(本記事は、医師が開業時に、すでに存在する医院やクリニックをM&Aすることで承継し開業する方法を説明する伊勢呂哲也氏の著書『独立を考えたらまっさきに読む医業の承継開業』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)
経営理念をみんなでつくろう
① 経営理念をつくるメリット
新規開業、承継開業に限らず、“経営理念”をつくることをおすすめします。勤務医時代には経営理念について考える機会はなかったと思いますが、皆さん医師としての使命感や理念はお持ちだと思います。もちろん私も持っています。しかし、勤務医のときとは違い、これからは医師であると同時に経営者になります。医師としての理念だけでなく、経営する医院をどのような医院にしていくのか、その指針となる経営理念を考える必要があります。
「経営理念なんて本当に必要あるの?」と思う方もいるかもしれませんが、産能大学経営学部教授である宮田矢八郎さんの著書『理念が独自性を生む』(ダイヤモンド社)には、「経営理念がある」と回答した2752社の平均経常利益は4900万円、「経営理念はない」と回答した2236社の平均経常利益は2900万円という調査結果が掲載されています。この調査に限らず、経営理念がある企業のほうが業績が良いという研究や調査は多くあり、経営理念が経営にとってプラスになるということで、多くの経営者が理念経営を目指し、コンサルティングを受けたり、セミナーに参加したりしています。
経営理念を掲げるということは、企業として、我々にとっては医院として、目指すべき目標を掲げることになります。この目指すべき目標があることで、経営者のみならず、スタッフみんなが同じ方向を向いて日々の仕事を行うことができます。例えば、業務の中で判断に迷う事案がでてきた場合にも、経営理念、またはそれに付随する行動指針などがあると、迷わず結論を出すことができるようになり、業務の効率が上がります。これは、経営者だけでなくスタッフも同じです。すべての事柄について経営者が判断を下すというのでは、スピードが遅くなってしまいます。スタッフ自らが判断し、迅速に行動に移すことができる、これも経営理念をつくるメリットです。
また、経営理念があることで、採用面でもプラスに働きます。
例えば、経営理念がない医院で採用募集をしたとすると、応募者は「家から近い」「他のクリニックより給料がいい」「雰囲気がいい」などといった尺度が判断の基準になりがちです。これが悪いというわけではありませんが、経営理念があり、医院が目指す姿をしっかり示していれば、その目指す姿に共感した人が応募してくる可能性が高くなります。そういった人は、より志も高く、壁にぶつかったときにも乗り越えようとがんばれる人が多いと考えられます。
このように経営理念は、開業後の様々な事案に対して判断・決定が必要な局面で、私たちが進むべき方向を示してくれる「羅針盤」となるのです。
② スタッフも参加、一緒に行動理念づくり
さて、では実際にどのような経営理念をつくればいいのかというお話ですが、経営理念は自分一人の心の内に秘めていても意味がありません。医院経営に携わるすべての人、経営者はもちろん、医師、看護師、事務スタッフのみんなが同じ理念のもとで日々の仕事に取り組むからこそ意味を持ちます。つまり、経営者と従業員の共通認識になっていてこそ、効果を発揮するということです。
ですから、私は私を含めたスタッフみんなで経営理念を一緒に考え、つくり上げるという方法をとりました。おそらく「私はこういう理念を持っています。ですから、今日からこの理念に従って仕事に取り組んでいきましょう」と自分の理念を押しつけても、誰も共感してくれないでしょう。まして、本書ですすめている承継開業のように前院長の方針に慣れているスタッフに対してはなおさらでしょう。
そこで、私はある土曜日の午後を使ってスタッフと一緒に理念づくりの時間を設けました。みんなから意見を出してもらい、医院としての行動理念をみんなで決めていこうと考えました。
この行動理念づくり会議では、
「どんな職場にしたいか」
「どんな上司ならいい」
「仕事を指導するならこんな部下がいい」
「こういう病院なら他の人にすすめられる」
など、スタッフみんなの考えたことを箇条書きにしてどんどん出してもらいました。会議をはじめる前は、スタッフたちから意見が出るかどうか少し心配もしていましたが、いざ会議をはじめてみると参加者みんなからいろいろな意見や案がどんどん出てきました。これは、スタッフのみんなにとっても自分自身が働く医院をもっと良くしたい、気持ちよく働きたいという意識の表れだと思いました。経営者が勝手に決めた理念ではなく、スタッフたちも参加して一緒につくり上げることで、スタッフそれぞれにとって理念が自分事となり、効果が発揮されるようになります。
また、もう一つ工夫した点として医院の関係者ではない第三者に入ってもらったことです。MCとして有明こどもクリニックからスタッフをお招きし、会議の進行などを含め、意見を伺うようにしました。例えば、理念の一つひとつについても、単に自分たちで文章をつくり上げるのではなく、実際に有明こどもクリニックの理念を参考にさせていただくということもしました。それと会議中にスタッフ同士がお互いに意見をぶつけあう中でどうしても同僚同士だと言いにくいことも出てきます。そんなときに第三者がMCとして仕切ってくれることでスンナリ話が進んでいきました。そうして意見を出し合い、議論を深め、その中からベストなものを選んでみんなで肉付けしていきました。
有明こどもクリニックではスタッフと理念を共有し、日々実践されているので、私たちにとってはかけがえのないお手本です。自分たちだけで話し合い、理念をつくり上げるのも悪いことではありませんが、すでに理念経営がうまくいっているところを“先生”として、教えを請うほうがより良いものができると考えたのです。また、私たちの考えたものを第三者の視点から中立的な立場で意見をいただけたのは、私たちの思いや判断を内省する上で大いに役立ちました。そういう意味では、会議に入ってもらう第三者の先生となるべき人は、この業界のことがわかっている先輩に来ていただくことに越したことはないと思います。
まとめると、この会議で重要なことは、みんなで意見を出し合い、みんなで話し合い納得して理念をつくり上げていくことです。これによって、一人ひとりが、働きやすい医院にしたい、患者さんに愛される医院にしたい、ということについて真剣に考え、その想いが理念となり、スタッフ各自がその理念の実践者として当事者意識をもって日々の仕事に取り組んでいけるようになります。私たちがみんなでつくり上げた理念は、みんなの気持ちを一つにするために、毎朝始業前にみんなで読み上げています。
大宮エヴァグリーンクリニックの理念カード
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