のれん償却
(画像=ImageFlow/Shutterstock.com)
古尾谷 裕昭
古尾谷 裕昭(ふるおや・ひろおき)
ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)代表税理士。昭和50年生まれ、東京浅草出身。税理士・司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社が在籍しているベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を率いている。相続税の申告のみならず、相続登記、相続争い、事業承継(M&A)、遺言書作成、民事信託、資料収集から不動産売却や財産コンサルティングまで様々な業務に対応している。年間の相続税申告1,000件超(令和1年度実績1,247件)であり、国内最大級の資産税チームを築き上げた。

M&A(買収または合併)の結果、対象会社の超過収益力がのれんとして表面化する。株式譲渡によって子会社化すれば親子関係となるため、連結財務諸表を作成することになる。その際、取得した純資産と支払対価の差額として現れるのが、連結のれんだ。連結のれんは、20年以内に償却される。

これに対して、事業譲渡によって資産および負債を取得する場合は、買い手企業の法人格に一体化されるため、財務諸表はそれまでどおり個別で作成される。その際、取得した純資産と支払対価の差額として現れるのが、個別のれんだ。

連結のれんと個別のれんは、意味合いは同じだが、税務上の取り扱いと節税効果はまったく異なる。本稿では、のれん償却費の税務上の効果について説明する。

目次

  1. のれんとのれん償却とは何か?
  2. M&Aでのれんが発生する理由
  3. のれんとのれん償却費の会計処理
  4. のれん償却の税務上の効果は無視できない
  5. シナジー効果を鑑みて方法の検討を

のれんとのれん償却とは何か?

のれんとは、M&Aの結果、買い手企業の貸借対照表などに計上される資産または負債のことだ。連結財務諸表では「のれん」として表示されることが多いが、個別財務諸表では「営業権」として表示されることが多い。一方税務上ののれんは、資産調整勘定または負債調整勘定として、別表五(一)の利益積立金額の項目の1つとして計上される。

M&Aにおいて、他社の株式を取得することによって子会社化したり、他社の資産および負債を事業譲渡または合併によって取得したりすることがあるが、このようなM&Aが行われた結果、支払った対価と取得した資産または負債に差額が生じることがある。これが、のれんである。

つまり、「支払対価-対象事業の時価純資産(=資産-負債)」によって差額が算出され、それがのれんとして取得した企業の貸借対照表に計上されるのだ。

この差額が発生する原因は、目に見えない資産の存在である。信用力やブランド、技術、ノウハウ、顧客情報、従業員の能力や組織力(人的資源)、知的財産権などだ。これらの対価を支払った結果、有形資産を超える部分にのれんという資産が現れるのだ。

これらの資産は、将来の利益やキャッシュ・フローの源泉となる。のれんの存在によって、事業運営を通じて超過収益力を生み出すことができるのだ。のれんは、そのような超過収益力を貸借対照表上に反映したものと言える。

個別財務諸表におけるのれんについては、会社計算規則第11条で「会社は、吸収型再編、新設型再編又は事業の譲受けをする場合において、適正な額ののれんを資産又は負債として計上することができる」と規定されている。また会社計算規則第74条第3項では、個別財務諸表ののれんは無形固定資産の中に表示されると規定されている。

貸借対照表の無形固定資産は、建物など有形固定資産と同じく、減価償却を通じて毎期規則的に費用として計上しなければならない。会社計算規則第81条で、「無形固定資産に対する減価償却累計額及び減損損失累計額は、当該各無形固定資産の金額から直接控除し、その控除残高を当該各無形固定資産の金額として表示しなければならない」と定められているからだ。

企業会計基準において、のれんはその効果がおよぶ期間にわたって20年以内に、原則として定額法によって減価償却することとされている。

ちなみに、のれん償却費の計算における残存価額はゼロとする。したがって、のれん償却費はM&Aの際に発生した差額を、耐用年数で割ることで求められる。

M&Aでのれんが発生する理由

のれんは、株式取得や事業譲渡などのM&Aによって発生する。逆に言えば、M&Aが行われなければ、価値の高いのれんを有する企業であっても、のれんを資産として貸借対照表に計上することはできない。

のれんは超過収益力を表すものであり、それが将来の利益を生み出すことになる。つまり、将来のキャッシュ・フロー獲得能力を持つ資産と言える。

そう考えると、のれんを貸借対照表の資産として計上してもいいように思える。投資家に適正な財務情報を提供しようとするならば、なおのことだ。しかし、過去に自らが蓄積した超過収益力があったとしても、それを評価する方法は将来の収益の予測数値しかない。

主観的な予測数値を使って資産として計上することになれば、その評価額の信頼性に欠き、投資家の意思決定を誤らせるおそれがある。それゆえ、企業が自ら創設したのれん(自己創設のれん)は、資産計上しないこととされている。つまり、自己創設のれんは、簿外処理されるのだ。

のれんという資産を簿外に保有することができるということは、表面上の貸借対照表の資産を増加させることなく、損益計算書の利益を増加させることができることを意味する。つまり、総資産利益率(ROA)を向上させることができるのだ。

しかし、のれんはM&Aによってはじめて顕在化する。株式取得による買収や合併・吸収分割による資産および負債の取得の際に、貸借対照表に現れる。

M&Aで企業の株式を取得するとき、連結財務諸表上は対象会社の帳簿上の純資産(資産および負債)が結合される。しかし、その会社の買収のために支払った対価は、会計上の純資産で評価されるわけではない。

M&Aによる買収の目的は、対象会社の将来キャッシュ・フローを一時金の支払いによって取得することなので、買収価格はDCF法など将来キャッシュ・フローを反映する計算方法によって算出される。その意味では、将来キャッシュ・フローはのれんの価値を反映していると言える。このように、M&Aの買収価格は対象会社の会計上の純資産と異なる。両者が一致することはほとんどない。

買収価格と会計上の純資産との差額が、のれんである。

買収価格が純資産よりも多い場合は、プラスの超過収益力がある状態で、資産側に正ののれんが発生する。買収価格が純資産よりも少ない場合は、マイナスの超過収益力がある状態で、負債側に負ののれんが発生する。

いずれも、費用または収益として償却されることになる。

のれんとのれん償却費の会計処理

のれんは、連結財務諸表(連結貸借対照表)と個別財務諸表(個別貸借対照表)の両方に表示される。のれん償却費も同様だ。

連結財務諸表ののれんと個別財務諸表ののれん(または営業権)は、いずれも超過収益力を表す。連結でも個別でも、のれんの意味合いは同じだ。

しかし、連結財務諸表上ののれんは、親子会社2社の個別財務諸表が決算時に連結される際に発生する差額なので、期中の会計帳簿には計上されない。連結上ののれんは、親会社で計上している子会社株式という資産と、子会社の純資産を相殺する連結決算の結果として計上されるものだ。その償却費も、連結決算を通じて計上されることになる。

逆に言えば、連結財務諸表でのれんが計上されている場合であっても、子会社の個別財務諸表には、のれんとその償却費は計上されず、決算時に突如現れる勘定科目なのだ。

これに対して、個別財務諸表ののれんは、決算時ではなく期中取引の結果発生する差額であり、期中の会計帳簿にも計上される。個別財務諸表上ののれんは、他社から買収した資産および負債と支払った対価の差額として計上される。その償却費も、個別決算において計上されることになる。

のれん償却の税務上の効果は無視できない

のれんは、M&Aの結果として発生する。M&Aのスキームの基本的な選択肢は、株式譲渡と事業譲渡である。

複雑に見える取引スキームも、これらの組み合わせに過ぎない。合併などの組織再編スキームであっても、その税務上の効果はこの2つの取引に分解することができる。

株式譲渡と事業譲渡に経済的な相違はないが、対象会社の法人格を残すか、消滅させるかの違いがある。事業譲渡は、対象会社の法人格を消滅させ、その中身である資産および負債を、買い手企業へ一体化させるものだ。

法人格の一体化は、税務上大きな違いを生む。法人税などは個別財務諸表を基に計算されるからだ。連結財務諸表で計算された利益は、法人税法上の課税所得の計算過程には登場しない。個別財務諸表の利益が、課税所得の計算に用いられるのだ。

連結財務諸表上ののれん償却費は、法人税法上の経費(損金)にはならない。これに対して個別財務諸表上ののれん償却費は、経費(損金)に算入することができる。したがって、M&Aを事業譲渡として行い、その結果のれんを計上したのであれば、決算時ののれん償却費は費用となり、税務上の損金となるのである。

言うまでもないが、税務上の損金は課税所得を減少させ、法人税などを減少させることになる。つまり、M&Aの買い手企業の税負担が軽くなる。

税務上ののれんは、「資産調整勘定」または「負債調整勘定」として5年間で償却される。償却年数によって、個別財務諸表ののれん償却費と、税務上ののれん償却費の金額が異なることがあるが、のれんの総額はおおむね同じだ。

シナジー効果を鑑みて方法の検討を

M&Aで企業を買収する際、法人格を残したまま株式譲渡によって買収して子会社化する方法と、法人格を消滅させ、中身の事業譲渡によって資産および負債を譲り受け、法人格を一体化する方法がある。

一般的には、2社の人事制度の統合に伴うシナジー効果とその問題点(組織の混乱)を総合的に勘案して方法を選択することが多いが、その効果よりも税負担の違いのほうが大きいケースがあるので、税務上の効果を計算した上でM&Aの取引スキームを選択すべきだろう。

文・古尾谷 裕昭(税理士)

無料会員登録はこちら