「人」が育つ組織 首都圏最大規模の動物病院グループが大切にするチームマネジメント
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(本記事は、生田目 康道氏の著書『「人」が育つ組織 首都圏最大規模の動物病院グループが大切にするチームマネジメント』=アスコム、2022年11月29日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

動物病院の事業環境が変化している

序章では、わたしが個人的に体験したことや見てきたことをもとに、動物病院のチーム経営を志したストーリーを述べてきました。

では業界全体としてはどうなのでしょうか。これまで個人商店のようなスタイルで成り立ってきた日本の動物病院に、チーム経営は必要なのでしょうか。この章では、これからの動物病院にチーム経営が求められる背景を紐解いていきます。

わたしは、動物医療はいま、産業が変革の過渡期にあると考えています。

獣医師は、これまでのように資格と実績を持って独立すれば、それだけで事業が成り立つ職業ではなくなっていく。そんな危機感があります。

まず、動物病院を取り巻く事業環境の変化を見過ごすことはできません。人間とペットの関係はこの30年ほどで激変し、動物病院へのニーズも大きく変わりました。

例えば、犬の生活環境を考えてみましょう。以前は、かなりラフに犬が飼われている光景も、珍しくありませんでした。

飼い犬の多くは雑種犬で、お手製の犬小屋で暮らし、餌はボコボコに凹んだ鍋で食べている。夏になるとせっせと穴を掘り、そこに寝そべってお腹をつけて体温を冷やす。人が来ると、つながれた鎖を目一杯に伸ばし近くまで行ってワンワンと吠える……。昭和から平成初期くらいまでは、そんな風景をあちこちで目にしました。

犬の主な役割が「番犬」にあった時代の名残だったのでしょう。ペットを人間並みの「家族」として扱うことがあたりまえになったいまの飼育の基準に比べると、だいぶラフな飼われ方をしていた犬が多かったと思います。

こうした犬たちが、なぜ番犬から家族へと立場を変えていったのでしょう?複合的な要因がありますが、ひとつには特定の犬種を飼うことの流行があると思います。

1980年代にはシェットランド・シープドッグやシベリアン・ハスキーのブームなどが起こりました。その他にも、ゴールデン・レトリーバーやラブラドール・レトリーバーなどの大型犬も人気を博します。

その後、人気は大型犬から小型犬にシフトしていき、トイプードルや消費者金融のCMなどで話題を集めたチワワなど、体が小さく体重が軽い犬種が愛されるようになりました。トイプードルやチワワを屋外で飼う人はまずいないでしょう。その結果、それまでは少なかった、家のなかで犬を飼うスタイルが定着していったという流れです。

また、ペットフードが充実し、ペットを飼いやすい環境ができてきたことも影響しているでしょう。

ペットの食事といえば、かつては家庭の食事の残りを与えられていた犬が多くいました。

ペットフードの種類は少なく、内容も質素でした。

それがいまでは小型犬用や大型犬用といった犬種に合わせたものや、幼犬用、成長期の犬用、成犬用、老犬用といった年齢に合わせたものまで、実に豊富で高品質なペットフードが販売されています。

また、それらのほぼすべてがペットの健康に配慮し、むかしに比べ品質が大きく向上しています。

そんなペットフードの進化と歩調を合わせるように、日本という国が豊かになり、ペットとの暮らしにお金をかけられるようになってきた結果、ペットは家族へと立場を変えていったのだと思います。

心の豊かさが重視されるようになった現代社会では、人間とペットの関わり方も変わりました。「精神的な支え」「精神的な癒やし」を求めて動物を飼う人々が増え、人間の心に寄り添う存在となりました。

ペットは、単なる動物という立場から、ともに暮らす「コンパニオンアニマル」へと変わったのです。

劇的に進歩した動物医療技術

ペットの価値に大きな変化が生まれると、動物医療の世界にも影響が出るようになりました。

ペットという〝家族〟の健康を託される動物病院には、これまで以上に機能が求められるようになり、動物医療そのものの高度化や専門分化へのニーズも高まっていったのです。

日本の動物医療を草創期から支えてきた長いキャリアを持つ獣医師の方々と話をしていると、特にこの20年間の変化はめまぐるしかったという声が聞こえてきます。「いまの動物医療は、かつてとは雲泥の差だよ」。そんなふうに語る獣医師は多いものです。

ひとむかし前の動物病院での検査といえば、せいぜいレントゲン検査や血液検査が関の山でした。しかしいまでは、CT、MRI、超音波検査なども受けられるようになってきていますし、救命救急医療も存在します。腫瘍の研究や再生医療の研究といった人間の医療でもホットな領域についても、かなり注力されています。麻酔の技術をはじめ、手術用の道具や検査用の機材などが日進月歩で新しくなり、種類も格段に増えました。

犬や猫で頻繁に行われる不妊手術を例にとってみても、近年は麻酔をかける前から点滴を行って隠れた脱水をケアするようになりました。また痛みに関しては、手術前から痛みのケアを行い、手術中・手術後もさまざまな手技と薬剤を用いて痛みをケアする、人と変わらない治療を行っています。

わたしが大学の獣医学科で学んだ頃は、「動物は人間ほどには痛みを感じないものだ」「動物は手術後の痛みにも強い」などといって、そのような配慮はされていませんでした。

しかし、様々な研究が進んで動物がことさら痛みに強いわけではないことがわかってきました。そうして見出された新たな知見が、臨床の現場に続々と導入されています。

専門分化にしても同じことがいえます。若いペットオーナーの方などは信じられないかもしれませんが、いまではとてもニーズの高い皮膚科という専門領域すら、少し前までほぼ存在しないものだったのです。

「人」が育つ組織 首都圏最大規模の動物病院グループが大切にするチームマネジメント
生田目 康道
株式会社JPR 代表取締役社長。獣医師企業家。
日本大学生物資源科学部獣医学科卒。大学卒業後、飲食ベンチャー企業、獣医学系出版社を経て、2003年に株式会社JPRを設立。神奈川県を中心に「近所のやさしい獣医さん」をコンセプトとしたプリモ動物病院グループを展開。地域に根ざした動物病院運営を行う。ペットとペットオーナーの生活の質(Quality of Animal Life = QAL)を向上させるというビジョンのもと、ペット業界に関わる事業共創を行う株式会社QAL startups、教育事業を展開する株式会社エデュワードプレス、動物病院向けプロダクトの開発・販売や経営支援サービスを行う株式会社QIXなど、グループ各社の経営にも関わる。
著書に『「獣医師企業家」と「プリモ動物病院」の挑戦 QAL経営 人と動物の幸せを創造する』(ダイヤモンド社)。

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