古代ギリシャから現代まで学習において教えられない・学べない「一番の問題」とは
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(本記事は、クレイグ・アダムス氏(著)、池田真弥子(翻訳)の『賢い人の秘密 天才アリストテレスが史上最も偉大な王に教えた「6つの知恵」』=文響社、2022年12月8日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

社会性を身につけても賢くはなれない

子ども時代は誰でも、励まされたり罰を受けたり、ご褒美をもらったり 叱責(しっせき) されたりしながら、どんな振る舞いを期待されているのか学んでいくものだ。何が許容範囲とされるかを常に確認し、行動を修正し続ける。そうやって目指すべき姿が見えてくる。それは緩やかな歩みだ。子どもは何年もかけて、パズルのピースをゆっくりはめ込むように、少しずつ成長する。

しかし人間というのは常に、よりインパクトのある教材を求めてきた。もっとわかりやすいもの、もっと即効性のあるもの。それが物語だ。何千年もの間、子どもたちはさしてバリエーションもないお決まりの物語に、喜んで耳を傾けてきた。宗教物語、神話、 寓話(ぐうわ) 、叙事詩、伝説、そしておとぎ話。どんな子どもも親の教えだけではなく、物語の英雄から学びを得る。ヒーローやヒロインの活躍をお手本にするのだ。

アレクサンドロスのお気に入りは、『イリアス』だった。ギリシャとトロイアの戦争を描いた叙事詩である。戦士を殺すシーンが多く、描写も残酷で生々しいため、今日では小さな子どもが読むには不適切と見なされるかもしれない。しかし、イリアスは当時、文化の根幹を描く物語として必要なものを備えていた。威信である。

ギリシャで学校教育が幕を開け、読み書きの勉強が始まると、生徒たちは、イリアスの作者を(たた) える一節を書き写した。どこか恐ろしげなこの一文を読めば、彼の作品がいかに人々の心の奥深くまで浸透していたか、よくわかる。「ホメロス*9は人ではない。神である」

幼いアレクサンドロスが受けた教育の実態は、現代の子どもたちにも当てはまる。幼少期の教育、つまり物語は、繰り返し幼い心に訴えかけ、社会の根底にある価値観を伝えているのだ。ただし、物語を聞いても、どう考えるかを学ぶことはない。物語が教えているのは、何を考えるかだ。

社会が、どんな理想を人々に押しつけたがっているにせよ、やるなら若いうちに限る。子どもというのは、柔らかく成形しやすい蠟のようなものだから。それは「洗脳」ではないか、と抗議の声が上がるかもしれない。しかし、それが教育というものの基盤であり、有史以来の変わらぬ事実であることを肝に銘じるべきだ。社会の理想に反発や怒りを覚え、それを「洗脳」と感じるのは、内容に同意できないからだ。内容に賛成できるとき、それは「教育」になる。

どんなコミュニティーにも受け継いでゆく文化があり、文化がコミュニティーをまとめている。文化がなければ、共同体とは呼べない。

いわゆる「社会的教育」の手段は、物語だけではない。古代ギリシャの学校では、子どもたちを社会の一員として型にはめるため、多くの時間と労力が割かれた。その主な手段はスポーツだった。

詩人アリストパネス*10の戯曲『雲』において、教育の場面で頻繁に描かれるのは、運動する生徒たちやギムナシオン(運動施設)、トレーナー(体育教師)だ。ギリシャ人は学問を発達させ、哲学、数学、文学その他あらゆる分野を進歩させたが、もし、周辺の民族にギリシャ人とはどんな人たちかと尋ねたら、ギムナシオンの周りを裸で走り回っている連中だ、と答えたに違いない。

皆が同じ行事に参加すると、共同体意識が高まる。宗教儀式にはそういう目的がある。古代ギリシャでは、スポーツが同様の役割を担っていた。オリンポス山が、ギリシャ世界の融和を図る運動競技会、つまりオリンピックの会場として選ばれたのは、この山が昔から聖地として広く知られていたからだ。

当時、ギリシャには多くの都市国家があり、市民同士ことあるごとに争っていた。しかし、そんな国々も、4年に一度休戦することで合意し、40フィートのゼウス神像に見守られながら、一堂に会し競い合ったのだ。

スポーツに普遍の価値観が存在することもまた、重要なポイントだ。誠実、フェアプレー、スポーツマンシップ。スポーツをしていれば、こういう道徳的価値観に触れ、行動指針を知ることになる。それだけでなく、共同体の一員として作法を覚え、強化する機会が数限りなく与えられる。ギリシャの少年たちは競技への参加に備え、ギムナシオンの周辺で、トレーナーに(たた) かれながら鍛錬を重ねた。

同時に、彼らは 竪琴(たてごと) の演奏を習い、愛国心あふれる歌を歌った。歌を学ぶことは文字を読むことにも通じる。もちろん、読み書きの授業もあった。

しかし、歴史家アンリ・マルーは、次のように述べている。教育史において、「読み書きを指導する教員というのは、登場順で3番手、その後長きにわたって重要度の面でも3番手だった」。古代ギリシャにおいて親たちが重視していたのは、我が子がマナーを身につけ、スポーツや音楽に参加して周囲と協調できる人間になることだった。それが、識字能力よりもよほど重要だと考えられていた。

今日の「教育者“pedagogue”」という言葉には、お 馴染(なじ) みの「先生“teacher”」よりもスマートで高級なイメージがあるが、皮肉なことに元々の“pedagogue”は奴隷を指していた。彼らの役目は、子どもの授業に付き添い、マナーに反した振る舞いがないか目を光らせることだった。学校はさまざまなスキルを学ぶ場所だ。しかし、古代ギリシャの学校では、何よりもまず集団の一員となることを集中的に教えたのである。

現代の学校にも、子どもが社会の一員となるために知るべきこと、身につけるべきことを学ばせる教科や活動がある。社会的、文化的価値観を伝え、心をひとつにする体験をさせる、要するに社会的教育を施そうという意欲は健在なのだ。アメリカの大学におけるスポーツ重視はその一例だろう。

アメリカでは小さな町でも、教育施設となれば、ヨーロッパのプロスポーツチームより大きなスタジアムを所有している。試合をすれば、満員の観客が入る。

中国では、子どもたちが校庭を埋め尽くすように並び、動きを(そろ) えて太極拳に勤しむ。

イギリスも同じだ。何世代にもわたり、学校で聖歌を歌い、正しい行い、善い行いについて学んでいる。クリケットに参加することは、フェアプレーやスポーツマンシップについて知る機会でもある。

社会の中で大切にされている価値観を、子どもに教えようとしない学校など存在しない。無私無欲、慈善、敬意、その他、望ましいとされる重要な理念は山ほどある。

学校や物語を通して、子どもは多くのことを学ぶ。しかし、お気づきだろうか。こうした学習のほとんどが、思考法を学ぶことにはつながらない。物語やスポーツ、音楽、その他コミュニティーの価値観を反映した教育活動は、どう考えるかを教えず、何を信じるかばかり教えている。何よりも、社会的教育の枠組みでは、思考することについて教えたくても教えられない。それが、一番の問題である。

*9 ホメロス……紀元前8世紀頃の吟遊詩人。ギリシャ最古の叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』の作者とされる。伝承では盲目であったともいわれるが、実在するかどうかも、詳細も不明である。
*10 アリストパネス……紀元前446頃-紀元前385頃。古代ギリシャの喜劇詩人、風刺詩人。代表作『雲』はソクラテスに仮託する形で当時のソフィストたちを風刺している。
賢い人の秘密 天才アリストテレスが史上最も偉大な王に教えた「6つの知恵」
【著】クレイグ・アダムス(Craig Adams)
オックスフォード大学で言語学と現代語を学ぶ。ノン・フィクションの編集者として出版社で働いた後、教育という使命に目覚めた。しかし、学生に一番大切なアイデアを伝えず、関係ないことばかり教えるカリキュラムに幻滅し、本書を執筆するために教職を離れた。ロンドン在住。
【訳】池田真弥子(いけだ・まみこ)
上智大学文学部心理学科卒業。卒業後、臨床心理士として医療、教育、福祉などさまざまな現場を経験する。専門は発達障害。発達障害の支援に関して海外で先進的な取り組みがなされていることから新しい知見に興味を持っていたところ、家族の転勤があり、帯同。カルチャーギャップに苦しみつつ、国境を越えて研究成果や価値観を紹介し合うことの大切さに気づき、翻訳家を目指す。スクールカウンセラーとして中学校で勤務した経験から教育にも関心があり、本書『The Six Secrets of Intelligence』と出会った。本書が翻訳書のデビュー作となる。2児の母。

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