事業承継は、後継者が見つかって終わりではない。経営者交代が組織に及ぼす影響の大きい中小企業において、事業承継後も企業を成長させ続けるためには、後継者育成がカギになる。後継者育成をどのように考えるべきか、具体的な方法とともに解説していこう。
目次
事業承継において、なぜ後継者育成は重要なのか?
事業承継は言うまでもなく、単純な業務の引き継ぎとは異なる。後継者が従業員として優秀な人材であったとしても、経営者としてすぐに実力を発揮できるとは限らない。そこで、後継者育成の考え方が重要になってくるのだ。
特に中小企業の場合は、大企業と比べて組織規模が小さく、経営者の交代が頻繁に起こるわけでもないため、事業承継が企業に及ぼす影響は大きい。中でも、前の経営者が強いリーダーシップで企業の成長を実現させてきたようなケースでは、組織のトップが経営経験のほとんどない後継者へと変わることで、組織としての求心力が失われたり、その結果として企業が向かうべき方向性を見失ったりする恐れもある。事業承継後も企業を維持・成長させられる後継者の育成は、中小企業にとってこそ重要であるといえるだろう。
さらに、後継者育成は一朝一夕に行えるわけではなく、ある程度の期間を要する点にも注意が必要だ。国内の中小企業を対象に行った調査によると、後継者育成に必要な期間について「承継予定時期の5~10 年くらい前から行う必要がある」と回答した割合がもっとも多くなっている(中小企業基盤整備機構「事業承継実態調査 報告書」)。後継者育成は長期にわたり、計画的に進めていかなければならないことを認識しておこう。
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後継者育成計画(=サクセッションプラン)の策定・実行の流れ
事業承継に向けて、早いうちから計画的に後継者を育成するためには、後継者育成計画(=サクセッションプラン)を策定し、実行するのが有効だ。その流れを3つのステップにわけて解説していこう。
【STEP1】人材要件の定義
まず、自社のミッションやビジョン、さらに具体的な経営戦略を明確化し、そのうえで、次期経営者に求められる人材の要件(性格、姿勢、コンピテンシー、スキル、知識)を定義する。当然、企業によって後継者の人材要件が大きく変化してくるが、一般的に経営者には次のような特性が求められるだろう。
・組織をまとめ、率いるリーダーシップ
・判断や行動における主体性
・自社や自分自身を客観的に見られる視点
・失敗や周囲の指摘から謙虚に学ぼうとする姿勢
・社内外問わず、周囲の人たちへ感謝する気持ち
・企業の使命(ミッション)や将来あるべき姿(ビジョン)を自らの言葉で示せること
・歴史や現状など、自社に対する深い理解
・コミュニケーション能力(周囲の話を聞いて理解する力、経営者としての発信力、外部との交渉力)
・リスクを防止し、対処できる危機管理能力
【STEP2】後継者の選定
【STEP1】で洗い出した要件をもとに後継者を選定。親族から選ぶ方法は関係者の理解を得やすいメリットがあるが、その中に要件に適合する人がいなければ、社内の人材から選ぶことになる。
ただし、はじめから経営者に求められる要件を十分に満たす人材はいないだろう。したがって、最低限の資質や今後に向けたポテンシャルを見極めて選定するのが重要だ。
【STEP3】後継者の育成
【STEP2】で選んだ後継者人材の現状を踏まえて、具体的な育成方法や育成スケジュールを立案し、実行していく。
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後継者育成の方法と身に付けられるスキル
実際に、後継者育成(後継者教育)で用いられる方法には次のようなものがある。自社や後継者の状況に照らし合わせて、適したものを採用しよう。
社内での教育
・現経営者自身が直接指導する
現経営者自身による直接の指導方法としては、まず経営者と後継者が互いの想いや考えを共有・理解できるよう、話し合いの場を設定するとよい。経営者は、創業やこれまでの事業展開を振り返る歴史と、そのベースにある経営理念を共有する。
一方、後継者のほうからは、今後の会社経営に対する考えや会社の将来像、事業構想を話してもらうようにしよう。これらの内容についてはテキストや数値データの形で視覚化して共有し、確かな共通認識を持てるようにしたい。
また、以降の事業承継の段取りは、現経営者とともに後継者も中心となって実行させてみよう。こうしたプロセスにより、以下の効果が期待できる。
・後継者が会社の価値を実感する。
・後継者が事業を継ぐ覚悟をはっきりと決められる。
・後継者が、事業承継が目前に迫っていることを認識できる。
・経営者と後継者が尊重し合ったうえで事業承継を行える。
以上を踏まえたうえで、より具体的な経営ノウハウや業界の現状、自社の経営状況、今後の事業戦略・事業計画といった経営情報への理解を促していく。さらに、後継者に経営者と行動を共にさせ、実践への足掛かりとして行くのもよいだろう。
・各部門や役職を経験させる
営業・財務・人事といった自社の各部門をローテーションで経験させることで、社内の業務プロセスを理解したり、経営に必要な専門知識(マーケティング・会計・労務など)を得たり、現場感覚を身につけたりできる。その上、従業員と日常的にコミュニケーションを取りながら同じ目線で業務に携わる中で、社内の支持も集められるようになるだろう。
また、いち従業員から一足飛びに役員にさせるのではなく、係長・課長・部長といった各役職を順に経験させるのも有効だ。各役職の権限や求められる役割を適切に理解できるようになる。
・経営幹部として参画させる
各部門・役職を経験させたうえで、経営権限のある役員クラスの役職に任命する。現経営者が伝えた「情報」としてだけでなく、「実体験」として自社の経営を理解し、実践させるのが目的だ。経営者としてのリーダーシップや責任感、判断力を伸ばし、発揮させられるようになるだろう。
社外での教育
・他社で勤務経験を積ませる
取引先や同業者に依頼し、後継者を出向させて他社での経験を積ませる方法。出向先が大企業であれば、自社にはないアイデアやノウハウを得られる可能性があるし、同業者の場合には自社を客観的に見られる能力が養われるだろう。さらに、社外に人脈を形成できるメリットもある。
・関連会社や子会社の経営を任せる
関連会社や子会社があるなら、後継者のスキルが一定レベルに達したあと、それらの経営に携わらせるのもよい。経営の実践を通じ、実力と責任感をいっそう高められるはずだ。
・外部セミナーやビジネススクールなどで学ばせる
自治体や公的機関(中小機構など)、事業承継支援を行う民間企業などが行う後継者向けの外部セミナーで学ばせる方法だ。経営戦略やビジネスモデルの考え方、財務会計、労務管理、会社法など、経営に必要な基礎知識を効率よく習得できる。
また、他の受講生とのグループワークを通じ、リーダーシップやコミュニケーション能力、マネジメント力を伸ばすこともできるだろう。さらに、ビジネススクールで学べば、MBAの取得も目指せる。
加えて、外部セミナーなどを活用した後継者育成は、後継者同士のネットワークづくりの面でも意義がある。承継後のビジネスに活かせるだけでなく、孤独を感じやすい後継者が、悩みを相談できる同じ立場の仲間を作れる点も見逃せない。
なお、外部セミナーで学ばせる際には、特に以下の点に注意しておきたい。
・ビジネスモデル・業界の違いや流行に左右されない、経営の原理・基礎の学びに重点を置くこと
・一般論や他社事例の把握に終始せず、自社にどう活かすかを考えさせること
社内での教育よりコストがかかる分、確実に成果を得られるように取り組ませよう。
後継者育成で経営者が心掛けておきたい3つのこと
後継者育成は、前項までで紹介した方法を実践すれば必ずしもうまくいくわけではない。効果的に進めるために、経営者は以下のポイントを押さえておこう。
1.支配的ではなく、支援的なリーダーシップを身に付けさせる
想像に難くないが、承継後には、後継者に対する従業員の反発が起こることも考えられる。そうした際、後継者がトップダウンで強力に組織を率いていこうとすると、むしろ逆効果にもなりかねない。したがって、後継者には「支配型リーダーシップ」ではなく「支援型リーダーシップ」、つまり、従業員が気持ちよく働けるように経営者が支え、環境を整えるという姿勢でのリーダーシップを身につけさせたい。
具体的には、意見が合わないと感じられる従業員にも寄り添い、コミュニケーションを通じて、徐々に本音で話せるような信頼関係を築いていくアプローチが求められる。やがて、信頼関係を築くことができた従業員が、社内に後継者の想いを浸透させる役割を果たしてくれれば、新経営者のもとで組織の一体感が醸成されていくだろう。
2.後継者を補佐する人材も育成する
後継者育成と同時進行で、後継者を補佐する人材も確保・育成しておこう。社内で孤立しがちな後継者が健全に経営を続けるためには、日々相談相手となってくれるパートナーの存在が欠かせない。
3.経営者自身が後継者の成長を喜び、見守る
何より、後継者育成に対して、現経営者自身が前向きに取り組むことが重要だ。後継者を信頼しきれずに、承継直前まで経営者自身が仕事を抱え込んだり、逆に「好きなようにやればいい」と後継者を突き放してしまったりすると、後継者育成はうまく進まない。後継者の成長を自らのことのように喜び、しっかりとほめることで、後継者は自信とモチベーションを高め、ますますスキルアップに励めるはずだ。
安心して事業承継できるかどうかは、後継者育成次第!
事業承継においては、経営者が後継者育成を適切に行ってきたかどうかが、企業の行く末を左右しているともいえる。経営者自身が後継者育成を自分事として捉え、積極的に取り組んでいきたい。
そして、早めにサクセッションプランを策定し、自社や後継者人材に合った教育方法を検討して、計画的に実行していこう。
もしどうしても後継者が見つからない、育成がうまくいかないという場合は第三者への事業承継を検討しても良いだろう。他社への事業承継については専門家に相談しながら進めよう。
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