「ラスベガス」といったら、まず「カジノ」を連想する方も多いのではないだろうか? 世界中の富裕層が集まる都市・ラスベガスで、2021年10月23日に、ピカソの作品だけ11点を集めたオークションが開催された。
ピカソの140回目の誕生日(10月25日)に合わせ、統合型リゾートとして有名な「MGMリゾーツ」で開催されたこのオークションは、サザビーズがニューヨーク以外の北米でイブニングセールを開催した初めてのセール。「MGMリゾーツ」の所有していたピカソ作品が競売にかけられ、出品された11点の作品がすべて落札される「ホワイトグローブセール」となった。総額124億円以上 (1億900万ドル) の売上だ。
ところで、なぜ、カジノがこのように大量のアート作品を保有しているのだろうか?また、「MGMリゾーツ」はなぜ今、これらのピカソの作品を売却したのだろうか? (記事中のレートは1USD = 113.84円で換算。落札価格は手数料込み。)
▍ラスベガスの「ギャンブル」から「体験」へのシフト
今回のオークションについて、イギリスの経済誌「フィナンシャル・タイムズ 」は、「ピカソのオークションによって、ラスベガスが “ギャンブル” から “体験” にシフトしていることがわかる」と報じている。
これらの作品は、もともとはカジノ王 スティーブ・ウィン率いる「ミラージュリゾート」が所有していたものだ。1998年にミラージュリゾートは、この地で何十年も続いてきたカジノの方式とは一線を画するリゾートを開業した。イタリアをテーマにしたこのリゾートには、高級レストランや高級小売店などをおき、利用者がギャンブル以外の活動に大金を費やす機会を作り出した。そして、そのホテル中のフレンチレストラン「Picasso」には、パブロ・ピカソの作品群が展示した。
もともとは”ギャンブル”や”マフィア”といったイメージが強く、安い食事や部屋を使ってギャンブラーたちを引きつけ、クリーンなイメージの少なかったラスベガスだったが、彫刻や絵画などの芸術作品をカジノ内に散りばめ、エルメスなどの高級小売店を併設することで、ラグジュアリーな雰囲気を創出。かつてとは異なる「エンターテインメントの街」のイメージを作り出したのだ。
2000年に「ミラージュリゾート」は「MGMリゾーツ」に買収されるが、それから20年以上が経過した今でも、もともとミラージュの所有していたホテルではウィンの方式が踏襲されており、カジノから歩いてすぐの場所にファインアートギャラリーがある。
画像引用:https://www.tripadvisor.com/
統合型リゾートビジネスで成功している他のエリア、例えばマカオやシンガポールではその収益の半分以上はカジノから得ているのに対し、シンガポールではカジノの比率は半分以下。とりわけ「MGMリゾーツ」ではカジノによる収益は全体の約30%程度であり、もはやギャンブルを主体とした企業ではないという。
同社のアート作品のポートフォリオは約900点にのぼる。MGMリゾーツのチーフ・ホスピタリティ・オフィサーであるアリ・カストラティは「アートの予算は、体験全体の予算の一部です。何か新しいものをデザインしようとするとき、アートはその決定の中心となります。」と述べている。
”ギャンブル”から”体験”へとシフトしていったラスベガス。今、その”体験”の目玉のひとつにはアートがあるようだ。
▍アートのポートフォリオも多角化へ
それでは、なぜ今、MGMリゾーツはピカソの作品群を売却してしまったのだろうか?
今回の売却は、「MGMリゾーツがパブリックアートのポートフォリオを再構築し、ダイバーシティ&インクルージョンへの注力を深めていることを受けたものである」と、サザビーズは声明で述べている。
例えば、2016年にMGMリゾーツが開業した「MGMナショナル・ハーバー」では、美術館以外ではワシントンDC地域で最大のパブリックアートコレクションを所有しているが、なかでもアフリカ系アメリカ人アーティストによるアートを多く収蔵している。それは、その地域に大きな黒人コミュニティがあることを反映したものだ。
ポートフォリオの多様性を求めるこの傾向は今後も続くとMGMは述べており、ピカソのオークションでの収益の一部は、女性、有色人種、LGBTQコミュニティのメンバーなど、これまであまり注目されてこなかったアーティストの作品を新たに購入するために使われるそうだ。
同社のチーフ・ホスピタリティ・オフィサーであるアリ・カストラティは、声明の中で、リゾートは「アート・コミュニティにおける多様な視点を紹介するための素晴らしいプラットフォームとなり得る」とし、「私たちは、既存のポートフォリオの幅広さを維持しつつ、代表権のないコミュニティのアーティストの声をより大きく伝える、より包括的なコレクションの制作に取り組んでいます」と述べている。
一方、今回売却した作品以外にもMGMはピカソ作品を所有しており、それらの作品は引き続きレストランで展示されるという。マスターピースを手堅く残しつつも、値上がりした作品の一部を売却することで新しい作品の購入も進める様子から、アートを通じた体験をより豊かなものにしていこうとする意識が伺える。
▍注目の落札作品
最後に、今回の注目作品を見て見よう。
今回の圧倒的な高額落札作品は、1938年に画家のミューズであったマリー=テレーズ・ウォルターを描いた鮮やかな肖像画 ≪Femme au béret rouge-orange≫ で、長時間の入札合戦の末、約46.1億円 (4,050万ドル) で落札された。30年以上前のオークションでは88万ドルで落札され、その10年後にウィンが購入したものだが、30年で50倍近い値上がりを見せたことになる。
画像引用:https://www.sothebys.com/
今回のオークションのもうひとつの目玉となったのは、躍動感あふれる肖像画 ≪Homme et Enfant≫ 。高さ約2メートルの後期のピカソ作品であり、こちらは約27.8億円 (2,440万ドル) で落札された。
画像引用:https://www.sothebys.com/
また、陶器に描かれた小さな作品 ≪Le Dejeuner sur l’herbe≫ は、この日に落札者が決定するまでに最も長い時間のかかった作品だ。約2.4億円 (210万ドル) で落札され、予想最高落札額の50万ドルの4倍以上の価格となった。マネの同名の作品からインスピレーションを得た、黄色と青の色調で描かれた4人の裸体像の作品。
画像引用:https://www.sothebys.com/
会場となったホテル「ベラージオ」は、オークションハウスのステージとして改装され、満員のVIPが着席のディナーゲストとして参加。ニューヨークで開催された大規模なオークションよりも、より親密でリラックスした雰囲気の中で行われた。
企業の貴重なコレクションを売却することは、大手オークションハウスでは目新しいことではないが、今回のようにその場を会場としてオークションを開催することは非常に珍しいことだという。イブニングセールをオーダーメイドの「イベント」に変えるという今回の手法は、オークションハウスとホテルの双方にとって「お互いにメリットがある」とのことだと、サザビーズの専門家はアメリカの美術誌「ARTnews」に話している。
アートオークションも新たな ”体験” 型のイベントとして取り入れる、ラスベガスの新たな取り組みといえるのかもしれない。
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参考:
Picasso auction reveals Vegas shift from gambling to ‘experience’(FINANCIAL TIMES)
Picasso Auction at MGM Casino Brings in More Than $100 M. (ARTnews)
ラスベガス、マカオ、シンガポール。カジノ主要都市は、それぞれ収益モデルが違う (ダイヤモンド・オンライン)
Picasso: Masterworks from the MGM Resorts Fine Art Collection (Sotheby’s)
文:ANDART編集部