バンクシーの新作シリーズ≪A Great British Spraycation(英国のスプレーケイション)≫。バンクシーが自身のInstagramとウェブサイトで認めた9つの作品について、先日の記事で紹介した。
一連の作品が発見されたイングランド東部の海岸沿いの町では、作品への対処が急がれている。厳重に保護される作品がある一方、バンクシーの公表前に撤去されたり、上書きされたりした作品も。
新作が登場するたび、議論を巻き起こすバンクシー作品。メイキング映像公開から約2週間が経った今、それぞれの作品はどうなっているのだろうか? 保護か撤去か、売り出されるのか、はたまた何者かによって破壊されるのか。作品がたどる運命を追ってみよう。
今のところ、保護を進める派が多数
画像引用:https://www.banksy.co.uk/
画像引用:https://www.lowestoftjournal.co.uk/
バールを持った少年の絵には、透明な保護板を貼る処置が施された。前面には砂で城がかたどられていたが、壊れて砂の山と化しており、傍らに積み重なっていた瓦礫も撤去されている。
本作が描かれた建物は、もともとオーナーが30万ポンド(約4500万円)で売り出していた。しかし、バンクシーの作品が描かれたことによって価値が向上したと考え、売却を取りやめている。
近年バンクシー作品は高額で取り引きされており、2021年には《Game Changer》がクリスティーズ・ロンドンで1675万8千ポンド(約25億円)、《Love is in the Air》がサザビーズ・ニューヨークで1209万3千ドル(約14億円)で落札された。作品の価値が建物の価値を上回る可能性は十分にあるだろう。
画像引用:https://www.banksy.co.uk/
画像引用:https://www.bbc.com/
巨大なカモメの作品も保護板で保護されている。サイズが大きいため作業に時間を要しており、完了するまでは周辺に監視員が置かれているという。保護板にはUVカットの効果もあり、作品を上書きや破壊から守るだけでなく、色あせ防止にも役立っている。
画像引用:https://www.banksy.co.uk/
画像引用:https://www.bbc.com/
モデルヴィレッジ内のミニチュアの馬小屋にスプレーで書かれた文字。バンクシーがグラフィティを残したのは8日6日とされているが、オーナーは2日後に訪問者が指摘するまで気づかなかったという。
バンクシーが真性を認めたことにより、モデルヴィレッジの訪問者が1.5倍に増加した。馬小屋は安全のためいったん撤去されたが、プラスチックの保護ケースに入れて再び展示されている。また、落書きにショックを受けてバスケットを落とした女の子の人形が置かれていたが、こちらは撤去されて修理中だ。
画像引用:https://www.bbc.com/
オーナーとしては、バンクシーの意思を汲んで多くの人に見てもらいたいという気持ちがあるものの、盗難が心配なのでレプリカへの置き換えを検討しているとのこと。本物は美術館などで保管し公に展示するなど、自分たちと作品にとって最適な方法を模索しているという。
レプリカに置き換えられてしまえば来訪者は落胆するだろうが、実際に誰にでも手の届くような距離に設置されているので、盗難の危険は大きい。多くの人に公開したいが保護もしなければならないというジレンマの中で、オーナーはどのような答えを出すのだろうか。
すでに傷つけられた作品も…
画像引用:https://www.thesun.co.uk/
画像引用:https://www.lowestoftjournal.co.uk/
メイキング映像のタイトルカットに使用された、バンクシー作品の常連であるネズミの絵。パラソルの下でカクテルを飲む優雅な姿が描かれていたが、2日後にはペンキで白く塗りつぶされているのが発見された。
地元住民からは悲しみと怒りの声があがり、必死にペンキを取り除こうとする人もいたという。市は専門家に修復を依頼しており、ペンキが塗られたままの状態で保護板がかぶせられた。住民には作品をそっとしておくよう呼びかけている。
画像引用:https://www.banksy.co.uk/
ベンチの上にクレーンゲームのアームを描いたひときわユーモラスな作品は、バンクシーによる公表以前に、テディベアが描き足されていた。絵の左側に黒字で「BANKSY COLLABORATION EMO」とあり、EMOというアーティストがバンクシーとのコラボレーションをはかったらしい。
さらに、EMOの行為に抗議するかのように文字が赤いスプレーで消され、「EGO」と書き足されているのが見つかった。その後、もともとバンクシーが描いた部分にのみ、保護板が施されている。
住民からクレーム!いくつかは撤去へ
画像引用:https://www.banksy.co.uk/
手にしたソフトクリームをなめるキングズ・リンの元市長フレデリック・サヴェージの像。同シリーズの他の作品がスプレーによるグラフィティであるのに対し、本作のみ立体で、よく知られるバンクシー作品とは毛色が異なっている。
地元の人々もまさかバンクシーのしわざだとは思わなかったらしく、メイキング映像が公開される1週間以上前、住民からの苦情によって撤去された。自治体によると、撤去したソフトクリームのコーンのみ保管されており、再び公開することも検討しているという。
舌が紛失しているのは残念だが、そもそもストリートアート自体が違法行為のため通常は撤去されており、本作が公共物へのイタズラと見なされたのも当然のことかもしれない。
画像引用:https://www.banksy.co.uk/
前回の記事でも紹介したが、「We’re all in the same boat(私たちは同じ船に乗っている)」の文字とともに描かれた子どもたちの絵は、ボート部分が撤去されている。
ボートは金属板の廃材でつくられていたが、ちょうど後ろ側に排水のための通路があり、ふさいでしまうと大雨によって水があふれるおそれがあった。イギリスでは豪雨による浸水被害が続いていたため、安全を期しての措置といえる。
撤去は一時的なもので、ゆくゆくは元どおりに設置する予定とされている。
画像引用:https://www.bbc.com/
画像引用:https://www.bbc.com/
≪A Great British Spraycation≫のメイキング動画には登場しないものの、バンクシーによる同シリーズのものだと考えられる作品が、近辺に出現している。
グレート・ヤーマスのビーチ沿いに描かれていたのは、2人の子どもがビーチボートから放り出されているイラスト。しかし、自治体によってすでに塗りつぶされた。理由は、付近で起こった死亡事故を想起させるため、遺族らへの配慮からだとされる。
2018年、近くのビーチで遊んでいた3歳の少女が、空気でふくらませる大型トランポリンのような遊具の破裂によって亡くなるという事故があった。発生から2年が経過しても地元紙で話題になるなど、地元住民に大きな衝撃を与えた事故だった。
たしかに、作品の左側には飲酒中の男性が描かれており、大人の不注意によって子どもたちが危険にさらされることに対する警鐘のように受け取ることもできる。バンクシーに本作を事故と関連づける意図はなかったかもしれないが、事故を知る人々の気持ちを考えれば、この場所からの撤去は妥当な判断と言えるだろう。
現時点では全体的に塗りつぶされているが、修復ののち別の場所に移されるという可能性も残っている。
これもバンクシーかも?高まる期待
画像引用:https://www.bbc.com/
同じくイングランドのエセックス州ハリッジの海岸沿いでは、少年がマスクを釣り上げているグラフィティが発見された。
この地区を管轄する自治体は、2014年にバンクシーのグラフィティを塗りつぶしたことで非難を受けているが、今回はすぐに警備員を配置するという措置をとった。さらなる保護を検討し、≪A Great British Spraycation≫シリーズとして認定されるのを心待ちにしているという。
また、魚釣りをする少年が描かれた壁の側面には、ストリートアーティストAROMAによるグラフィティがある。彼はInstagramに写真をアップし、「これってバンクシー?」とバンクシーのアカウント宛てにメッセージを送っているが、今のところバンクシーからの反応はない。
AROMAのInstagramより
今後の動きに注目
ストリートアートは性質的に犯罪性をはらむゆえ、保護すべきかどうかという点については複雑な議論がある。定評があるバンクシーの作品だからこそ、即座かつ慎重に対応が検討されているのだ。
バンクシーのグラフィティも、ここまで有名でない頃には、行政に撤去されたり他のアーティストに上描きされたりということが普通に行われてきた。名声が高まるにつれ作品の扱いに注目が集まるようになり、たとえば2012年には《奴隷労働》が描かれた壁の持ち主がグラフィティ部分を剥がしてアメリカでの売却を試みたものの、住民の要請により取り消しになったという例もある。
画像引用:https://media.thisisgallery.com/
バンクシーの作品は借景を利用したものも多く、描かれた場所にあってこそ本来の魅力を発揮する。また、誰にでも伝わるシンプルなメッセージが込められているため、パブリックな場でたくさんの人の目に触れるというのが、バンクシー本人の意図だと考える人もいる。
しかし、路上の作品は風雨にさらされており、特に今回はビーチ沿いという地理的な要素もあって、作品をそのままの状態で保つことは難しい。また、公共の場に描かれた作品は、いったい誰のものなのかという問題もある。各自治体やオーナーの意向はもちろん、地元の人々の声も反映しながら議論が進められるだろう。
本記事で紹介した作品が、今後オークションにかけられ、高額で取り引きされる可能性もある。それぞれの作品の行く末に、引き続き注目したい。
バンクシーの作品を手に入れるチャンスも
現代アート作品の共同保有プラットフォームANDARTでは、バンクシーの作品も取り扱っている。世界中で高い人気を誇るアーティストの作品のオーナー権を手に入れるチャンスもあるので、ぜひチェックしてみてほしい。
また、ANDARTではオークション速報やアートニュースをメルマガでも配信中。無料で最新のアートニュースをキャッチアップできるので登録を検討いただきたい。
参考:
https://www.bbc.com/news/uk-england-norfolk-58145220
https://www.bbc.com/news/uk-england-suffolk-58231399
https://www.bbc.com/news/uk-england-norfolk-58247873
https://www.bbc.com/news/uk-england-essex-58260433
https://www.bbc.com/news/uk-england-cambridgeshire-51857912
https://www.edp24.co.uk/news/banksy-protection-gorleston-8237344
https://media.thisisgallery.com/works/banksy_09
文:稲葉詩音