矢野経済研究所
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5月12日、リニア中央新幹線の伊那山地トンネルの2工区が貫通した。もろい地質と労災事故による中断のため貫通は予定より10か月遅れたとのことである。難事業にあたった工事関係者にとって大きな到達点であり、感慨もひとしおであろう。上海でドイツの技術によるリニアモーターカーの商用運行が始まったのは2004年、筆者が乗車したのはちょうど20年前、2005年だ。車内に設置された速度計が時速430㌔に達すると乗客から一斉に歓声があがった。“スピード”の魅力は万国共通である。

さて、そのリニアであるが、岐阜県瑞浪市では地下水が流出、共同水源が枯渇し、地盤沈下が発生した。当該工区の工事は中断したままである。東京都町田市では住宅街に水と気泡が湧出、こちらは掘削機の圧力を調整し工事は再開、しかし懸念は残る。山梨県では建設残土の不適切処理が判明、環境基準を越える有害物質が検出された。長野県南部の伊那谷エリアでは天竜川にそそぐ谷や沢がトンネル工事に伴う大量の残土で埋めたてられる。盛土の“滑動崩落”や大規模な土石流に警鐘を鳴らす専門家も少なくない。

大井川水系の問題も完全に払しょくされたわけではない。河川、帯水層における生態系の保護(SDGs6.5)、内陸淡水生態系の保全、回復(SDGs15.1)、生物多様性を含む山地生態系の確実な保全(SDGs15.4)など、淡水の母体となる自然環境保全の重要性はSDGsでも繰り返し強調され、目標化されている。リニアによる時間短縮に伴う経済効果は小さくないだろう。しかし、私達が子供たちに残すべきインフラは“スピード”という効用だけではない。

巨大地震等の発災時における東海道新幹線のバイパス機能は北陸新幹線が担えるし、リニア全線が開業する頃には“空のイノベーション”も進んでいるはずだ。そもそも災害対策という文脈で優先されるべきは物資輸送体制の強化である。旧国鉄でリニアの研究がスタートしたのは昭和37年(1962年)だ。JR東海は“歴史をつなぎ、未来をつくる”と言う。しかし、“昭和”が目指した未来とは異なる未来が求められる今、未来の座標軸からの社会的便益を総合的に問い直しても良いだろう。5月19日、三菱重工業は架線を必要としない脱炭素型の無人運行車両システム“Prismo”を発表した。未来との親和性、ビジネスの可能性の両面において筆者はこちらに軍配を上げたい。

今週の“ひらめき”視点 5.18 – 5.29
代表取締役社長 水越 孝