『ASEAN M&A時代の幕開け』
(画像=Natee Meepian/stock.adobe.com)

本記事は、日本M&Aセンター海外事業部の著書 『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)より一部を抜粋・編集しています。

日本のロングステイ財団の調べでは、マレーシアは何と13年連続で「ロングステイしたい国」のトップを走る。世界の列強を抑えての堂々たる成績だ。主にリタイア組を対象としたこの調査では、物価水準、治安、インフラ、気候、医療、現地の人のフレンドリーさなどが項目として挙げられ、マレーシアはその総合評価で高得点をたたき出している。

首都クアラルンプールには、高層ビルが林立する。ランドマークであり観光スポットとなっているのがペトロナスツインタワー。高さ452メートル、88階建ての大型ビルで、展望フロアからは近代化に成功した市内を見渡すことができる。

通りには頭髪を見せないようにスカーフ(マレー語でトゥドゥン。色や柄が多彩でファッションになっている)を巻いた女性が目立ち、ムスリム(イスラム教徒)の国だと実感する。イスラム教と聞くと中東の国々の様子を思い浮かべるかもしれないが、マレーシアは穏やかで、お酒を飲めるレストランも多く、最低限のマナーや知識を身につけておけば問題なく生活ができる。

国の特徴は何といってもその多様性だ。もともとマレー系住民が主体だが、中国系が人口の3割程度暮らしている。比率は低いがインド系もいて、多民族が共存している。マレー系の多くはイスラム教だが、仏教、キリスト教、ヒンズー教などいろいろ。民族各々が固有の食習慣を持っており、マレーシア料理、中国料理、インド料理、さらには韓国料理、日本料理の店が点在、それらを一部ミックスしたものもあるので食の選択肢は幅広い。

シンガポールに次ぐ経済大国マレーシアの1人当たりGDPは約1万ドルと、インドネシアの2・5倍、ベトナムの4倍以上の堂々たる経済力を誇る。シンガポールと比較すると見劣りしてしまうかもしれないが、国の大きさを考慮すると優等生グループの一員といっていい。経済指標の面から言えば、過去20年間安定的に5%程度の成長を続けた。目を見張るほどの急激な成長は見せなかったものの、ブレることなく常に高めの伸びを保ったことが評価されている。

ビジネス環境の良さも、特筆すべき点がある。世界銀行グループの「Doing Business 2020」調査によると、マレーシアのビジネス環境の総合順位は世界で12番目。ASEANではシンガポールに次ぐ位置にランキングされた。評価が高かった項目は、「投資家保護の整備」「電力需給」「建設許可の取得」など。海外企業が進出しやすい土壌ができあがっているといえる。マレーシアでビジネスを行ううえでの魅力を次に挙げてみる。

①若い労働力と、中間層の増加による魅力的な消費市場

年齢別人口は20代が最多。65歳以上の人口は中長期にわたって低いままと予想されており、若手労働力の増加と1人当たりGDPの増加という、2つの要素の掛け合わせが続くのだから、消費市場としての魅力にもますます磨きがかかる。 労働力の質について、日系進出企業の現地ワーカーの間では、「おとなしくて、真面目な人が多い。勤務態度は良好」との評判でほぼ一致。労使関係は安定している。元来マレー人は温和で争いを好まないタイプが多く、それがフレンドリーな国民性として愛されている。ただし、国土面積の割に人口が少ないこともあって、外国人労働者を入れており、一部製造業の現場では外国人労働者の管理に目配りが必要となる。

②トップレベルのビジネス環境

公用語はマレー語だが、レストラン、タクシーなどほとんどの場で英語が使われている。
ASEAN内における市民の英語力の高さは、シンガポール、フィリピンに並ぶとさえいわれるほどだ。英国の植民地だったため、仕事上のやりとりは英語で行う慣習ができており、ビジネスは英語だけで問題がない。
道路、橋、公共交通機関、電力、水道、通信などの社会インフラはきちんと整備されている。少なくとも首都のクアラルンプールは、先進国の主要都市と比べて何ら遜色がない。
観光地として売り出しているマラッカ、ペナンなどの他都市も同様だ。マレーシア―シンガポール間は高速道路で往来することができる。
M&Aに関する会計、税制、法務などのルールは英国統治時代からの伝統を引き継ぎ、透明性が高い。他国と比較して外資規制は緩いが、流通や物流、防衛、インフラ関連など、国益に関わる事業は一部外資規制がある。

③日本に対して好印象

マハティール元首相が1981年に掲げたルックイースト政策は、経済発展の目標を西洋に定めるのではなく、日本など東洋に手本を求めたものだ。事実上名指しされた日本はとても喜んだ。
マレーシア政府は、経費を一部負担して継続的に日本に多くの留学生を送り、帰国後、日系進出企業の幹部などとして活躍する人材を育てた。日本からのマレーシア援助にも熱が入った。両国間の友好の絆は強く、マレーシアでは日本に対して好印象を持つ人が多い。

④ハラル・マーケットの足掛かりに

近年、ムスリム向け市場が注目されている。ムスリムに「禁忌」とされている材料、原料などを使う食品、化粧品、医薬品などは、アラビア語で「合法的なもの、許されたもの」を意味するハラルの考えにもとづき、教義に沿って生産する。これをハラル認証と呼ぶ。
マレーシアは国家戦略としてハラル認証製品の普及を進めている。ハラル専用工業団地や投資優遇措置などもあり、国内のみならず、中東市場をにらんだ大きなビジネスとして107第4章ASEAN進出へ向け、押さえるべき各国事情ハラル産業を展開しはじめている。マレーシア進出を起点に、中東やアフリカのハラル・マーケットを狙うことも可能といえる。

マレーシア国内のM&A実績は、年間200~400件前後。成約案件は10億円以下の小型の取引が中心だ。シンガポールは海外企業との間のM&Aが目立つが、マレーシアは国内企業同士の成約が多い。それだけマレーシアではM&Aの土壌があるといえる。海外M&Aの買い手としては、日本企業とシンガポール企業に集中している。

日本とのM&Aだけに絞ると、2000年以降で約200件、ここ数年では年間約20件のペースとなっている。日系企業の工場進出では50年以上の長い歴史があるが、M&Aに限って言えばこれからの市場だ。

これまで見てきたように、会計・財務の透明性が高く、M&Aの難度は比較的低い。ハラルマーケットなど、新たな事業への挑戦も可能であり、M&A対象国として魅力の多い国といえよう。

ASEAN M&A時代の幕開け
日本M&Aセンター海外事業部 編著
1991年日本M&Aセンター創業。事業承継にいち早く着目し、中堅・中小企業向けにM&Aを通した支援を行う。 2013年、海外M&A支援業務に注力した海外支援室を設立。2016年シンガポール、2019年インドネシア、2020年ベトナムとマレーシアに進出し事業部として拡大。ASEAN主要国をカバーし、シンガポールでは最大級のM&Aチームに成長している。

編著者代表
大槻昌彦(おおつき まさひこ)
日本M&Aセンター常務取締役 兼 海外事業部事業部長
大手金融機関を経て2006年入社。主に譲受企業側のアドバイザーとして数多くのM&Aに携わり、自社の東証1部上場に主力メンバーとして大きく貢献。現在は海外事業部をはじめ、日本M&Aセンターグループ内のPEファンドやネットマッチング子会社等、M&A総合企業としてのグループ会社全体を統括する。

尾島 悠介(おじま ゆうすけ)
日本M&Aセンター 海外事業部 ASEAN推進課 マレーシア駐在員事務所 所長
大手商社を経て、2016年入社。商社時代には3年間インドネシアに駐在。2017年よりシンガポールに駐在し現地オフィスの立ち上げに参画。以降は東南アジアの中堅・中小企業と日本企業の海外M&A支援に従事。2020年にマレーシアオフィス設立に携わる。現地経営者向けセミナーを多数開催。

この章の執筆者

尾島悠介
株式会社日本M&Aセンター
マレーシア駐在員事務所長
尾島悠介(おじま・ゆうすけ)
大手商社を経て2016年日本M&Aセンターに入社。商社時代には3年間インドネシアに駐在。入社2年目よりシンガポールを中心にマレーシアやタイ、フィリピンのM&A案件を取り扱う。
現在はシンガポールを拠点に、アジア諸国の中堅中小企業と日本企業との海外M&Aに従事。2020年3月よりマレーシア駐在員事務所長に就任。
『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)シリーズ
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