(本記事は、生田目 康道氏の著書『「人」が育つ組織 首都圏最大規模の動物病院グループが大切にするチームマネジメント』=アスコム、2022年11月29日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
システムの発想が希薄だった動物病院の実情
経営とはシステムである。この考え方を基盤にして、わたしは動物病院の経営モデルを構築しようとしています。なぜならロールモデルになる動物病院が、現状ではほとんどないからです。
これは、実際に多くの動物病院を見て、獣医師の先生にお会いしてきたなかでわかった課題でした。
飲食系のベンチャーから動物医療へ転身するにあたって、わたしに決定的に欠けていたのは業界の知識です。もちろん獣医学の勉強はしてきましたが、動物病院の経営はおろか、なかで働いたことすらありませんでした。これでは、いくら理想を掲げても、わたしの思い込みか、机上の空論に過ぎないものになってしまいます。
そこで、動物医療業界の実情を知るために飛び込んだのが、株式会社インターズー(現・株式会社エデュワードプレス)。獣医学書などを発行している、トップブランドの獣医学出版社です。当時としてはもっとも業界の情報が集約されている場であり、動物医療のいまを知るうえで申し分ない環境でした。
また、医療そのものだけではなく、医薬品メーカーやペットフードメーカーなどとのコネクションも強く、将来自分が目指すビジネスに広く活かせる情報も多く得られるだろうという期待もありました。
経営部門に近い立場で仕事をしたいという願いもかないました。恩師の力添えと入社面接でのわたしの熱いプレゼンテーションが奏功し、当時の社長の「秘書兼、助手兼、事業開発担当」のようなポジションに就けてもらうことができたのです。
獣医学出版社での仕事は、まさに自分が求めていたものでした。当時著名だった獣医師の先生とは、ほとんどの方とお会いする機会が得られましたし、取材を通して業界内のキーマンにも数多くお会いできました。
インターズーに在籍した数年で見えてきたのが、わたしが理想とするシステムとはほど遠い、動物病院経営の実情です。
動物医療という仕事の特性もあって、過酷な労働環境であっても使命感と頑張りでやり抜くのが、割とあたりまえのように捉えられていました。しかも、それを改善しようとする力が働きにくいこともわかりました。
動物病院では、院長のもとで働く若い獣医師は3~5年ほど修行したのち、自らも開業するというのがよくあるキャリアアップのパターンです。独立に至るまでは給与も休みも少ない修行のような期間が存在するのですが、自分で開業してしまえば労働環境はすっかり変わります。ですから、一時的な勤め先である動物病院の労働環境を改善しようという動きが起きにくいわけです。若い獣医師がやってきては、過酷な環境に数年間耐えて去っていくというループが延々と続く。そんな様子が見えてきました。
「いずれ辞めるし……」という一体感のない組織では、働く人たちの間にもいい雰囲気は生まれにくいだろうし、ペットオーナーの方々とのよりよい関係も望めないのではないでしょうか。
動物病院で働く人に、悪人はほとんどいません。しかし先にも述べたように、ある種の社会的な使命感やプライドから、無理な仕事のやり方も受け入れてしまう。これが働き手や利用者にとって悪い方向にいかないようにするのが、経営でありシステムなのだと思います。
動物病院にチーム経営を
では、動物病院をどのような仕組みで動かしていくべきなのか。どんな経営モデルを描くべきなのか。
日々、思案していたときに出会い、わたしの人生に大きな影響を与えた一冊の本があります。『ベテリナリー・プラクティス・マネジメント』という、2003年にイギリスで刊行された動物病院経営に関する洋書です。そこに示されていたものこそ、チーム経営でした。
インターズーでは海外で出版された書籍を翻訳する権利を買い、翻訳書として出版する事業も行っていました。そのため、翻訳権の売り込みのために、海外で出版された数多くの新しい書籍が送られてきていたのです。『ベテリナリー・プラクティス・マネジメント』もそのなかの一冊でした。
「こんな本があるのか」なんとなくページをめくっていたところで、「これだ!」と膝を打ちました。
心を奪われたのは、そこに描かれていた「動物病院の組織図」です。
この本では、動物病院のあるべきマネジメントの姿を、組織図として描いて論じていました。他の業界であれば、組織図などどこにでも存在しますから特別驚くようなことではないでしょう。
しかし、ひとりの獣医師によって運営されている小規模動物病院が多い日本の動物病院業界では、組織図を描く必要も習慣もなく、わたしもそのようなものを見たことがなかったのです。
日本の動物病院で10人以上の獣医師がいるのは、農林水産省への開設届出によれば、2.5%程度(令和3年)。4〜5人でも多いくらいです。獣医師同士の夫婦と動物看護師が2〜3人、また「勤務医」と呼ばれる若い獣医師が数名いる程度。それくらいの規模での運営がほとんどを占めています。
ところが、『ベテリナリー・プラクティス・マネジメント』では、いわゆる取締役会にあたるボードメンバーのミーティングを設けて、診療を担う獣医師のトップ、動物看護師が務める看護・医療事務のトップ、そこに経営のトップといった3者が参加して、意見を交わしながらマネジメントしていくための組織図が描かれていたのです。
経営と診療がしっかりと分離され、それぞれにぶら下がる各部門も役割を明確にし、それぞれが連携しながら力を尽くしチームで動物病院を動かしていく。それはまさしく、わたしが経営者に憧れ、特に飲食業の経営モデルについて調べていた頃に書籍などでよく目にしていたようなものでした。『ベテリナリー・プラクティス・マネジメント』の内容は、一般的なビジネスの経営メソッドが動物病院に転用できる可能性を示唆するものだったのです。
「仕組みのもとで動いていく動物病院が必要だ」
そんな漠然としたイメージは持ちつつも、実際に動き出すきっかけをつくれずにいたのですが、海外にはそうした動物病院をつくるべきだと提唱している人がいると知ることができ、俄然勇気が湧いてきました。自分の構想がただの空論じゃないと思えたからです。
『ベテリナリー・プラクティス・マネジメント』は、飼い犬だった純太の死に続く、わたしを次の段階へと導いてくれるきっかけとなりました。「この組織で動物病院をやるぞ!」と、モチベーションが一気に高まったわけです。
現在のプリモ動物病院グループの経営でも、この本に書かれていた理念はかなり参考にしています。特に組織についての考え方は、そのままといってもいいほど近いものになっています。
日本大学生物資源科学部獣医学科卒。大学卒業後、飲食ベンチャー企業、獣医学系出版社を経て、2003年に株式会社JPRを設立。神奈川県を中心に「近所のやさしい獣医さん」をコンセプトとしたプリモ動物病院グループを展開。地域に根ざした動物病院運営を行う。ペットとペットオーナーの生活の質(Quality of Animal Life = QAL)を向上させるというビジョンのもと、ペット業界に関わる事業共創を行う株式会社QAL startups、教育事業を展開する株式会社エデュワードプレス、動物病院向けプロダクトの開発・販売や経営支援サービスを行う株式会社QIXなど、グループ各社の経営にも関わる。
著書に『「獣医師企業家」と「プリモ動物病院」の挑戦 QAL経営 人と動物の幸せを創造する』(ダイヤモンド社)。
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