中小企業の経営者が亡くなった場合、その経営者(被相続人といいます)が所有していた当該企業の株式等は、相続人が承継することになります。
しかし、その際に、株式の価値が意外に高く評価され、相続税を支払えないという事態が生じ、その結果、企業が廃業に追い込まれてしまうという事例が少なからず生じています。
そこで、国は、かかる事態を回避するために、事業承継に関する円滑化のための制度を設けています。
本記事では、その制度自体について確認するとともに、この制度に関して平成30年の税制改正によって新たに設けられた特例措置について見ていきたいと思います。
1.事業承継税制(一般措置)
(1)問題の所在
中小企業の経営者が亡くなったことに伴い、相続人が事業を継続しようとする場合、経営者が有していた当該会社の株式を相続により取得することになります。
ところが、この株式の相続に伴う相続税が高く、その相続税・贈与税を支払えず、結局、事業をたたまなければならないという自体が生じています。
このことは、相続人にとって仕事を失うという意味で酷な結果となるだけでなく、その会社に勤務していた多数の従業員にとっても職場を失うこととなり、さらには、技術力などがある中小企業が廃業することによる経済全体への損害も無視できません。
そこで、国は、かかる事態を回避するために、後継者である相続人等が、相続等によって経済産業大臣の認定を受けた非上場の株式等を被相続人から相続し、会社経営を続けていく場合について、相続税・贈与税の支払いを猶予し、さらには、その後継者が亡くなった場合には猶予されていた相続税の支払い自体を免除するという制度を設けていました(平成20年の経営承継円滑化法による)。
これを「事業承継税制」といいます。
なお、この制度は、相続の場合だけでなく、経営者が株式を後継者に贈与する場合についても定めていますが、本記事では、あくまでも先代経営者が亡くなったことによって相続人が株式を相続により承継する場合に限って説明することとします。
(2)概要
従来の事業承継税制においては、以下のような制限があり、現実にはなかなか利用されていなかったのが実情でした。
- 猶予の対象となる株式が、相続等によって取得する株式の2/3を上限としていた
- 納税を猶予されるのも、相続税の全額ではなく80%にとどまった
- 適用を受けられる後継者は1人に限定されていた
- 事業承継後、5年間は相続時の雇用の平均8割の雇用維持が条件とされていた
2.平成30年度税制改正による特別措置の創設
平成30年度税制改正において、これまでの一般措置に加えて、10年間の期間限定措置として、納税猶予の対象となる非上場株式の制限の撤廃(一般措置では総株式数の最大2/3であったのを後継者が取得する全株式を対象に、納税猶予割合の引き上げ(一般措置では80%だったのを100%に拡大)、事業承継者の拡大(一般措置では後継者は1名のみだったのを最大3名まで指定可能に)等を行いました。
一般措置と特例措置の違いをまとめると以下のようになります。
一般措置 | 特例措置 | |
---|---|---|
事前の計画策定 | 不要 | 2018年4月1日から2023年3月31日までの5年間の間に特例承継計画の提出が必要 |
適用期限 | なし | 2018年1月1日から2027年12月31日までの10年間の間に生じた贈与・相続 |
対象株数 | 総株式数の最大2/3まで | 後継者が取得する全ての発行済み議決権株式 |
納税猶予割合 | 贈与の場合は贈与税の100% 相続の場合は相続税の80% |
贈与税・相続税とも100% |
承継パターン | 複数の株主から代表権を有することとなる1人の後継者への承継のみ | 複数の株主から最大代表権を有することとなる3名の後継者への承継まで適用可能 |
雇用確保要件 | 承継後5年間は平均して8割の雇用を確保することが必要 →この要件を満たさなくなった場合には猶予は打ち切られる |
原則として8割雇用の要件は適用されるが、要件を満たせなかった理由を記載した報告書を提出し、その確認を受けた場合には引き続き猶予が認められる。 |
事業継続が困難となった場合の免除 | なし →猶予税額の納付義務が生じる |
あり →株式の譲渡対価の額、合併対価の額、解散時の相続税評価額を基に再計算した猶予額の納付により、従来の猶予税額との差額を免除する制度あり |
相続時精算課税の適用 | 60歳以上の贈与者から20歳以上の推定相続人・孫への贈与 | 60歳以上の者から20歳以上の者への贈与 |
3.具体的な制度の内容
特例措置は、一般措置をベースとして、それに加えて適用範囲を拡大したり、要件を緩和したものです。
(1)被相続人(先代経営者)の要件
①当該会社の代表者であること
②相続開始日の直前において当該被相続人と、その同族関係者で、その会社の発行済み株式総数の過半数を保有していて、かつ、その同族関係者内において筆頭株主であること(ただし、後継者となる相続人を除く)。
(2)相続人(後継者)の要件
①相続開始日の直前において、被相続人の親族であること
②相続開始の直前において、当該会社の役員であり、かつ、相続開始日の翌日から5ヶ月を経過する日において、当該会社の代表者に就任していること
③相続開始のときにおいて、相続人と同族関係者で発行済み株式総数の過半数を保有していて、かつ、同族関係者内で筆頭株主となること
④特例承継計画書に記載された後継者であること
(3)対象会社の要件
①上場企業、中小企業に該当しない会社、風俗営業会社、資産運用会社、総収入金額がゼロの会社、従業員数がゼロの会社、のいずれにも該当しないこと
②2018年4月1日から2023年3月31日までの間に特例承継計画(認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けたもの)を都道府県に提出した会社であること
(4)担保提供
猶予を受けるためには、猶予される相続税額及びその利子税の額に見合う担保を提供する必要があります。
(5)猶予される株式割合
一般措置では、対象となる株式は最大で発行済み株式総数の2/3とされ、さらに、猶予を受けることができる割合も後継者が取得する株式の内の80%とされています。
仮に、被相続人が100%の株式を持っていて、それを長男1人が相続するとした場合でも、長男が猶予を受けられるのは、
100%×2/3×80%=53.3%
にとどまることになります。
例えば、その株式総数の評価額が仮に1億円であり、他に相続人はなく、また、他に財産がないとすると、長男が納める相続税は
(1億円-基礎控除額3,600万円)×30%(税率)-700万円(控除額)=1,220万円
となります。
このうち、53.3%が猶予を受けられるとしても、残りの46.7%(569万7,400円)は通常通り納税義務を負うことになります。
これが、今回の特例措置では、後継者が取得した全株式について100%猶予を受けられるため、上記の例の場合、後継者は1,220万円の全額について猶予を受けることができ、相続時においては一切納税を行わなくてもいいことになります。
(6)猶予の打ち切り事由
①申告書の提出から5年を経過するまでの期間(経営承継期間)において以下の事由が生じた場合は猶予は打ち切られます。
- 後継者が代表者でなくなった場合
- 同族で過半数の議決権を有しないこととなった場合
- 後継者が株式の全部または一部を譲渡した場合
- 会社が資産管理会社に該当した場合
- 会社が解散した場合
これらの事由に該当したことにより、猶予を打ち切られた場合には、後継者は猶予されていた相続税の全額と、利子税を合わせて納付しなければならないこととなります。
なお、一般措置では、雇用の確保が重視され、事業承継後5年間の平均で、相続開始時の雇用の8割を維持することが求められていて、もしこれを満たさない場合には、納税猶予は打ち切られることとなっていました(一説には、これが、これまで事業承継税制の利用を躊躇させていた原因ともいわれています)。
これに対して、今回の特例措置においては、万一、雇用維持要件を満たせない事態となった場合でも都道府県に報告書を提出することによって、猶予の継続が認められるようになりました。
②経営承継期間後における打ち切り事由
- 後継者が株式の全部または一部を譲渡した場合
- 会社が資産保有会社になった場合
- 会社が解散した場合
これらによって、猶予が打ち切られた場合には、以下の処理となります。
会社が資産管理会社となった場合、会社が解散した場合については、猶予された相続税額の全額と利子税を合わせて支払うことになります。
一方、株式の譲渡がなされた場合については、猶予された相続税の内、譲渡した株式に該当する部分の相続税と利子税を納めることになります。
4.手続き
(1)特例承認計画の提出・確認
事業承継税制(特例)の適用を受けるためには、2018年4月1日から2023年3月31日までの間に、特例承認計画書を、当該会社が所在する都道府県に提出し、その確認を受ける必要があります。
この際、特例承継計画には、後継者の氏名、事業承継の予定時期、承継時までの経営見通し、承継後5年間の事業計画等を記載し、その内容について認定経営革新等支援機関(商工会議所、金融機関、税理士、公認会計士、弁護士等が認定されています)による指導および助言を受ける必要があります。
(2)円滑化法の認定・会社後継者に関する要件の判定
相続開始後に、会社の要件、後継者(相続人)の要件、被相続人の要件が満たされていることについて、都道府県知事による「円滑化法の認定」を受ける必要があります。
(3)申告書の提出
相続税の納付期限(相続開始から10ヵ月)までに、特例措置の適用を受ける旨を記載した相続税の申告書および所定の書類を税務署にて移出するとともに、必要な担保を提供する必要があります。
(4)報告書等の提出
①年次報告書の提出
申告期限後は、年1回、年次報告書を都道府県に提出しなければなりません。
②継続届出書の提出
年1回、継続届出書を税務署に提出しなければなりません。
③5年経過時の実績報告
5年間の報告期間が経過した時点で、実績報告を提出しなければなりません。
④報告期間経過後においては、3年に1回、継続届出書の提出を行います。
(5)後継者が亡くなった場合
本制度によって相続税の猶予を受けた後継者が亡くなった場合には、猶予を受けていた相続税は免除されることになります。
まとめ
以上、事業承継税制の概要について見てきました。
この制度自体は、特例措置によって、非常にメリットが大きいものになったといえるでしょう。
ただ、一方で、要件に違反した場合などには打ち切りがなされ、利子税も含めて支払わなければならないため、その適用についてはきちんと条件などを確認した上で行う必要があると思われます。(提供:ベンチャーサポート法律事務所)