場合には、遺留分の算定の基礎となる財産の額は、「積極財産-消極財産」として求めます。
遺留分の算定の基礎となる財産⑵生前贈与した財産がある場合
被相続人が財産を生前贈与している場合は、何もなければ相続財産となるはずだった財産を、先に相続人などに移転しているものと考えることができます。
例えば、相続人となった人が3人いるのに1人だけ生前贈与を受けているのであれば、その分を考慮した遺留分の計算を行わないと不公平となってしまいます。
そのため、生前贈与をした財産については遺留分の算定における財産の額に含める必要があります。
このことを「持ち戻し」といいます。
持ち戻しの対象となる財産の額は、被相続人が亡くなる時に保有していた財産の額に含めて、遺留分の算定を行います。
消極財産があれば、その金額を積極財産から控除したうえで持ち戻しの計算を行います。
遺留分の算定の基礎となる財産の計算例
この場合、積極財産(預貯金2,000万円+不動産3,000万円=5,000万円)-消極財産(借入金1,000万円)+贈与した金額(500万円)=4,500万円が遺留分の算定の基礎となる金額になります。
遺留分割合の計算方法
遺留分を計算する際には、相続人の構成により相続人ごとに割合が決められています。その割合を遺留分割合といいます。
兄弟姉妹以外の法定相続人については、遺留分が認められます。
遺留分の割合は、父母等の直系尊属のみが相続人となる場合は1/3、それ以外の組み合わせで相続人となる場合は1/2となります。
なお、兄弟姉妹は遺留分がないため、他の相続人がどのような遺産分割を行っても、あるいは被相続人が生前贈与を行っていても、遺留分が侵害されているとして請求を行うことはできません。
相続人の組み合わせ | 配偶者の法定相続割合 | 配偶者の遺留分 | 血族相続人全体の法定相続割合 | 血族相続人全体の遺留分 |
---|---|---|---|---|
①配偶者のみ | 1/1 | 1/2 | なし | なし |
②子供のみ | なし | なし | 1/1 | 1/2 |
③直系尊属のみ | なし | なし | 1/1 | 1/3 |
④兄弟姉妹のみ | なし | なし | 1/1 | なし |
⑤配偶者と子供 | 1/2 | 1/4 | 1/2 | 1/4 |
⑥配偶者と直系尊属 | 2/3 | 1/3 | 1/3 | 1/6 |
⑦配偶者と兄弟姉妹 | 3/4 | 1/2 | 1/4 | なし |
「③直系尊属のみ」の場合は法定相続割合×1/3、「⑦配偶者と兄弟姉妹」の場合は配偶者のみ遺留分があるため、配偶者のみ1/2となります。
また「④兄弟姉妹のみ」の場合、遺留分はありません。
それ以外は法定相続割合×1/2として計算します。
なお、血族相続人が複数いる場合は、その人数によって均等に分けることとなります。
遺留分の侵害があった場合
遺産分割を行う前に各相続人の遺留分を把握しておき、その遺留分を考慮して相続分を決めるようにすれば、争いになる可能性は低くなります。
しかし、遺留分を前もって計算していない場合や、財産の額の見積を大きく誤った場合、把握していなかった財産があった場合などは遺留分を侵害してしまうことがあります。
遺留分が侵害された場合、遺留分権利者は遺留分侵害額請求を行うことで、遺留分に満たない金額の代償金を取得することができます。
遺留分侵害額請求の時期
遺留分侵害額請求は、遺留分権利者が、相続があったことと遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことの両方を知った日から1年以内に行う必要があります。
もし1年以内に遺留分侵害額請求を行わなかった場合には、時効により請求することができなくなります。
また、相続が開始してから10年以内でなければ、どのような理由があっても遺留分侵害額請求を行うことができません。
遺留分侵害額請求の方法
遺留分侵害額請求には、時間的な制約が厳しく定められています。そのため、期間内に権利を行使したことを後からでも証明できるようにしておく必要があります。
遺留分侵害額請求を行う際には、その日時が分かるように配達証明付き内容証明郵便によって相手方に通知を送るようにしましょう。
こうすれば、後から遺留分侵害額請求の通知をしたかどうかでもめることはなくなります。
相続法改正と遺留分の請求の考え方
相続法が改正され、遺留分が侵害された場合に、その遺留分を取り戻すための考え方が大きく変わっています。
改正前の考え方と比較しながら、今回の改正の内容を解説します。
なお、改正された相続法は平成30(2018)年7月13日に公布され、令和元(2019)年7月1日に施行されます。
相続法改正のポイント①遺留分侵害額請求
これまで遺留分を侵害された人は、遺留分を侵害している人に対して遺留分減殺請求を行うものとされていました。
これが相続法の改正により遺留分侵害額請求に名称変更されるとともに、その中身が見直されています。
相続法改正前の遺留分減殺請求
改正前の相続法にもとづいて遺留分減殺請求を行うと、その対象となる財産に対して請求者の遺留分割合に応じた権利が発生します。
その結果、不動産については遺留分を持つ相続人が一方的に遺留分登記を行うことができます。
例えば、多くの不動産を保有していた人が、亡くなる前に特定の相続人1人にだけいくつかの不動産を生前贈与していたとします。
その後贈与をした人が亡くなると、生前贈与を受けていないほかの相続人は遺留分減殺請求を行うことができるため、遺留分権利者としてその贈与されたすべての不動産について、一方的に遺留分登記を行うことが可能となるのです。
この遺留分登記をする際には、本来の所有者となっている贈与を受けた人(受贈者)の同意は必要ありません。
遺留分減殺請求を受けた人が、その財産ではなく金銭で遺留分減殺請求に応じることを希望した場合には、遺留分減殺請求権が現物に対する権利ではなく金銭の請求権に転換することとなります。
しかし、不動産に対する遺留分登記は、金銭の請求権に転換するよりも前に行うことができるため、登記関係は複雑化し問題が大きくなってしまうケースがあるのです。
遺留分減殺請求の具体例
この場合、相続財産は不動産(1億円)+預金(2,000万円)=1億2,000万円となります。
相続人は子供2人ですから、法定相続割合はそれぞれ1/2ずつ、遺留分はそれぞれ1/2×1/2=1/4となります。
Cさんの遺留分は1億2,000万円×1/4=3,000万円となるため、遺留分3,000万円に満たない金額1,000万円をBさんに対して遺留分減殺請求することができます。
この時、CさんはBさんが相続する予定の不動産に遺留分登記することができるため、不動産はBさんの持分9,000万円/1億円、Cさんの持分1,000万円/1億円の共有状態となります。
不動産が共有状態となると、その後Bさんの意向だけで不動産を売却することもできず、賃貸収入がある場合には2人で分けなければなりません。
相続法改正後の遺留分侵害額請求
このたびの相続法改正により、遺留分を侵害された人は「遺留分侵害額請求」ができるものとされました。
これまでは、遺留分の請求をすると現物財産についての権利が生ずるのが原則であり、金銭による請求権は請求を受けた人が希望した場合のみとされていましたが、改正により原則と例外が逆転することとされました。
原則と例外が逆になることで、問題が大きくなる原因となっていた遺留分登記ができなくなります。
相続や贈与を受けた本来の所有者の同意なく登記ができなくなる一方、遺留分の請求を受けた場合、現物の財産を分割するのではなく金銭で対応することが多いという実状に合わせたものとなっています。
遺留分に算入される贈与の対象期間
遺留分の額を算定する際に、生前贈与した財産を含める「持ち戻し」についてはすでに説明しました。
基本的に、生前に贈与した金額があれば、すべて相続財産に加算して遺留分の計算を行うこととされていたのです。
しかし、贈与した金額をすべて調べるのは大変な作業です。
何十年も前に行われた贈与を、実際に贈与した人が亡くなった後に証明するのは困難であり、贈与の有無をめぐっての争いになることも珍しくありませんでした。
今回の相続法の改正により、相続人に対する贈与については相続発生前10年以内の贈与について遺留分に持ち戻しを行うこととされました。
これにより、何十年も前に行われたような贈与については遺留分算定の基礎に含まれることはなくなります。
しかし、遺留分を侵害することを知って行われた贈与や、全財産あるいは過半数の財産の贈与を行っていた場合は、10年以上前に行われた贈与も持ち戻しの対象とされます。
大きな金額の贈与を行った場合は、後から贈与の内容について調べる必要が出てくる可能性があるため、しっかりと記録を残しておく必要があります。
遺言書と遺留分との関係
遺留分の侵害が発生するケースの1つに、遺言書によって特定の人に多くの財産を相続させる場合があります。
このような場合、遺言書に書かれた内容が無効になるようなことはないのでしょうか。
また、実際に遺留分侵害額請求を受けた場合の対応についてはどのように考えておく必要があるのでしょうか。
遺留分の侵害がある場合の遺言書
遺留分を侵害するような遺言書も、法的には問題ありません。
極端なものであれば、相続人が何人もいるにもかかわらず、1人の相続人にすべての財産を相続させるという内容にすることもできますし、そのような遺言書でも有効です。
しかし、このような遺言書にもとづいて遺産分割を行えば、ほかの相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があることは知っておく必要があります。
争いを避けるためには、できれば遺留分を侵害しないような内容の遺言書を作成しておくべきです。
遺留分侵害額請求による争いは親子間や兄弟間で起こるケースも多く、遺留分を侵害しても血のつながった家族だから問題ないと考えるのは間違いだからです。
また、どうしても遺留分が侵害される相続人がいる場合には、すべての相続人に了解してもらえるような状況となるよう、生前にきちんと話をしておく必要があります。
遺留分侵害額請求への対応方法
遺留分侵害額請求を受ける可能性のある相続人は、相続後に他の相続人に対して遺留分に足りない額を金銭で支払うための準備をしておかなければなりません。
現金・預金を多く相続した場合には対応できますが、不動産を相続した場合などは遺留分侵害額請求を受けても、すぐに金銭で支払うことができない事態が考えられます。
被相続人が生命保険金に加入し、財産を多く相続した人がその受取人になれば、遺留分侵害額請求を受けてもその生命保険金を使って支払うことができます。
相続人自身で被相続人を被保険者として保険契約をし、保険料を支払うこともできます。
生命保険金は、遺留分の額を算定する際の財産には含まれないため、上手に利用すれば遺留分侵害額請求を受けた相続人の負担を減らすことができるのです。
まとめ
遺留分がある相続人については、その遺留分を侵害しないような遺産分割を行い、あるいは生前贈与を行うのがトラブルを避けるための大原則です。
ただし、財産の種類や相続人の構成によっては、遺留分を侵害しないような遺産分割が難しいケースや、特定の相続人に多くの財産を残したいケースも考えられます。
そのような場合には、遺留分侵害額請求を受けても対応できるような状況を作っておく必要があります。
すべての相続人が平等に、あるいは法定相続分どおりに財産を相続するのは「もめない相続」の基本ですが、遺留分を意識した遺産分割やスムーズな遺留分の支払もまた「もめない相続」と言えるのです。(提供:ベンチャーサポート法律事務所)