経営者の立場では、会社と個人の両方において「節税対策」を講じる必要がある。本記事では「残業」の増加による税金や社会保険料への影響に注目し、節税のためにできる対策をまとめてみた。正攻法による節約術を実践して、ヘルシーな経営を目指してみよう。
目次
残業を調整すると、経営者も従業員もお得になる?
「4月から6月の残業代が多いと損をする」。
このような話を耳にしたことはないだろうか。そこには税制におけるちょっとしたトリックがあり、残業を調整することで個々の従業員の節税につながるといわれている。
実はこの残業代に関わる節税対策は、個人に限らず法人としても効果的な手段だ。少しでも経済的な負担を削減できれば、それだけ経営難に陥るリスクを軽減できる。
特に、現時点で「何も節税対策に取り組んでいない…」という経営者は、本記事で具体的な方法をチェックしたうえで、実践することをぜひ検討してみよう。
そもそも給料から天引きされているものとは?
まずは、なぜ残業と税金が深い関係にあるのかを理解するために、給料から天引きされるお金に関する知識を深めておこう。毎月の給料から天引きされているのは、主に以下の3種類の項目だ。
・所得税
・住民税
・社会保険料
上記は法律で定められた天引き項目で、すべての給与取得者に支払う義務が課せられている。このほかに、会社独自の項目(親睦費用や社宅費用など)が引かれているケースもあるが、ここでは一般的な上記の項目に焦点を当て、それぞれの概要を解説しておこう。
1.所得税
所得税とは、個人が1月1日~12月31日までの1年間に得る所得に対して、課税される税金のこと。税収の使途を特定していない普通税の一種であり、社会保障や公共事業の充実、国債の支払いなどに利用されている。
所得税の納税方法には「源泉徴収制度」と「申告納税制度」の2種類があり、会社員なのか個人事業主なのかが線引きのポイントだ。それぞれの納税方法について、以下で確認しておこう。
対象者 | 納税方法 | |
---|---|---|
源泉徴収制度 | 会社員 | 会社が従業員の代わりに所定の方法で所得税額を算出し、給与支給額から所得税額を差し引いて国に納付する。 |
申告納税制度 | 個人事業主 | 所得を得た本人がその年の所得金額と税額を計算して税務署に申告し、所得税を納める。 |
上記のうち「源泉徴収制度」は、その月の給与額と扶養親族の人数によって自動的に税額が決まるシステム。つまり、その月の残業代が多いほど支払う所得税も増えるので、今回紹介する節税対策には当てはまらないものの、基本的な知識として押さえておきたい。
また、所得税にはさまざまな控除が設けられており、医療費控除や配偶者控除、基礎控除など、14種類の控除が存在する。これらは最終的に年末調整によって帳尻合わせが行われ、超過で天引きされていた分は返金されるしくみだ。
2.住民税
住民税とは、「都道府県民税」と「市区町村民税」の2つを合わせたもので、その年の1月1日現在の居住地に納付される税金のことである。集められたお金は、各都道府県や市区町村の行政サービスの維持促進のために利用されている。
給与所得がある場合は、必ずこの住民税を支払わなくてはならない。前年1年間の課税所得に対して計算された住民税を、その年の6月から翌年5月までの12ヶ月で分割して、給与から天引きされるしくみだ。
したがって、その月の残業代が多いか少ないかは全く関係せず、1年間同じ額が徴収される。ちなみに、前年の所得に対して課せられる税金であることから、新入社員の天引きが開始されるのは入社2年目の6月からになる。
3.社会保険料
社会保険料とは、「健康保険」と「厚生年金保険」の総称である。健康保険は病院の窓口で治療費が3割負担で済むための保険、厚生年金保険は65歳から受け取る年金のための保険だ。
この社会保険料は給与支払額によって決まるしくみで、給与支払額が多いほど支払うべき社会保険料は高くなる。具体的には毎年4月~6月までに支給された給与の平均値(標準報酬月額)で決まり、この平均値によって同年の9月から翌年8月までの天引き額が固定される。
4月~6月に支給された給与で決まるということは、月末締め翌月払いの会社であれば3月~5月にどのくらい働いたかがキーポイントになる。「4月~6月の残業代が多いと損をする」といわれているのは、この社会保険料のしくみによるものだ。
社会保険料の算出方法について
給料から天引きされる3つのお金のうち、今回最も注目したいのは「社会保険料」だ。残業の時期を調整すれば1年間の天引き額を抑えることにつながるため、そのしくみを有効活用することで負担の軽減が期待できる。
実は、社会保険料は給与支払い額に応じて細かくランク分けされており、「標準報酬月額」と呼ばれるランクをもとに算出されている。この標準報酬月額の概要や表の見方、照らし合わせ方について、以下でしっかりと押さえておこう。
標準報酬月額に含まれるものは?
標準報酬月額には、以下の金額が含まれる。
- ○標準報酬月額に含まれるもの
・基本給
・残業手当
・役職手当
・扶養手当
・住宅手当
・交通費
会社から支給されるものはすべて標準報酬月額に含まれるが、上記のうち働き方で金額が左右される項目は「残業手当」のみであることがわかるだろう。ちなみに、標準報酬月額に含まれないものとしては、退職手当や結婚祝い金、出張手当、出張旅費などが挙げられる。
標準報酬月額の算出方法
会社によっては、給与明細に標準報酬月額を記載しているケースが見受けられる。しかし、給与明細に記載がないケースも多く存在するため、ここでは標準報酬月額の算出方法を紹介しておきたい。
前述でも軽く触れたように、標準報酬月額は4月~6月までに支給された給与の平均金額である。そこで、まずは「4月~6月までの支給額の合算÷3」で計算してみよう。
- ○標準報酬月額の例
・4月の給与:230,000円
・5月の給与:225,000円
・6月の給与:242,000円
(230,000円+225,000円+242,000円)÷3=232,333円(1円未満の端数切り捨て)
上記のように4月~6月の平均金額を算出し、その金額を「標準報酬月額表」と照らし合わせると、自身や各従業員の標準報酬月額を調べられる。標準報酬月額表は各都道府県によってやや違いがあり、たとえば東京都における上記の金額の標準報酬月額は「240,000円」に設定されている。
ちなみに、標準報酬月額は健康保険では50等級、厚生年金においては31等級にランク分けされている。社会保険料は企業側が計算する必要がないため普段なかなか調べる機会がないかもしれないが、これを機に自身や従業員の標準報酬月額を調べてみてはいかがだろうか。
(参考:http://www.team-cells.jp/hyoujyun/hyoujyunhousyu.php)
標準報酬月額表との照らし合わせ方や計算例など
標準報酬月額を把握できれば、標準報酬月額表の「健康保険料」や「厚生年金」の該当箇所をチェックすることで、それぞれの天引き額を把握できる。たとえば、標準報酬月額が240,000円の場合の健康保険料は11,800円、厚生年金保険料は21,960円だ。
ちなみに、標準報酬月額が高いほど健康保険料や厚生年金の金額も上がることは、表を見れば一目瞭然である。では、もしも3月~5月までに残業が重なり4月~6月までの支給額が通常の報酬よりも高くなった場合に、保険料はどのくらいアップするのか確認してみよう。
以下では、月額の報酬が200,000円の人における4月~6月の残業代が0円の場合と、4月~6月の各月に30,000円の残業代がプラスされた場合の保険料額を比較してみた。
【例】月額の報酬が200,000円のケース(東京都の場合)
残業代・標準報酬月額 | 保険料額(1ヶ月分) |
---|---|
4月~6月の残業代が0円の場合 (標準報酬月額は200,000円の区分) | 健康保険料9,900円+厚生年金18,300円=28,200円 |
4月~6月の各月に30,000円の残業代がプラスされた場合 (標準報酬月額は240,000円)の区分 | 健康保険料11,880円+厚生年金21,960円=33,840円 |
つまり、4月~6月の各月に30,000円ずつ残業代が上乗せされると、残業代がない場合に比べて月々5,640円、年間では67,680円も保険料がアップすることがわかる。その一方で、仮にこの残業代の支給が4月~6月以外なら、社会保険料には何の影響も生じないのだ。
そのため、4月~6月の残業代に注意することが、社会保険料の節約につながる。逆にいえば、4月~6月に残業代が多いと、それ以降の月の支給額が少なくても大きな額の保険料が天引きされてしまうため、従業員は非常に損をした気分になるだろう。
従業員における社会保険料の半分は「会社負担」
4月~6月の残業代が社会保険料に与える影響について解説したが、残業代を調整することでメリットが生じるのは個々の従業員だけではない。従業員に給与を支払う会社側にも、大きなメリットがある。
というのも、社会保険料は半分が従業員負担で、もう半分は会社負担と義務づけられている。たとえば33,840円の保険料の場合は、半額の16,920円を会社側が負担しなければならないのだ。
そのため、すべての従業員における4月~6月の給与を上手く調整できれば、会社全体の負担軽減につながる。従業員にとっても個人で支払う社会保険料が抑えられ、会社にとっても支出を減らせる、まさに双方に嬉しい得策といえるだろう。
社会保険料を軽減するために経営者ができる2つのこと
ここまでの内容を踏まえつつ、以下では会社が負担する社会保険料を軽減する2つのポイントをまとめてみた。「少しでも経費削減を」と策を練っている経営者は、ぜひチェックしておこう。
【ポイント1】3月~5月はなるべく残業をさせない
最もシンプルな方法は、従業員の4月~6月の給与をなるべく抑えることだ。とはいえ、基本給やその他の手当を簡単に減らすことはできないため、なるべく残業手当がつかないように工夫することが求められる。
つまり、4月~6月の給与に反映される3月~5月の働き方を調整することが、経営者にできる最良の策だ。3月~5月というと、ちょうど年度の切り替わりで多忙な時期ではあるが、社会保険料の負担を考えると残業を減らす価値は大きいだろう。
また、もしも従業員への昇給を検討している場合には、4月~6月のタイミングを外すことをすすめる。基本給が上がれば標準報酬月額のアップにつながるため、7月以降に昇給することが望ましいだろう。
【ポイント2】3月~5月に有休消化を勧める
3月~5月に有給休暇を多く取得させることも、4月~6月の残業代を抑えるひとつの対策である。有給休暇を取る従業員が多ければそれだけ残業の機会が減るので、残業代が上乗せされるリスクを効率的に軽減できる。
もちろん、業界や職種によっては3月~5月が繁忙期の場合もあるだろう。無理のない範囲で有休消化を勧められれば、従業員にとっても会社にとっても上手く社会保険料の負担を減らせるはずだ。
残業における税金対策で注意したい2つのケース
これまで残業の調整による税金対策について紹介したが、それらはいずれも合法的な節約方法である。経営者によっては、正攻法ではない手段で社会保険料の軽減を実現させようとするケースもあるが、健全な経営のためにはぜひ正攻法で臨みたい。
そこで、以下では特に注意したい2つのケースを紹介する。
1.サービス残業をさせる
「4月~6月の標準報酬月額を抑えたい」「でも、繁忙期で残業は避けられない」といった場合に、サービス残業をさせるケースは少なくない。しかし、サービス残業は違法であると同時に、従業員から仕事へのやりがいや会社への信頼を奪うため、結果的に会社は得をしないだろう。
また、無理にサービス残業をさせても、のちに従業員から未払い残業代を請求される可能性がある。そうなると手続きなどがかえって面倒であるため、サービス残業は避けることが得策なのだ。
2.4月~6月分の残業代を7月以降に支払う
経営者の中には、「3月~5月に行った残業については7月以降に支払う」とルールづけているケースもある。この策も、4月~6月の残業代軽減のためにありがちな考え方だ。
それが会社の規則といってしまえば、問題ないように思えるかもしれない。しかし、これはれっきとした「残業代の未払い」であり、社会的・法律的に大きな問題となる。
従業員から告発されれば、労働基準監督署などから厳しい指導を受けることになるだろう。
・未払い残業代のペナルティについて
仮に、未払い残業代が発生していると、会社にはどのようなペナルティが科せられるのだろうか。リスクを知っておくことは何よりの防御策になるため、未払い残業代のペナルティについてもしっかりと理解しておこう。
- ○未払い残業代が発覚した場合に、法人に科せられるペナルティ
【1】未払い残業代については、在職中の場合は6%、退職後の場合は14.6%の「遅延損害金」の支払いが命じられる。
【2】裁判所において未払い残業代が悪質と判断された場合は、本来の残業代の額と同額までの範囲で「付加金」の支払いが命じられる。
このように、従業員から未払い残業代の請求を受けると、「遅延損害金」と「付加金」という2種類のペナルティが科せられる恐れがある。場合によっては本来の残業代の倍額以上を支払うリスクがあるため、残業代の未払いによる代償は非常に大きいのだ。
・未払い残業代の対処方法について
ちなみに、未払い残業代の支払い方法には大きく分けて2種類ある。「一時金」として支払う方法と、「過年度の給与」として支払う方法だ。
一時金として支払う場合は、支払った年度の「賞与」として取り扱うことになる。会社は賞与として所得税や社会保険料を計算し、会計処理を行う必要があるのだ。
また、過年度の給与として支払う場合には、さかのぼって給与計算をやり直すことが求められる。このとき、もしも4月~6月に未払い残業代がある場合は、社会保険の算定基礎届や月額変更届などを提出する必要があるほか、労働保険料の申告や年末調整も再計算のうえで提出しなければならない。
さらに会社側だけでなく、授業員にもさまざまな手間や追加の税金支払いなどが生じる。会社都合の身勝手な対処によって多くの迷惑がかかるため、未払い残業代は発生させないに越したことはないだろう。
正当な手段で残業の調整を行い、スマートな税金対策を
少しでも会社の負担額を減らしたいと考えるのは、経営者として当然のことだ。ただし、正攻法によって実践することが難しい場合に、悪知恵を働かせて策を弄することはおすすめできない。
もちろん、本記事で紹介した4月~6月の残業代を調整して社会保険料を節約する方法は、従業員にとっても大きなメリットがある。しかし「従業員のためになる」と押し付けることはトラブルを生む恐れがあるため、自然な形で対策を打つことが求められるのだ。
従業員との信頼関係を第一に考え、従業員と会社の双方にとってよりよい節税対策を目指していこう。
文・THE OWNER編集部