売上を減らそう
中村 朱美(なかむら・あけみ)
1984年生まれ、京都府出身。専門学校の職員として勤務後、2012年に「1日100食限定」をコンセプトに「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」を開業。その後、「すき焼き」と「肉寿司」の専門店をオープン。連日行列のできる超・人気店となったにもかかわらず「残業ゼロ」を実現した飲食店として注目を集める。また、シングルマザーや高齢者をはじめ多様な人材の雇用を促進する取り組みが評価され、2017年に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選出。2019年には日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞(最優秀賞)を受賞。

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商品力の基準はミシュラン掲載店並み

一口に「商品力」と言っても、どのレベルを目指しているのか。

具体的に佰食屋が意識しているのは、「ミシュランガイドに掲載されるお店の料理に匹敵するものを、圧倒的なコストパフォーマンスで実現すること」です。

たとえば、肉寿司では低温調理法を採用していて、特別な調理器具を使い、牛肉の柔らかさを保てるギリギリの温度で、ゆっくりと肉の中心部まで火を入れています。

この調理法は、ミシュランの星付き高級レストランも取り入れているものですが、なかなか大衆向けの店舗で再現することは難しい方法です。けれども、佰食屋では100食という上限が決まっているからこそ、手間のかかる調理法をあえて取り入れることができます。

また、オープンキッチンを採用しているのも、結果として佰食屋の商品力を上げるポイントになっています。

カウンターから調理の様子が見えると、お客様にとって「いま、わたしのオーダーした料理をつくっているな」という安心感につながります。スタッフにとっても、「お客様から見られている」という緊張感が丁寧な作業を後押しします。

海外ではオープンキッチンがあまり一般的ではなく、外国からのお客様にとって、佰食屋の厨房の様子は一種のアトラクションになっているようです。スタッフたちが一切無駄のない動きで料理を仕上げる様子を見て、「Amazing!」と写真や動画を撮って、喜んでくださっています。

佰食屋流 商品開発の4つの条件

商品・店舗開発にあたって、佰食屋はクリアすべき条件を4つ定めています。

  1. 月に1回、自分がその金額を出してでも行きたいお店かどうか
  2. 家庭で再現できないもの
  3. 大手チェーンに参入されにくいもの
  4. みんなのごちそうであること

月に1回、その金額を出してでも自分が行きたいお店かどうか。その判断基準は、「主婦のわたし」にあります。

あまりに価格帯が高すぎると、毎月来るのが難しくなります。わたし自身が、「近所にこんな店があったら月1でランチに来ようかな」と思えなければ、コストパフォーマンスに優れている、とは言えません。

次に、家庭で再現できないもの。主婦感覚で、「スーパーで具材買ったら同じ物できるやん」と思われるメニューでは、何度も来てくれません。

まず、佰食屋のすべてのメニューで使用されている高品質な牛肉を1人前1000円以内で用意することが難しいですし、ステーキの絶妙な焼き加減とスライス、すき焼きの一人サイズの鉄鍋、肉寿司の低温調理・3種異なる調理にかかる手間暇は、それぞれ家庭で簡単には真似できないものです。

3つめは大手チェーンに参入されにくいもの。これまで佰食屋は数々のメディアに取り上げられていますが、いまだにステーキ丼もすき焼きも肉寿司も、ほかのチェーン店には真似されていません。

でも最近、ローストビーフ丼店はよく見かけますよね? その理由は、ローストビーフはオーブンで肉に熱を通し、機械のスライサーで薄切りにすれば、その工程にほとんど技術が必要ないからです。しかし、肉は冷めた状態でないとスライサーにかけられませんし、オーブンで焼いた肉は乾燥しがちなため、冷たくてパサパサした食感になる、というデメリットもあります。

一方、佰食屋のステーキ丼は、焼きたてのステーキをまだ熱いうちにスライスして、ジューシーな状態で提供します。

精肉に必要な技術の習得や、調理にかかる手間暇が大変なのはもちろんのこと、そもそも「原価率50%」という設定自体、大手チェーンでは不可能です。とても本部を運営するほどの利益が出ないからです。

そして4つめ。みんなのごちそうであること。

わたしの実家はとても「裕福」とは言えず、外食をしたことがほとんどありませんでした。

少し背伸びした住宅を購入したことで、「うちは貧乏や」と幼い頃から肌で感じる生活でした。土曜日のお昼ごはんは、近所のスーパーで買った30円のコロッケと、ごはんをお茶碗に1杯のみ。お腹が空いたら、片栗粉に少し砂糖を混ぜてお湯でとく「即席くず湯」を自分で勝手につくって食べていました。

たまの外食も、メニューのなかからできるだけ安いものを選ぶほど。子どもながらに気を遣って生きていた記憶があります。

中学校に入学したとき、本当は吹奏楽部に入部したかったけれど、「楽器を買うお金はない」と反対され、しかたなく第二希望のソフトボール部に入部しました。友達が「ファミレス行ってん」「あのステーキおいしかったなぁ」と話す内容についていけず、一人で外食への憧れを募らせていたのが、わたしの子ども時代でした。

ステーキ、すき焼き、お寿司。どれもわたしにとっては「ごちそう」です。

そんなごちそうが、毎月気軽に食べられたら……。それが、佰食屋の商品開発の原点なのです。

原価率50%、宣伝費を原価に上乗せする

2012年のオープン当時、日本ではまだインスタグラムのユーザー数は限られていましたが、わたしは大きな可能性を感じていました。

思わず写真を撮りたくなるような見た目にするには、どう盛り付けようか。どんな食器やトレーを使おうか。食べてみたら、どんな発見や驚きがあるだろうか……。そう考えて、商品を完成させました。

こうして生まれた佰食屋のメニューは、「みんなに教えたくなる」ものばかりです。

そして、わたしは「広告費は一切使わない」と宣言しました。来られたお客様が喜んで、満足してくれれば、おのずと口コミで広がっていくはず。お客様一人ひとりがトップセールスマンになってくださるはず。

では、そこでなにを最大の売りにするのか。

それはやはり、コストパフォーマンスでした。

関西の方は人一倍、価格に対する意識が高く、「これめっちゃコスパええやん」と特に評価してくださいます。

飲食店の場合、「メニューの原価率は30〜40%に設定するのが鉄則」と言われています。それを佰食屋は無謀にも50%に設定したのです。

当然、担当の税理士からは「ホンマに止めたほうがいい」と真剣に止められました。けれどもわたしは、そこだけは譲りませんでした。仮に原価率を40%に設定したとしても、思うように売上が伸びなければ、広告宣伝費をかけることになります。原価率40%に広告宣伝費を10%上乗せするくらいなら、はじめから50%に設定しておけばいい―。

そう考えて、よりどりの食材を選びました。

オープン当時、はじめの1か月こそ「失敗した」と悔やんでいましたが、おかげさまで、いまでは毎月のようにメディアに取り上げられます。個人のSNSはもちろん、食べログやGoogleローカルガイドなどの口コミサイトにも感想や写真が投稿され、みなさん、嬉しい声を寄せてくださっています。

それは、決して見た目だけではない、「来てみてがっかり」のない商品力が産んでくれた評価なのだと思います。

ここまで来れば、経営はとてつもなくシンプルなものになります。

1日100食限定、ひたすらにおいしいメニューを、圧倒的なコストパフォーマンスで提供し、お客様に心から満足いただく。

マーケティングや売上分析、経営コンサルティングなど必要ありません。