スマート漁業とは? 導入の効果や課題、活用事例を解説
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近年の飛躍的な技術革新により多くの業界でデジタル化が進んでいる中で、漁業のデジタル化・データ化も進みつつあることをご存じでしょうか。本記事では、さらなる成長が期待されるスマート漁業の導入効果や課題、活用事例を解説します。

目次

  1. スマート漁業とは
  2. スマート漁業が必要な背景
  3. スマート漁業を導入する効果
  4. スマート漁業導入の課題
  5. 水産庁が2027年までに目指すスマート漁業
  6. スマート漁業の事例
  7. 経営規模に合ったデジタル技術の活用から始めよう

スマート漁業とは

スマート漁業とは、ICTやIoTなどの先端技術を活用することで、水産業の発展と水産資源(漁業や養殖の対象となる魚介類などの資源)の持続的な利用を実現するための取り組みです。水産庁の提唱する「スマート水産業」を受けた取り組みであり、漁業者の生産性向上や経営の効率化を目指し、データの活用やAIなどの新技術を用いたシステムの整備が行われています。

スマート漁業の目的

スマート漁業は「水産資源の持続的な利用(※1)」と「水産業の成長」を両立し、漁業者の所得向上と持続可能な漁業体制の構築のために推進されています。

まず「水産資源の持続的な利用」のためには、漁獲量や海の水温などのデータを分析し、適切な管理に取り組む必要があります。このような取り組みを推進するためには、ICTを含むデジタル技術の活用が欠かせません。

また「水産業の成長」のためには、生産性の向上と流通構造(水産物が漁業者から消費者までに届く流れ)の改革が必要です。この目的の達成のために有効な方法として、AIを活用した漁場探索システムや、漁獲・水揚げ・加工・流通・小売で情報を連携する仕組みの利用などが挙げられます。

(※1)海の魚を取り過ぎないで残し、生態系を壊さないように生息域を保護すること。

スマート漁業が必要な背景

スマート漁業が必要な背景として、以下の4つが挙げられます。それぞれの課題と、スマート漁業での対策を解説します。

(1)水産資源の管理体制の強化

漁獲される魚の割合などを示す資源評価において、漁業者や団体は行政機関にデータを提供しても明確なインセンティブがないため、優先度の兼ね合いから十分なデータを提供できていません。結果、水産資源を適切に管理できていないという課題があります。改善には、漁業者が漁獲量のデータを手間なく簡単に提供できる水産資源の管理システム、データに基づいた効率的な漁業が行える仕組みの普及、行政機関への漁獲報告の義務化などの対策が必要です。

参考:水産庁「スマート水産業の展開について(P2)」

(2)生産性の向上

水産業は労働集約的な産業ですが、逆に言えば生産性を改善する余地は大きいとも言えます。水産業が生産性の向上に取り組む例として、デジタル技術による漁船の運転の効率化や、漁獲量・海の状況をリアルタイムで情報共有できるシステムを活用した最適な漁場の選定などがあります。

参考:公益財団法人日本生産性本部
参考:水産庁「スマート水産業の展開について(P7)」

(3)効率的な技術伝承

魚群探知機の使い方や漁船が通る海上ルートの選び方などのノウハウを継承する方法が標準化されていないこともあり、技術伝承の進め方に差が生まれているという問題もあります。技術のデータ化や支援ツールの開発などにより、効率的に技術伝承できる仕組みの構築が必要です。

参考:水産庁「スマート水産業の展開について(P3)」

(4)水産物の商品価値の向上

おいしく食べられる水産物の情報(例えば、遠方でも刺身品質を保てる高鮮度の急速冷凍技術など)やその価値を、消費者に十分伝えられていないという課題があります。解決には、漁獲・加工・流通などを担当する企業が協力し、消費者へのPRを図る情報発信の仕組み作りなどの対策が必要です。

参考:水産庁「スマート水産業の展開について(P7)」

スマート漁業を導入する効果

スマート漁業を導入することで、以下のような効果が期待できます。

漁業者の所得向上

スマート漁業の導入は、漁獲量の増加やコストの適正化を通じて、漁業者の所得向上に役立ちます。

例えば、AI予測システムを活用して適切な漁場選定ができれば、漁獲量が向上して所得が増加します。また、定置網の中に入っている魚の種類や数を陸上で把握し、数が多い時や捕りたい魚がいる時だけ選択的に出漁することで、無駄な出漁を減らし、船の燃料などのコストを節約する取り組みも始まっています。

漁業者の労働環境の改善

スマート漁業によりロボットやICTを活用すれば、より少ない労力で業務をこなせるようになり、漁業者の労働環境の改善が期待できます。
例えば、これまで人が行っていた作業をロボットで代替できれば、その人的リソースを他の業務に充てることもできます。具体的には、魚の種類を判別して仕分ける作業などがロボットで代替可能です。

安全面で労働環境を改善するには、海の天気や風、波の高さを教えてくれるサービスを使って、天候が悪く海が荒れていて事故を起こす可能性が高い日は操業を控えることもできます。この他にも、他の船の位置情報をリアルタイムで表示するアプリを確認することで、衝突を回避し、不慮の事故を未然に防ぐことができます。

漁獲量の集計・報告作業の負担軽減

デジタル技術を活用することでデータの入力と分析も自動化することができ、漁業者による漁獲量の集計や報告作業の負担を軽減できます。

集計や報告作業の負担を軽減するには、データの一元管理や記録の自動作成機能の活用などが有効です。国は、集計・報告作業の負担軽減のために、以下のような取り組みを進めています。

  • 農林水産省の共通申請サービスによるオンライン届出
  • 漁協などの団体が行うシステム改修・機器導入への支援
  • 漁獲番号などの伝達システムの開発

その他、各県にデジタル化推進協議会を設立し、主要な漁協や産地市場の水揚げ情報を収集する取り組みも行っています。

参考:水産庁「スマート水産業の展開について(P2)」

技術伝承・育成の効率化

スマート漁業により熟練者の匠の技が“見える化”すれば、技術伝承や育成の効率化を図れます。

例えば、今までは熟練者が潮流や水温などから適切な漁場を探していました。潮流や水温などの情報をスマホで表示したり、航跡データを記録・可視化したりするサービスを活用すれば、同船した未熟練者はそれを振り返り学習することで、熟練者と同じように漁場の選定ができるようになります。これらのデータの蓄積があれば、同船しなくてもデータを参考にして現場の知見を学ぶこともできます。

また、スマート漁業の有識者を水産高校(漁業や大型船の運航技術を学ぶ学校)に派遣して、ICTやAIの活用方法を伝える取り組みなども進められています。

スマート漁業導入の課題

漁業者がスマート漁業を導入するには、以下のような課題があり、スムーズな導入の妨げになっています。

デジタル人材の確保

多くの業界でデジタル人材の確保が課題になっていますが、水産業のデジタル人材も他の業界と同じ問題を抱えています。スマート漁業を効果的に実施するには、デジタル技術やシステムへの理解、活用するためのノウハウなどの知識が必要です。

現在、水産庁がデジタル人材を確保するため、専門家と漁業者をつなぐ仕組みづくりや、水産高校に在籍する学生へのデジタル技術の教育など、様々な施策を講じています。

費用対効果の見極め

スマート漁業には、システムやサービス、船に搭載する機器などを導入する必要があります。高額なシステムや機器もありますが、スマホのアプリとして比較的安価に提供されているものもあります。
費用対効果を正しく見極め、経営規模に合った取り組みやシステムを選択することが必要です。

海上に適したデジタル機器の不足

海上では陸上に比べて電波が届きにくく、測定器は水中に入れるため故障しやすいという状況にあります。さらに、陸上に比べて海上は面積が広く、潮流も目まぐるしく変化するので揺れも大きくなります。

壊れにくく、船の上でも扱いやすいデジタル機器の開発が必要になります。

参考:水産庁「漁業という特殊性に適応したICTの活用」

水産庁が2027年までに目指すスマート漁業

水産庁は「水産資源の持続的利用」と「水産業の成長産業化」を両立する次世代の水産業について、2027年までの実現を目指しています。その内容は、以下の5つです。

参考:水産庁「スマート水産業の展開について」

生産性・所得の向上

ICT・AIなどを効果的に活用すれば、作業効率の向上が図れます。

それにより、漁獲量の増加や人件費の削減などの効果が得られれば、収益の増加や経費の削減につながります。スマート漁業の導入には初期費用やランニングコストがかかりますが、それ以上の所得の増加を実現する可能性があり、漁業者の所得向上が期待できます。

作業の自動化

ICT・AI、ロボットなどの最新技術を活用すれば、時間のかかるデータの登録や分析、魚の仕分けなど人手のかかる作業の自動化ができます。自動化できる作業としては、良い漁場の選択や省エネになる航路の選択なども挙げられます。

作業の自動化は、労働時間を短縮できるだけでなく、重労働や危険の伴う作業を削減できるというメリットもあります。業務時間の短縮に加えて、労働環境の改善にもつなげられるでしょう。

MSYベースの資源評価

MSY(Maximum Sustainable Yield:最大持続生産量)とは「長期的に見て漁獲量が最大になる資源管理を行うことで得られる漁獲量」のことです。

現在、政府は200種程度の水産資源の評価を実施しています。そのうち、国民生活や漁業で重要な魚種(TAC:Total Allowable Catch)は、原則MSYベースで資源評価を実施しています。標準化された評価基準のもと、漁業者から漁獲量の収集を行って分析が進めば、水産資源を守るための効率的な漁業が実現できます。

参考:水産庁「スマート水産業の社会実装に向けた取組について」

担い手の維持

今後も安定的に水産物を供給するには、漁業の担い手が必要です。そのために国は、新技術を普及させる体制の構築を強化しています。例えば、漁業機器メーカーと協力して、水産高校でスマート漁業に関連する授業を実施しています。

また、スマート漁業を推進する大学や漁業機器メーカーなどのデジタル人材を登録する「水産デジタル人材バンク」を創設し、登録した人材と漁業者を橋渡すことで、新たな技術やスマート漁業の手法を学べる仕組みを作りました。このような取り組みにより、既存の担い手の知識を深め、同時に新規の漁業就業者を増やすことを目指しています。

水産物の高付加価値化

スマート漁業を実施すれば、水産物の高付加価値化により漁業者の所得向上や水産業全体の成長が期待できます。例えば、ICTを活用して消費者に鮮度や漁業者プロフィールなどの情報を伝えることで、より安心して魚を食べてもらえるようになるでしょう。

また、ICTや先進的な技術を用いれば、水産物の状態を高めることができます。例えば、高度な冷却装置を使うことで、旬から外れていても鮮度を保ったまま刺身での提供が可能になります。加熱用ではなく刺身用として提供することで販売単価を5割以上上げられる場合もあるため、収益の増加につなげられます。

参考:水産庁「スマート水産業の社会実装に向けた取組について」

スマート漁業の事例

スマート漁業は、自治体や企業ですでに活用が始まっています。ここでは3つの事例を紹介します。

生け簀の魚の価値を算出して担保化/株式会社シーエーシー

株式会社シーエーシーは、2023年12月から生け簀(いけす/魚などを一定期間、水中に飼っておく場所)で養殖された魚の価値を市場価格と照らし合わせて算出できる、漁業FinTech『FairLenz(フェアレンズ)』のMVP版(テスト製品)を展開しています。

これは土地などを担保にして金融機関から融資を引き出せなかったり、運転資金の調達に苦労したりしている養殖業者の課題を解決するためのサービスです。具体的には、生け簀内の映像から魚の数や体長をAIが測定し、それを資産評価することで、金融機関から融資を引き出す際の動産担保として活用することを目指しています。

養殖業向け金融サービス『FairLenz』の詳細はこちら>>

縄繰り作業時間を3分の2に短縮/島根県

島根県水産技術センターでは、スマート漁業による漁業者の所得向上を目的に、九州大学が運営する海況予測システム「DREAMS」を活用して海況(海の状態)の予測情報を提供しています。同県の漁業者はこれを活用して、はえ縄漁業(※1)の縄繰り(※2)の作業時間を60分から40分に短縮することに成功しました。

(※1)1本の長い縄に釣り針の付いた多数の縄を取り付け、漁場に設置して魚を獲る漁法のこと。
(※2)はえ縄を再度使えるようにする作業のこと。

海況予測システムを活用することで、潮流をすぐに判別できるようになるので、縄の設置向きに迷うことがなくなります。これにより縄を正しい向きに設置できるため、海況予測システムを利用してからは縄繰り時間が3分の2に短縮したとされています。

参考:島根県水産技術センター「トビウオ通信 号外

漁労状況をリアルタイムに共有/株式会社ライトハウス

株式会社ライトハウスは、漁船に乗っている時に必要なデータをリアルタイムに共有・記録ができるサービスを提供しています。具体的なサービスの内容は、以下の通りです。

  • 他の漁船の魚群探知機とソナーの画像をリアルタイムで確認
  • 他の漁船のリアルタイムの位置情報をGPSで共有
  • 過去の操業の情報を見返せる機能
  • 上記のデータを含め、操業の記録をクラウド上に保存

これらの機能を活用することで、複数の漁船によるスムーズな連携やコミュニケーションが可能になります。

参考:株式会社ライトハウス「ISANA

経営規模に合ったデジタル技術の活用から始めよう

水産業も他の業界と同様、デジタル技術を活用することで生産性の向上が図れ、漁業者の所得向上や負担軽減につながることが期待されています。それを実現しようと、国、地方自治体、企業など様々な方面でスマート漁業への取り組みが進められています。
この記事を目にした漁業者、漁業関係者の方も、まずは漁業に関わる課題の洗い出しと経営規模に合ったデジタル技術の活用を検討してみてはいかがでしょうか。

(提供:CAC Innovation Hub