事業売却のデメリット
続いて事業売却のデメリットについて見ていきます。
株式譲渡に比べて税負担がかかる(売り手)
事業譲渡によって生じた利益に法人税等(約34%)が課税されます。個人株主の株式譲渡(税率約20%)と比べると、税率の観点でやや税負担が重くなります。
組織再編税制が適用される「合併」「分割型分割」「分社型分割」「株式交換」「株式移転」「現物分配」「現物出資」などのケースでは、資産の移動にともなう組織再編に対して譲渡損益の繰り延べが認められているため、税金が課税されることはありません。
これに対して事業売却は、税制適格要件を満たさないため、資産の売却によって生じた売却益については法人税(個人の場合は譲渡所得税)が課税されます。
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手続きが複雑化する傾向がある(売り手)
株式譲渡で包括的に引き継ぐ会社売却は、株式の譲渡手続きさえ終われば、基本的な手続きは完了します。 しかし事業売却では、個別に譲渡を譲渡するため手続きが複雑になる傾向があります。
取引先との基本契約や賃貸借契約、従業員の雇用契約など、あらゆる契約を引き継ぐ必要があるため、各関係者への説明や承諾を得るなど準備や交渉に時間を要するため、手続きが複雑化する傾向があります。
譲渡後の事業に制限がかかる(売り手)
会社法上、事業売却をした後に同じ事業を一定の期間内、同一地域内で行えなくなります。
事業売却を行った売り手側が、売却後も自身の持つノウハウや人脈などを利用して同じ事業を同じエリアで行ってしまうと、買い手側が事業買収によって計画していた当初の目的を果たせなくなるためです。
したがって、このようなことが起きないように、会社法第21条では「競業避止義務」として、売り手側が一定の期間内一定の地域で売却した事業と同一の事業が行えないように定められています。
契約書などに特約を設けた場合は30年間、当事者間に何も合意がなかったとしても20年間は競業避止義務が発生するため、事業売却後に同じ事業を同一の市町村およびその隣接市町村の区域内で行えなくなります。
次に買い手側のデメリットを見ていきましょう。
手続き完了までに手間と時間を要する (買い手)
事業売却における買い手側のデメリットの1つ目が、手続きに時間や手間がかかる点です。事業売却では、買い手側が希望する売り手側の資産や負債を個別に移動させます。包括的に資産や負債を移動できないため、その都度手続きが必要となる場合があります。
具体的には、以下のような手続きが必要になります。
手続きが必要な項目例 | |
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土地や建物などの不動産の移動 | 法務局で所有権移転登記を行う必要があります。また不動産に担保権が設定されている場合は、その抹消手続きも同時に行わなければなりません。 |
賃借権の移動 | 事務所や工場の賃貸借契約や、機械などのリース契約は、移動に際して新たに貸主側と契約を結び直す必要があります。また、敷金などの扱いも含め、保証金や原状回復義務に関する協議もしておかなければなりません。 |
従業員との雇用契約 | 事業売却では、従業員の雇用は引き継がれません。したがって、売り手側の従業員を雇用する場合は、新たに買い手側と売り手側の従業員との間で雇用契約を結び直す必要があります。 |
知的財産権の移動 | 特許権や意匠権などを譲渡する場合は、知的財産権の移転登録手続きを行う必要があります。 |
債権の移動 | 売り手と買い手の間で債権譲渡契約を締結するだけでなく、債務者に対して個別の通知や承諾を得るための手続き(内容証明郵便や公正証書の作成)が必要です。 |
債務の移動 | 売り手と買い手との間で債務引受契約を締結するだけでなく、あらゆる債務について、金額の大小に関係なくすべての債務者に対して債務譲渡の承諾を得なければなりません。 |
買収価格に消費税が課せられる(買い手)
株式譲渡により会社を丸ごと売却する場合には、消費税の支払いは発生しません。株式の売買は消費税の課税取引に該当しないためです。 これに対して事業売却の場合は、売り手から買い手に移動させる資産の内容によっては、消費税の課税取引に該当する場合があります。
たとえば、土地の移動であれば消費税の課税取引には該当しませんが、建物の移動であれば消費税の課税取引に該当します。
したがって、消費税の課税取引に該当するものに関しては10%の消費税が課税され、その分だけ買い手側の負担が増える点がデメリットです。
新たに許認可等の取得が必要な場合がある(買い手)
包括的な会社売却に比べ、事業売却の場合は、売り手が受けている許認可や持っている免許・資格などが、事業の売却によって買い手側に移動することはありません。したがって、事業によっては、売却後にこれらの免許や許認可が必要な場合は、買い手側が新たに取得し直す必要があります。