人生を豊かにしたい人のためのウイスキー
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(本記事は、土屋 守氏の著書『人生を豊かにしたい人のためのウイスキー』=マイナビ出版、2021年3月24日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

ウイスキーファンの一人として、近年のブームはとてもうれしく思っています。しかし、あまりの過熱ぶりに、ウイスキー業界では今、いくつかの問題が起きています。

その一つが原酒不足です。たとえば、スコッチは1980年代から1990年代にかけて、ジャパニーズは1980年代から2000年代にかけて、長い不況を経験しています。その時期、多くの蒸留所がウイスキーの生産量をぎりぎりまで抑えて耐え忍んでいました。スコットランドのメーカーのなかには、耐えきれずに閉鎖してしまった蒸留所も少なくありません。ところが、近年の急激な需要の高まりにより、10年物、20年物、30年物といった熟成の長い原酒が不足するようになったのです。

その結果、二つの現象が起きています。一つは、熟成年数を表記しない「ノンエイジ」と呼ばれる製品の増加です。ただ、誤解がないように説明しておくと、ノンエイジ=熟成されていないウイスキーでもなければ、原酒のすべてが熟成期間の短いものというわけでもありません。ウイスキーのラベルに表記される熟成年数は、使われている原酒の最低熟成年数を示しています。

たとえば、ラベルに「白州10年」と書かれていれば、使われている原酒のなかで熟成年数が最も若いのが10年であることを意味します。つまり、15年物、20年物の原酒が使われている可能性もあるのです。したがって、ノンエイジの製品にも、10年物や15年物が使われている可能性は十分あります。

ノンエイジ製品が増える一方で、熟成年数を表記した「エイジング」製品の終売が相次いでいます。この現象はとりわけ日本で顕著で、ニッカウヰスキーの竹鶴ピュアモルト17年・21年・25年、サントリーの白州10年・12年、山崎10年、響17年など、エイジング製品が次々と終売、あるいは休止になっているのです。

ウイスキーメーカーは今、生産ラインを拡充して増産に努めていますが、2021年に仕込んだ原酒が、熟成のピークを迎えるのは10年以上先になります。そして、その10年後もウイスキーブームが続いているかどうかは誰にもわかりません。ここが、ウイスキービジネスの非常に難しいところなのです。いずれにしても、原酒不足の解消には長い時間がかかるでしょう。

原酒不足に加えて、ジャパニーズウイスキーには定義に関する問題もあります。ジャパニーズウイスキーの定義はほかの五大ウイスキーに比べて非常にゆるいものとなっています。したがって、日本では次のような蒸留酒も「ジャパニーズウイスキー」を名乗れてしまうのです。

  • 国内でつくられたモルトウイスキー、またはグレーンウイスキーが1割、残りの9割がウイスキーではない醸造アルコールの製品
  • 海外から輸入したウイスキーを日本で瓶詰めした製品
  • 大麦麦芽を糖化・発酵・蒸留し、その後、樽で熟成せずに瓶詰めした製品

実際、国内のスーパーマーケットや酒販店では、右のようなお酒が「ジャパニーズウイスキー」として売られていますし、海外にも輸出されています。これは、国内の消費者も、海外の消費者も裏切る行為ではないでしょうか。

しかし、2021年2月、大きな動きがありました。それは、日本洋酒酒造組合からジャパニーズウイスキーの定義が発表されたことです。

実は2016年8月に、私が主宰するウイスキー文化研究所は、ジャパニーズウイスキーに定義がないのはおかしいと、記者会見をして問題を投げかけていました。そのときに、「定義問題を引き取らせてほしい」といってくれたのが、日本洋酒酒造組合です。

当時ウイスキーをつくるメーカーが30〜40社加盟していたと思います。もちろん民間団体である私たちがやるより、国税庁の外郭団体である酒造組合がやるほうが正統であると、よろこんで策定をおまかせしました。それがようやく、2021年2月に形になったのです。

これは「ジャパニーズウイスキー」という特定用語を用いる際の製造規準ですが、概要を記すと以下のようになります。

①原料は麦芽、穀類、水で、水は日本国内で採水されたものに限る。糖化には必ず麦芽を用いること
②糖化、発酵、蒸留は日本国内の蒸留所で行うこと
③蒸留の際の留出アルコール度数は95%未満とする
④熟成は容量700リットル以下の木製樽に詰めて、日本国内で3年以上行うこと
⑤瓶詰めは日本国内で行い、充填時のアルコール分は40%以上であること。その際、色調整のためにカラメルを添加することは認められる

今回の定義によって、ジャパニーズウイスキーと名乗れるものは、日本国内で糖化・発酵・蒸留を行い、日本国内で木製樽に詰めて3年以上熟成させたものと、明確に規定されています。外国産のウイスキーを加えたり、ウイスキーではない醸造アルコールを混ぜたりしたものは、ジャパニーズウイスキーとは、名乗れなくなります。

さらにいえば、仕込の水も日本産であること、そして瓶詰めも日本国内で行うことなど、かなり厳格な定義になっています。スコッチウイスキーでも水については言及していませんし、シングルモルトを除いては、瓶詰めはスコットランド国内でなくても構わないとなっています。ある意味、スコッチ以上に厳しい定義なのです。

ただ、問題がないわけではありません。これはあくまでも酒造組合の内規であって、組合に加盟していなければ、その限りではありませんし、違反しても罰則規定がないのです。それでも、今回の定義は日本のウイスキー100年の歴史の中で、大きな一歩、画期的な出来事と大いに評価していいものと、私は思っています。

人生を豊かにしたい人のためのウイスキー
土屋 守
作家、ジャーナリスト、ウイスキー評論家、ウイスキー文化研究所代表。1954年、新潟県佐渡生まれ。学習院大学文学部国文学科卒業。フォトジャーナリスト、新潮社『FOCUS』編集部などを経て、1987年に渡英。1988年から4年間、ロンドンで日本語月刊情報誌『ジャーニー』の編集長を務める。取材で行ったスコットランドで初めてスコッチのシングルモルトと出会い、スコッチにのめり込む。日本初のウイスキー専門誌『The Whisky World』(2005年3月-2016年12月)、『ウイスキー通信』(2001年3月-2016年12月)の編集長として活躍し、現在はその2つを融合させた新雑誌『Whisky Galore』 (2017年2月創刊)の編集長を務める。1998年、ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人として選ばれる。主な著書に、『シングルモルトウィスキー大全』(小学館)、『竹鶴政孝とウイスキー』(東京書籍)ほか多数。

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