人生を豊かにしたい人のためのウイスキー
(画像=Jag_cz/stock.adobe.com)

(本記事は、土屋 守氏の著書『人生を豊かにしたい人のためのウイスキー』=マイナビ出版、2021年3月24日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

国内のウイスキー産業も大きく変化しています。

2009年以降、ジャパニーズウイスキーの国内消費量は順調に回復し、輸出も着実に増えていました。

アメリカからはじまったクラフトディスティラリーの波は、当然、日本にも打ち寄せ、2016年ころからクラフトディスティラリーが相次いで誕生しています。私が編集長を務めるウイスキー専門誌『ウイスキーガロア』(ウイスキー文化研究所)は、2017年3月の創刊です。創刊号の特集テーマは「日本のクラフト蒸留所」で、国内の13の蒸留所を取り上げました。それから4年近く経った2021年1月の時点で、国内のクラフトディスティラリーの数は40近くになります(ウイスキー製造免許の取得の関係で公表できないものや計画段階のものも含む)。

ここで、「1980年代に日本で流行した地ウイスキーと、2016年ころから増えたクラフトディスティラリーのウイスキーってどう違うの?」と疑問に思った方もいるかもしれません。小規模な蒸留所がつくるウイスキーという点では、地ウイスキーもクラフトウイスキーも同じです。しかし、〝中身〟はまったくの別物といっていいでしょう。

というのも、地ウイスキーの多くは2級ウイスキーで、ブレンデッドでした。また、原酒よりも醸造アルコールが主体という製品が珍しくなく、その原酒も、メーカーによっては他社あるいは海外から仕入れていました。

一方、現在のクラフトウイスキーの主流はシングルモルトで、当然、自社産のモルト原酒100%です。近年のウイスキーブームで操業を再開した地ウイスキーメーカーも少なくありませんが、現在はシングルモルトに力を入れています。地ウイスキーとクラフトウイスキーとは、まったくの別物なのです。

さて、ジャパニーズウイスキーは近年、海外での知名度が非常に高まっています。新型コロナの感染拡大以前、国内の蒸留所には外国人観光客が大勢訪れていました。

見学客の2~3割は外国人観光客という蒸留所もあり、英語、フランス語、中国語、韓国語など多言語案内表示に対応している蒸留所も増えています。これは、サントリー、ニッカ、キリンの大手メーカーだけの話ではありません。地方のクラフトディスティラリーも同様です。

また、サザビーズやクリスティーズ、ボナムズといった世界的に有名なオークションでもジャパニーズウイスキーは人気で、海外の資産家たちによって高値で落札されています。

ジャパニーズウイスキーが海外でこれほど人気な理由としては、

①メイドインジャパン(日本製)への根強い信頼
②和食をはじめとする日本の食文化への興味・憧れ
③ジャパニーズウイスキーに共通する繊細でバランスがよい香味
④世界的な品評会での輝かしい受賞歴

などが挙げられます。

③の「繊細でバランスがよい」は、ジャパニーズウイスキーの評価としてよく使われる表現です。もちろん、国産ウイスキーにもスモーキーなものもあれば、パンチが効いたものもあります。それでも、全体の傾向として「繊細でバランスがよい」と指摘されます。これは、日本ならではの業界事情が育んだ特性といえるかもしれません。

たとえばスコッチのブレンデッドには、数十種類のモルト原酒とグレーン原酒が使われています。そして、それぞれの原酒は基本的に別々の蒸留所でつくられています。

一方、日本では、自社のブレンデッドに他社の蒸留所の原酒を使うことはありません。ゆえに、国内のメーカーがブレンデッドをリリースしようと思ったら、自前で複数の原酒を用意するほかないのです。

実際、サントリー、ニッカ、キリンは自社でモルト原酒とグレーン原酒の両方をつくっていますし、サントリーとニッカは原酒の幅を広げるために二つの蒸留所を持っています。結果として、国内のウイスキーメーカーは、何百、何千という原酒をつくり分ける知見と技術を磨くことができました。

加えて、和食に慣れ親しんできた日本人は、刺激が強い味よりも繊細でバランスのとれた味を好む傾向があります。日本のウイスキーメーカーは、このような日本人の嗜好に寄り添って製品開発をしてきました。ほかにも、日本の穏やかな気候風土、有機物の少ない水も、ジャパニーズウイスキーの風味を決める重要な要素となっています。このようなさまざまな事情や要素が重なり合い、ジャパニーズウイスキーは「繊細でバランスがよい」ものに仕上がっているのではないでしょうか。

④については、ウイスキーファンならよくご存じでしょう。名だたる品評会の上位ランクには、ジャパニーズウイスキーの名が必ずあるといっても過言ではありません。

国際的なウイスキーの品評会の一つ、ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)の2020年大会では、16あるカテゴリーのうち3つのカテゴリーでジャパニーズウイスキーが世界最高賞を受賞しています。

《WWA2020の結果》

  • サントリー「白州25年」 ワールドベスト・シングルモルトウイスキー部門にて、世界最高賞を受賞
  • ベンチャーウイスキー「イチローズモルト&グレーン ジャパニーズブレンデッドウイスキー リミテッドエディション2020」 ワールドベスト・ブレンデッドウイスキー・リミテッドリリース部門にて、世界最高賞を受賞
  • キリンディスティラリー「シングルグレーンウイスキー富士30年」 ワールドベスト・グレーンウイスキー部門にて、世界最高賞を受賞

また、2020年に開催された、第2回東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)では、サントリーの「エッセンス・オブ・サントリーウイスキー 山崎蒸溜所リフィルシェリーカスク」と、本坊酒造の「駒ヶ岳 1991 28年 シングルカスクNO.160」が最高金賞に選ばれています。

本坊酒造は1872(明治5)年創業の酒類メーカーです。地ウイスキーブーム時代には「マルスウイスキー」がヒットし、西の雄として名を馳せました。その後、一時期はウイスキーの生産を休止していましたが、2011(平成23)年に再開し、現在はマルス信州蒸溜所とマルス津貫蒸溜所の二つの蒸留所を持ちます。サントリー、ニッカウヰスキーの大手以外で二つの蒸留所を持つのは、本書執筆時点ではベンチャーウイスキーと本坊酒造だけです。

人生を豊かにしたい人のためのウイスキー
土屋 守
作家、ジャーナリスト、ウイスキー評論家、ウイスキー文化研究所代表。1954年、新潟県佐渡生まれ。学習院大学文学部国文学科卒業。フォトジャーナリスト、新潮社『FOCUS』編集部などを経て、1987年に渡英。1988年から4年間、ロンドンで日本語月刊情報誌『ジャーニー』の編集長を務める。取材で行ったスコットランドで初めてスコッチのシングルモルトと出会い、スコッチにのめり込む。日本初のウイスキー専門誌『The Whisky World』(2005年3月-2016年12月)、『ウイスキー通信』(2001年3月-2016年12月)の編集長として活躍し、現在はその2つを融合させた新雑誌『Whisky Galore』 (2017年2月創刊)の編集長を務める。1998年、ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人として選ばれる。主な著書に、『シングルモルトウィスキー大全』(小学館)、『竹鶴政孝とウイスキー』(東京書籍)ほか多数。

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