できるビジネスマンは日本酒を飲む
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(本記事は、中條 一夫氏の著書『できるビジネスマンは日本酒を飲む ―外国人の心をつかむ最強ツール「SAKE」活用術』=時事通信社、2020年10月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

外国人にも分かる「サケって何?」

答えるのが難しい三つの理由と三つの対策

外国人に日本酒を勧めようとしたら最初に聞かれるのが「日本酒って何?」という質問です。実際には「サケって何?」と聞かれると思います。最初に聞かれるこの質問が、実は私にとって答えるのが最も難しい質問でもあります。

難しい理由は三つあります。一つ目は「正しい答えが正解とは限らない」こと。二つ目が「相手によって正解は異なる」こと。三つ目が「回答時間には限りがある」ことです。

しかも、ここで答え方を外してしまうと、相手がそのまま日本酒への関心を失ってしまうかもしれないので、責任重大です。

①正しい答えが正解とは限らない

外国人から「サケって何?」と聞かれて「米、米こうじ及び水を原料として発酵させて、こしたものです」と法律上の定義(酒税法第三条七項イ)を答えても正解にはなりません。

あるいは、日本酒の入門書に真っ先に出てくる

「酒類には発泡性酒類・醸造酒類・蒸留酒類・混成酒類があり、日本酒は醸造酒類です」と法律上の分類を答えても正解にはなりません。(いまはこれらの専門用語の意味は分からなくて構いません)

これらの答えが正しいか間違いかといわれれば、確かに正しいのですが、でも、これを外国語に訳して外国人に伝えれば正解かといえば、そうではありません。外国人が知りたいのは日本の酒税法の定義ではありません。そもそも日本人だって、この説明では日本酒をイメージできないと思います。外国人であればなおさらです。外国人の求める回答を考えなければなりません。これが「日本酒って何?」という質問に答えるのが難しい一つ目の理由です。

②質問する相手によって正解は異なる

外国人が「サケって何?」と質問する際、日本酒の何を最初に知りたいでしょうか。

私が知らない外国のお酒に出会ったら、最初に「どこの国のお酒か」を知りたいです。次に「何から造られた酒か」を知りたいです。そして「いま自分はこれを飲むべきか断るべきか」を決めたいので、「強い酒か、アルコール度数がどの程度か」を知りたいです。

以上は私が尋ねてみたい関心事項であり、人により尋ねてみたい関心事項は異なると思います。「どんな味なのか」「どうやって飲むのか」「どんな料理に合うのか」を真っ先に知りたい人もいると思います。

相手の日本全般あるいは酒類全般に対する基礎知識と関心の強さによって、相手が日本酒について知りたいことも異なれば、納得する答えのレベルも異なります。軽く尋ねた人に詳細に答えても聞き流されますし、料理との相性を知りたい人に日本酒の歴史を説明しても響きません。これが「日本酒って何?」という質問に答えるのが難しい二つ目の理由です。

③回答時間には限りがある

あなたが外国人から「サケって何?」と尋ねられたとします。これが日本食レストランで一緒に着席してメニューを見ているところ、という状況であれば、相手が望めば日本酒を飲み交わしながら食事の間一時間近く日本酒の話をすることができます。しかし、移動中や休み時間に会話をしていてたまたま日本酒の話が出た状況であれば、一分程度で収める必要があるでしょう。あるいは、立食形式のレセプションのドリンクコーナーやブースの前で何を飲もうか選んでいる状況であれば、五秒で答えないと「ああ、もういいや」と立ち去られてしまうでしょう。

試験やクイズに制限時間があるように、日本酒とは何かを問われた際にも、状況に応じて暗黙の回答時間があります。どんなに正確な回答でも最後まで相手に聞いてもらえなければ回答したことになりません。たとえ説明不十分であっても与えられたタイミングに応じた回答をしなければなりません。これが「日本酒って何?」という質問に答えるのが難しい三つ目の理由です。

万人向けの正解がないから対策を工夫する余地がある

どのような外国人も納得する単一の正解はないのですから、自分なりに対策を工夫するしかありません。私は次のような三つの対策の工夫をしています。

①専門用語は使わない

日本語の専門用語があると、それを直訳して説明したつもりになってしまいます。できるだけ意識して専門用語は使わないようにしています。

②自分の定石を決める

相手の関心分野や知りたいことが推察できればそれに合わせますが、分からない場合は仕方がないので、自分なりの定石、つまりデフォルトの説明手順を決めておくと、とっさの質問にも迷いません。私は特段の参考情報がなければ「白ワインに似ていますが、日本のコメで造られているんですよ」という一言で始め、相手の反応に応じていくつかの後続パターンを用意しています。

③新聞記者が記事を書く要領で説明する

新聞記事は「見出し、リード、本文」で構成されています。最初に結論と要点を述べた上で補足説明を加えていく要領です。本文後半は紙面の編集都合で短縮されることがあるので、段落単位でカットされても違和感のないよう意識して書かれています。

日本酒の説明でも、最初の五秒で相手が興味を示してくれたら、相手の反応をみながら、自分の得意分野の範囲内で、少しずつ説明を追加していくようにしています。

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中條一夫(ちゅうじょう・かずお)
国際きき酒師(外国人に日本酒の説明・提供を外国語で行うスペシャリスト)。1967 年北九州市生まれ。1987 年福岡県立東筑高校卒。1992 年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程専修コース修了。1992 年外務省入省。1993 年の東京サミットの際、晩餐会で日本酒が乾杯酒に使われたことに感銘を受ける。その後、海外駐在(4か国11 年間)や海外出張(数十か国・地域)を通じ、外国人に対して日本食および日本酒の紹介や説明を行った経験多数。帰国後も週末の酒蔵訪問や日本酒イベントのボランティア等を通じて研鑽を重ねつつ、日本人・外国人を問わず、酒蔵案内、講演(外務省の在外公館赴任前研修での日本酒講座講師など)、自主セミナーを通じ、日本酒・焼酎をはじめとする日本産酒類の魅力を伝えている。2014 年、第四回世界きき酒師コンクール決勝大会で審査員特別賞受賞。2018 年、日本酒英語資格三冠達成第一号(SSI 国際きき酒師、WEST サケ・レベル3、JSA サケ・ディプロマ・インターナショナル)。他にSSI 焼酎きき酒師、日本酒学講師等。

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