後継者人材バンク
(画像=nep0/Shutterstock.com)

後継者人材バンクとは、M&Aの公的な支援サービスだ。第三者への事業承継の選択肢の一つとして、後継者人材バンクに相談を考える経営者もいるだろう。今回は、後継者人材バンクの仕組みや活用方法などを解説する。事業承継を考えている経営者は、ぜひ参考にしてほしい。

目次

  1. 後継者人材バンクとは?
  2. 後継者人材バンクがはじまった背景
  3. 後継者人材バンクを利用する手順
    1. 1.面談日の予約
    2. 2.面談日
    3. 3.後継者の探索
    4. 4.マッチング
    5. 5.基本合意
    6. 6.デューデリジェンス(買収監査)
    7. 7.最終譲渡契約
    8. 8.周囲への報告
  4. 後継者人材バンクが抱える課題
  5. 事業引継ぎ支援センターのサービスの特徴
  6. 後継者人材バンクを利用する後継者にとってのメリット
  7. 後継者をあきらめる必要はない

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後継者人材バンクとは?

後継者人材バンクは、起業家志望の人材と後継者のいない経営者を引き合わせる公的な事業承継支援サービスだ。

国は2011年から、全国の各都道府県に事業引継ぎ支援センターを設置した。事業引継ぎ支援センターは、中小企業のM&Aを公的に支援するための組織だ。そして2014年には、マッチング事業である後継者人材バンクがはじまった。

現在、M&Aの仲介支援を行うのは、主として民間のM&A仲介会社だ。しかし、手数料がかかることもあり、個人事業主や中小企業の経営者にとっては利用しにくい面もあるだろう。後継者人材バンクを利用する場合には登録料はかからず、事業引継ぎ支援センターへの相談も基本的に無料である。

後継者人材バンクの目的は、後継者不足による中小企業の廃業件数を減らすことと、起業を目指す者の創業を支援することだ。後継者人材バンクがうまく機能し、価値ある商品・サービスを提供する中小企業と起業家志望者が、お互いを簡単に探すことができれば、事業承継はもっとスムーズにできるだろう。

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後継者人材バンクがはじまった背景

ここで簡単に、後継者人材バンクがはじまった社会的背景について解説する。

帝国データバンクの「全国・後継者不在企業動向調査(2019年)」によると、後継者不在率は65.2%だ。また、日本政策金融公庫によれば、60歳以上の経営者のうち5割超が廃業を予定しており、そのうち約3割は「後継者難」を理由としてあげている。

一方で、帝国データバンクの調査で、全国約9万5,000社の後継者候補の属性をみると、最も多いのは「子ども」40.1%だが、次いで「非同族」33.2%が続いている。特に50代以下の経営者だと、非同族を後継者としている企業が多い傾向がある。

また、「中小企業白書(2018年)」の株式会社レコフデータの調査によると、M&A件数は2017年に3,000件を超え、過去最高となっている。さらに、大手のM&A仲介会社の成約組数を分析した結果によると、中小企業のM&A件数が2012年は157件だったのに対し、2015年には308件となり、2016年は387件、2017年は526件と、5年で約3.3倍と急増している。

中小企業においては、かつて世襲制が一般的であり、子どもが親の事業を引き継ぐケースも多かった。しかし、子どもが親の事業に将来性を見出せなかったり、自由に将来の進路を決めるようになるなど、時代の変化とともに後継者不在を理由として事業承継を諦める経営者が増えてきた。

このような後継者不在の問題を解決する方法として、M&Aは新たな選択肢となり始めているといえるだろう。

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後継者人材バンクを利用する手順

後継者人材バンクの概要を説明したところで、次に後継者人材バンクの具体的な利用手順について紹介する。後継者人材バンクで起業家志望の人材を見つけたい経営者は、まずは簡単な流れを押さえて欲しい。

1.面談日の予約

後継者人材バンクに電話もしくはホームページのお問い合わせフォームから連絡をして、面談日を予約する。各都道府県の事業引継ぎセンターのホームページに事業譲渡希望者の手順が記載されているので、確認しておく。

2.面談日

予約した面談日に事業引継ぎセンターに行く。3期分の決算書・創業年や従業員数などの会社概要・商品やサービス内容がわかるカタログなどを持参すると、具体的な話を進めやすい。

3.後継者の探索

後継者人材バンクで起業家志望の人材を探す。探索は企業名や所在地などが無記名である「ノンネーム情報」によって行われるため、この時点では、譲渡側も譲受側も相手の詳しい情報を知ることはできない。

4.マッチング

お互いの希望が合えば、秘密保持契約を結んだ上で譲受候補者と面談を行う。事業承継の候補者との面談では、事業に対する想いや従業員への想いなどを語り、積極的に相手を知る質問をすることも大事だ。

ここではお互いの相性を見るという意味合いが強いため、価格交渉などの具体的な話は持ち出さない方が面談は成功しやすい。マッチング開始から事業承継の合意に至るまでには、基本的に3回の面談を行う。

5.基本合意

お互いが事業承継を希望すれば、基本合意契約を締結する。基本合意契約を結んでからは、他の譲渡先・譲受先を同時並行で探すことはできない。事業承継合意の後には、細かな条件や事業の引継ぎ方などのすり合わせを行う。

6.デューデリジェンス(買収監査)

弁護士や税理士などの専門家が、譲渡側の会社に法務・税務リスクが存在しないか調査する。必要に応じて、決算書や議事録、契約書類等を提示しなければならない。デューデリジェンスが終わると、専門家によるレポートが譲受側である事業承継候補者に提出される。

7.最終譲渡契約

最終譲渡契約を結び、事業承継が完了する。譲渡側の経営者が持つ株式を、譲受側の起業家に売却することで、会社の所有権を引き渡す。同時に、代表取締役交代の手続きなどを行う。

8.周囲への報告

事業の譲渡について従業員への説明を行う。譲渡側・譲受側で当日の流れについて十分話し合い、従業員に不安が広がらないように配慮することが大切だ。また、取引先への報告も必須である。

以上が、後継者人材バンクを活用して事業承継する場合の流れだ。基本的に、③から⑧までの手順は、民間のM&A仲介会社に依頼する場合と変わらない。

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後継者人材バンクが抱える課題

事業引継ぎ支援センターの支援実績は、2014年は102件だったが、2017年には687件に増加し、2018年は923件に達した。4年間で約9倍になったと考えれば、公的な支援サービスとして十分機能していると感じる経営者は多いだろう。

一方で、後継者人材バンクが抱える課題もある。687件の内訳をみると、第三者承継や従業員への承継、親族内承継がほとんどを占めている。後継者人材バンクに登録している起業家志望の人材に事業を引き継いだ事例は、たったの10件しかないのだ。

また、2016年に中小企業庁の委託で実施された「小規模事業者の事業活動の実態把握調査」によると、事業引継ぎ支援センターの存在について、77.1%の小規模事業者が「知らない」と回答している。

さらに、「承継したいが、現時点で後継者候補が見つからない」という経営者に、後継者人材バンクの利用の意志を尋ねたところ、「利用したいと思わない」が63.3%を占めていた。

現状では、事業引継ぎ支援センターに辿り着いた情報系路として、「商工会議所等の公的機関の紹介」が29%で、最多となっている。それ以降、「ダイレクトメール・ホームページ」23%、「金融機関」18%と続く。

今後は、事業引継ぎ支援センターの認知度向上をはかり、ホームページやセミナーからの流入を増やすとともに、後継者人材バンクの登録者数を増やしていくことが重要だろう。

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事業引継ぎ支援センターのサービスの特徴

後継者人材バンク事業において重要な役割を果たす、事業引継ぎ支援センターのサービスについて紹介する。

事業引継ぎ支援センターは全国47都道府県に設置されており、M&Aに関する助言や研修、セミナーなどを行っている。また、事業引継ぎ支援センターの広報活動も重要な業務だ。さらに、全国の事業引継ぎ支援センターに寄せられた相談内容をノンネームデータベース(NNDB)に掲載し、マッチングを促進している。

事業引継ぎ支援センターでは、譲渡を行う企業の約7割が小規模事業者だ。

譲渡側企業の概要をみると、従業員数は「1~5名」が45%と最も多く、「6~10名」24%、「11~20」名15%と続く。また、「製造業」24%、「卸・小売業」20%、「建設工事業」14%、「飲食店・宿泊業」11%など幅広い業種の事業承継を支援している。

事業引継ぎ支援センターでは、相談を受けた後、民間業者や金融機関等につなぐこともあれば、事業承継の成約を直接コーディネートすることもある。また、後継者人材バンクで起業家志望の人材との直接マッチングするケースもある。

事業引継ぎ支援センターは、事業承継のノウハウを蓄積し、支援実績を増やす過程にある。そのため、現状ではM&A仲介会社の力を借りることも多いかもしれない。しかし、認知度が高まりノウハウが蓄積されれば、近い将来、中小企業の事業承継のほとんどを支援するようになるかもしれない。

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後継者人材バンクを利用する後継者にとってのメリット

後継者人材バンクは、後継者不在に悩む譲渡側の企業だけでなく、起業を志す個人にとってもメリットの大きい制度だ。最後に、事業を引き継ぐ側が後継者人材バンクを利用するメリットについて解説する。

まったくのゼロから起業するには、大変な労力がかかる。事業モデルを考え、事業を行うための場所・機械設備・従業員を確保しなければならない。開業にあたる初期コストを賄うために、起業に際して金融機関から借り入れをすることは一般的である。

しかし、開業における金銭的なリスクを負ったとしても、事業が順調に軌道に乗るとは限らない。当初予定した通りにはいかず、借り入れを返済できずに倒産してしまう企業もあるのだ。開業した後に発生するリスクを乗り越えて厳しい競争を勝ち抜くことで、事業を継続していくことができるのだ。

一方事業承継では、ある程度継続してきた事業を引き継ぐことになる。自分でゼロから起業する場合とは異なり、既に一定のニーズが見込め、事業に必要な資産が揃っているなど、起業家にとってのメリットは多い。

社風やノウハウなど、目に見えない資産もある。信頼関係のある顧客リストや取引先は、会社経営を継続していく上で大きな資産だ。また、経営の方向性で悩んだ時は、事業について知り尽くしている先代の経営者を頼ることもできる。

また、後継者人材バンクは公的機関であるため無料で登録や利用が可能ということも、後継者にとっては大きなメリットである。

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後継者をあきらめる必要はない

「うちの会社を継ぎたい人はいるだろうか」と内心不安になる経営者も多いはずだ。しかし、後継者人材バンクに登録をしている起業家も含めた多くの起業志望者にとって、厳しい競争を勝ち抜いて現在まで残ってきた事業はそれだけで価値がある。

運やご縁の要素も大きいが、粘り強く後継者を探せば、きっと自分が安心して事業を引き継ぐことができる後継者が現れるだろう。そのための支援を、後継者人材バンクは行ってくれる。無事に事業を承継できれば、商品・サービスが後世に残り続けるとともに、従業員の雇用を守ることもできる。

後継者がいないからといって、事業承継をあきらめるのは早計だ。事業承継は、経営者にとっての最後の大仕事でもある。後継者人材バンクやM&A仲介会社を活用し、納得のいく締めくくりをすることが大切だ。

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文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)