(本記事は、本間 英俊氏の著書『「P2Cブランド」の教科書』=きずな出版、2023年7月26日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
インフルエンサーが熱狂的な「ファン」をつくる
「打ち出す」のではなく「巻き込む」
ストーリーテラーであるインフルエンサーが伝えるのは、従来のファッションブランドが発信してきた情報とは異なります。
従来のファッションブランドと今のファッションブランドでは、発信する情報もそれを伝える手法も大きく変わりました。
従来のファッションブランドが得意としてきたプッシュ型で情報を打ち出す手法は、今の時代とズレが生じ始めています。
昔はショーや雑誌に登場するモデルやセレブのように、手の届かない遠い存在が憧れの対象でしたが、今は親近感を覚える存在に共感するお客様が増えています。
今の若者はECで服を買う前に、インスタグラムのメンション機能で他人のコーディネートや、「STAFF START(スタッフスタート)」という店舗のスタッフの着こなしコーデが掲載されたサイトをチェックします。
お客様にとって身近な存在であるユーザーや、ショップスタッフが、自分と同じでスタイルがあまりよくないにもかかわらず服を着こなしているのを見て共感するのです。
ファンになってもらいたいなら「親近感」をもってもらうことが大事です。したがって、ストーリーテラーは、ファッションブランドがもつ世界観を一方的に「打ち出す」のではなく、お客様を「巻き込む」ような感覚で情報を発信する必要があります。
お客様との「関係性」で売る
もちろん、ファションブランドなので、インフルエンサーのカリスマ性や、ブランド自体への憧れがまったくない状態では成立しませんが、それよりもお客様との関係性を大事にするのです。
たとえば、私も参画していたある女性向けブランドは、デザイナーのカリスマ性でファンの支持を集めていました。一方で、お客様とはECだけではなく、オフラインのイベントでも接点を増やし、共感を獲得していました。
従来のアパレルの受注会は、PR関係者や身内を中心に展開していました。しかし、そのブランドの場合は、基本的にお客様とのリレーションシップを深めるために行っていました。
1年に4回ほど開催され、上位ランクのお客様が優先的に招待されます。イベント会場では、一緒に写真を撮ったり、インスタ映えするようなかわいいケータリングを食べたり、デザイナーやスタッフと一緒にプライベートな話をしたりと、顧客の感情が動くような仕掛けが散りばめられていました。
もちろん、スタッフは商品の説明もしますが、従来の販売員のポジションではなく、あくまで顧客に共感するアドバイザー役に徹していました。顧客はアドバイザーであるスタッフに、自分のライフスタイルや持っているアイテムについて相談する。それを聞いたスタッフはお客様に共感し、その悩みを解決していく。そうしたやりとりを通じて、お客様はブランドを身近に感じ、「ファン」になっていきます。
目に見えるデータや商品ではなく、目に見えない関係性を通じて「ファン」をつくることも大切なのです。
ブランドが「ファンコンテンツ化」している
アパレルブランドは「ファンコンテンツ化」が進んでいます。
ユニクロなど機能面ですぐれた服を買うお客様がいる一方で、「ブランドのファンだから」という理由で購入するお客様が増える傾向にあります。
その背景には、ブランドのストーリーを語るインフルエンサーの存在があるのは間違いありません。
マーケティングの世界には「コンテンツマーケティング」という専門用語があります。これは、ターゲットとなるユーザーに対して、価値のあるコンテンツを発信することでファンを増やし、最終的に商品・サービスの購入につなげる手法です。
コンテンツマーケティングは、「ニーズを育成する」「顧客を教育する」といった言い回しをすることがあります。これは、有益な情報を与え続けることで、顧客の興味・関心を引き出すことを指します。
第2章で紹介したインフルエンサーのCHIKAKOさんの例は、その典型でした。
もともとオーストラリアでの飾らないライフスタイルを発信し続けていた彼女が、自然体で自分のこだわりを語ったり、コラボ商品の魅力についてインスタグラムで質問を返したり、ライブ配信でフォロワーとやり取りしたりした結果、多くの人が彼女のつくる商品を応援したいという気持ちにさせられました。それが1カ月で1000万円という売上につながったのです。
しかも、これまでのアパレル業界の常識を覆し、「予約販売」という形態をとりました。在庫をもたないことでリスクを抑えるのが狙いだったのですが、これまでのファッション業界の常識では「数カ月後に商品が届く」という売り方は禁じ手でした。
なぜなら、服は季節変動に弱い商品だからです。たとえば、夏に購入したTシャツが冬に届いても、お客様は困ります。
ということは、CHIKAKOさんのファンは単なる機能としての服を買っているわけではなく、「CHIKAKOさんが商品をつくったのなら応援したい」という一種のファン心理が購入動機になっていると考えられます。
最近のネットの世界ではライブの配信者に「投げ銭」をする文化が注目されていますが、「応援したい」「参加したい」という理由でお金を払うファンが少なくありません。
これまでもアイドルの世界には、いわゆる“お布施”の感覚でCDを買うという現象はありましたが、ファッションの世界でも、こうしたファンコンテンツ化が進んでいます。ファンコンテンツ化したブランドは、一時的ではなく中長期的な売上を獲得することができます。
SNSとストーリーテラーの存在が、ファンコンテンツ化というファッション業界の新しいトレンドを生み出したといえます。
最適なストーリーテラーを得たブランドは大きく伸びる一方で、従来のように「いい服をつくっていれば、いつか日の目を見る」という発想のブランドは、厳しい戦いを強いられる状況になっているのです。