海外企業とのクロスボーダーM&Aというと、グローバル企業が買い手となる大規模なものがイメージされがちだが、近年では国内中小企業による買収案件も増加傾向にある。クロスボーダーM&Aによる海外進出をどう成功させるか、ポイントを解説していこう。
目次
クロスボーダーM&Aとは?種類と近年の事例
クロスボーダーM&Aとは、国境を越えて行うM&Aのこと。クロスボーダーM&Aは、国内企業が海外企業を譲り受ける「IN-OUT取引」と、海外企業が国内企業を譲り受ける「OUT-IN取引」に分けられる(これに対して、国内企業同士によるM&Aは「IN-IN取引」と呼ばれる)。
クロスボーダーM&A | IN-IN取引 | ||
---|---|---|---|
IN-OUT取引 | OUT-IN取引 | ||
買い手 | 国内企業 | 海外企業 | 国内企業 |
売り手 | 海外企業 | 国内企業 | 国内企業 |
近年の事例 | ●セブン&アイホールディングスによる、スノコLP社(アメリカ)のコンビニエンスストア事業などの買収(2017年)
●クックパッド株式会社による、ITYIS SIGLO XXI社(スペイン)のレシピサービス「Mis Recetas」の買収(2013年)。 | ●鴻海精密工業(台湾)による、シャープの買収(2016年) ●Bain Capital(アメリカ)を中心とする企業コンソーシアムが設立したPangea社による、東芝メモリ(現:キオクシア)の買収(2018年) | ●楽天による、fablic(フリマアプリ運営企業)の買収(2016年)
●パソナグループによる、NTT傘下の人材関連会社4社の買収(2017年) |
上の表を見ると、クロスボーダーM&Aのイメージが湧きやすくなるはずだ。
クロスボーダーM&Aの件数割合は25%以上!国内企業における現状と傾向
次は、クロスボーダーM&Aの現状と傾向を見ていこう。レコフデータによると、国内企業が当事者となったクロスボーダーM&Aは増加しており、2019年にはM&A全体の件数の4分の1以上がクロスボーダーM&Aとなった。
IN-OUT取引の傾向
IN-OUT取引は、2019年に過去最多の826件を記録。M&A全体の件数に占める割合は約20%だが、取引金額は10.3兆円と、IN-IN取引(年間3,000件)の6.1兆円を超えた。
投資先は対北米、対アジアの伸びが大きい。また、買い手の業種が多様化しており、従来多かった製造業のほか、2010年ごろからは金融業、通信・放送、サービス業などによるものも盛んになっている。
さらに、買い手の企業規模の幅が広がっているのも昨今の特徴だ。2017年には、売上高 500 億円未満の企業によるIN-OUT取引は、東証上場企業の範囲だけで74 件行われ、5年間で2倍以上に増加。IN-OUT取引全体に占める割合も、11.1%から19.8%へ増加している。
OUT-IN取引の傾向
OUT-IN取引も262件(2019年)と、2007年の309件に次ぐ件数となった。中でも、海外投資ファンドによる買収が増加傾向。
一時期は「ハゲタカ」とも呼ばれて警戒されていた海外投資ファンドだが、国内におけるガバナンス改革推進の動きや、ファンド側が強引に合理化を要求するケースが減った影響などで、国内経営者の抵抗感は薄れてきているのが現状だ。後継者不足に悩む中小企業にとって、海外投資ファンドがパートナーになりつつあるという見方もある。
クロスボーダーM&Aの目的と期待できるメリット
クロスボーダーM&Aは、主に以下の2つを目的として実施される。
1.新市場開拓、コスト削減など、海外進出のメリットをスピーディに得る
一般的に、海外進出には次のようなメリットがある。
・販路開拓(縮小する国内市場に対し、新興国は市場拡大が見込まれる)
・コスト削減(人件費削減や税制面でのメリットが期待できる)
・新事業開発(地域特性を活かした新規事業を立ち上げられる)
合弁会社や現地法人を設立するなどゼロベースでの海外進出と比較し、クロスボーダーM&Aでは、これらのメリットをスピーディかつスムーズに得ることが可能だ。
2.技術・人材の獲得、事業の多角化など、M&A自体のメリットを効果的に得る
一方、M&Aそのものにも、以下のようなメリットがある。
・規模の経済によるコスト削減
・顧客基盤の拡大
・技術やノウハウ、人材の獲得
・事業の多角化
先述の海外進出によるメリットも相まって、これらをより効果的に実現できるのがクロスボーダーM&Aのポイントだ。たとえば、優秀なIT人材を人件費を抑えて獲得したり、海外の技術やノウハウから国内向けに新製品を開発したりといったことが可能になるだろう。
クロスボーダーM&Aの特殊スキーム・手法
クロスボーダーM&Aの特徴として、国内企業同士のM&Aではあまり用いられない特殊な手法(スキーム)が利用される点が挙げられる。以下では、具体的にどのような手法が用いられているのか、例を2つほど見ていこう。
三角合併
アメリカなど海外企業からの要請を受け、2007年に解禁された合併の手法。OUT-IN取引の場合は、次のような手順になる。
【1】海外企業Aが日本に子会社Bを設立。
【2】子会社Bが、親会社である海外企業Aの株式を取得。
【3】子会社Bが日本企業Cを合併するにあたり、消滅する日本企業Cの株主に、子会社Bの自社株ではなく、2で取得した親会社Aの株式を交付。
買い手となる存続会社にとっては、M&Aの対価として多額の現金を用意する必要がなく、合併後のコントロールもしやすい点がメリットだ。一方、消滅会社側にも「友好的な協議の上で合併が決定される」「株主が存続会社の株式を売却して利益を得られる可能性がある」といったメリットがある。
現在では、国内企業によるIN-OUT取引でも利用される手法となっている。
LBO(Leveraged Buyout)
海外における大型M&Aでよく見られるスキーム。買収の際、対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に、金融機関から資金を調達する手法をいう。
少ない自己資金で大型の買収を行えるメリットがある一方、対象企業の業績が悪化した場合には、巨額の借金を抱えるリスクもある。
クロスボーダーM&Aの成功率は4割未満──成功に導くポイントとは?
さまざまなメリットを期待して行われるクロスボーダーM&Aだが、その成功率は決して高くない。デロイトトーマツ コンサルティングの調査結果によると、国内企業によるIN-OUT取引の成功率(買収目的や財務指標を8割以上達成できた割合)はわずか37%となっている。
クロスボーダーM&Aを成功に導くために気を付けるべきことは何か、IN-OUT取引の場合について考えてみよう。
M&Aそのものの成功要因(戦略の明確化、経営トップのコミットメント、シナジーの最大化)
クロスボーダーM&Aに限らず、M&Aを成功させるためには以下の要因が不可欠である。
・M&A戦略の明確化
M&A自体を目的化せず、自社のビジョンを実現するための手段として中長期的な成長戦略の中にM&Aを位置づけ、明確なM&A戦略(対象企業候補の選定基準、買収先企業の成長戦略、PMIなど)を立案することが重要だ。
・経営トップのコミットメント
経営トップが自らM&A戦略策定から取引、PMIまでの全プロセスに積極的にコミットし、リーダーシップを発揮することで、M&Aを成功へと導きやすくなる。
・シナジーの最大化
シナジー効果を最大化するにあたって、とりわけ以下の点を心掛けたい。
・M&Aの検討を始めた段階で明確に仮説を立てる。
・デューデリジェンスなどによってシナジー仮説を合理的に検証し、買収金額や買収後の計画に反映させる。
・シナジー目標を達成するプロセスを見直すPDCAサイクルを整備する。
正確性の高いバリュエーション
クロスボーダーM&Aのバリュエーションは、国内M&Aの場合と比べて複雑になりがちだ。中でも新興国の企業を対象とする場合、コストアプローチ(対象企業の純資産価値をもとにした評価方法)やインカムアプローチ(対象企業の収益力をもとにした評価方法)が難しいケースも多く、さらにマーケットアプローチ(市場相場をもとにした評価方法)の不確実性も高い。
上記3つのアプローチに加え、対象企業の市場規模や成熟度、企業価値向上の取り組み、投資家からの評価もチェックしながら、バリュエーションの正確性を高めることがカギとなる。
デューデリジェンスの徹底
対象企業の情報を得づらいクロスボーダーM&Aでは、デューデリジェンスに一層注力することが重要になる。財務や法務、税務、人事などに加え、後述する知的財産や環境についてのデューデリジェンスも入念に行い、リスクを洗い出しておきたいところだ。
クロスボーダーM&A特有のリスクを考慮
バリュエーションやデューデリジェンスなどの際には、次のようなクロスボーダーM&A特有のリスクに留意する必要がある。
・カントリーリスク
対象企業の所在国で政治・社会・経済面で重大な変化が起きた際に、資金の回収ができなくなったり、M&取引自体ができなったりするリスクがある。
・為替リスク
為替レートの変動により、買収側が損害を被るリスクがある。特にクロスボーダーM&Aでは、一定の期間(半年~1年など)譲渡対価の一部の支払いを留保し、問題がないことが確認されてからその金額を売り手に支払う仕組みが採用されるケースも少なくない。支払い時期・方法には十分注意したい。
・訴訟リスク
海外では日本と比較して、訴訟が起こりやすい傾向にある。デューデリジェンスを徹底し、たとえ小さな訴訟リスクでも見逃さないようにしておくことが大切だ。また、大きな訴訟に発展しそうな問題がある場合は、算定した損害額を買収額に反映させるなど、契約条項に盛り込んでおこう。
・環境リスク
環境に関する法的規制や国民の認識が日本より厳しい国もあるため、環境デューデリジェンスを実施して、環境汚染による訴訟リスクに備えることが推奨される。
ブレークアップフィーの設定
ブレークアップフィーとは、M&A案件が何らかの事情で流れてしまった場合に、売り手側から買い手側へ支払う解約金に関する条項を指す。このブレークアップフィーを基本合意書で設定しておけば、契約できなくなった場合でも損害を抑えることができる。
法制度の違いに注意
契約書の準拠法は海外のものに設定することが一般的であるため、日本の法制度との違いに注意が必要だ。たとえば、TOB(対象企業の株式を、株式市場を介さずに株主から直接買い取るM&A手法)の考え方や、知的財産の取り扱いが国によって変わってくるほか、証券取引法の開示基準が異なるために、インサイダー取引か否かの判断でもトラブルが起こりやすい。
対象企業所在地国の弁護士に依頼することも検討する必要があるだろう。
労働問題への対応
国内M&Aでも従業員の反対が起こる可能性はあるが、海外においてはそれがストライキなど大規模な労働問題に発展することも珍しくない。対象企業が中小企業の場合、最悪のケースでは、その対象企業自体がなくなってしまうリスクもある。
M&A公表直後からPMIを実施できるよう、早めに準備をしておこう。
PMIの実施
クロスボーダーM&Aの成功には、対象企業と密に連携したPMIの実施も欠かせない。対象企業との文化の違いを理解し、企業文化の融合を図りながら、組織はもちろん、取引先や顧客との契約、人事・労務、知的財産、システム、会計制度などの統合を図ることが重要だ。
国内市場が縮小する中、中小企業もクロスボーダーM&Aを選択肢に
海外進出のメリットをスピーディに得られるクロスボーダーM&Aの機会は、中堅・中小企業にも拡大しており、実績も増えてきている。考慮すべき特有のリスクも多いが、国内市場が縮小する中、注目度はますます高まるだろう。
自社の経営・事業戦略の中でクロスボーダーM&Aを活用できないか、検討してみてはどうだろうか。クロスボーダーM&Aを実際に行うときは専門家に相談しながら進めるのが良いだろう。
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