酒 日本に独特なもの
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(本記事は、ニコラ・ボーメール氏の著書『酒 日本に独特なもの』=晃洋書房、2022年5月20日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

世代と嗜好の変化

現代の日本社会において,酒は確かに文化的なレベルにおいて今でも重要な要素として存在しており,日本のあるべき姿と結び付いている。しかし特別な機会以外ではほとんど消費されていない。日本のアルコール飲料の消費量に占める酒の割合の減少は,世代の変化に起因している。2004(平成16)年に酒文化研究所が行った調査によれば,酒の消費とアルコール飲料全体の消費習慣は年齢に大きく影響され,所得にはほんの少ししか影響されないことが示されている。つまり酒の主要な消費者は70歳代以上で,年齢層が下がるにしたがってその消費量は減少している。20~30歳代の日本人の酒の平均消費量は上の世代の半分しかなく,これは酒の未来にとってとりわけ気がかりな点である。

各年代での消費量のデータと,ここ50年での酒の消費量の変遷を比較すると,さまざまな形での減少と横ばい状態が見られ,経済の変動の影響と同時に世代の変化の影響が表れている。文化の「ハビトゥス」の理論に照らし合わせると,消費者は若い頃の消費習慣を自身の世間の見方の中に組み込んで,それを守ろうとする傾向がある。したがって,21世紀初頭の70歳代以上の消費者たちが生まれたのは1920~30年代であり,その時代は大半の日本人にとってまだ酒が手に入る唯一のアルコール飲料であったため,彼らはその習慣を持ち続けている。1970年代半ばに酒の消費量が減少し始めた頃に,上の世代に比べて酒をあまり飲まなくなった最初の世代は,1952(昭和27)年までの連合軍占領期に生まれた消費者である。彼らが若者だった20年間で,ビールが大衆的な飲料になり,日常生活にそのような飲酒習慣を取り入れていった。1990年代の減少も同様に,1970年代に生まれた消費者が引き起こしたもので,酒のイメージが悪くなりつつある時期だった。酒の消費量は各世代で前の世代より減っており,酒は潜在的にいた酒好きたちの期待や生活様式にだんだんと適応できなくなっていった。

消費傾向の変化において重要な役割を担っている人々の中でも,戦後世代は中心的な位置を占めている。彼らは近代的で,民主的で,平和的であり,世界へと開かれている世代であり,かつての軍国主義や帝国主義の時代とは対極にあった。彼らにとって,新しい政治体制やメディアのシステムによって啓蒙された価値観に関して重要なことは,消費習慣の段階においても存在していた。ベビーブーム世代の日本人はこぞってアメリカの習慣を取り入れており,特に日常的な場でビールを飲むようになっていた。一方,特別な機会には,一部の人はヨーロッパの習慣を取り入れてワインを飲んでいた。一時期,年齢が上がれば,新しい世代が上の年代に続き,酒に回帰してくれるのではないかと期待されていた。それは多少実現したが,予想よりはるかに少なく,日本の高齢化が進む中,かつての習慣が復活する可能性を想像していた人々は深く絶望していた。若い世代が酒へと回帰すると,新たな要求を持ち,上の世代とは異なる飲み方をする。彼らは味や個性,品質を追求する。上の世代がかつて(概して熱燗で)飲み,品質について注意していなかった日常的な食卓にのぼる安酒は,彼らにとってもはや問題外なのだ。

世代の違い以外にも,日本では味覚の変化が起きていて,それは消費者全体に影響している。この変化は,1960年頃から全国に影響を与えた,味覚と飲食習慣の著しい変化を結び付けて考えるべきである。日本人の食生活は実際に著しく変化した。脂質が増え,塩分が抑えられ,動物性たんぱく質の割合と全く同じように食事の量が増えた。1960(昭和35)~2005(平成17)年の主要な食品の消費量を比較すると,米の消費量が半減する一方で,肉の平均消費量は2倍,牛乳・乳製品は5倍に増えている。消費される食品の変化とともに,飲料も変化していった。酒を飲むのはもうカロリー摂取のためではなくなり,食事と合わせて飲まれるようになった。したがって,酒はかつて食卓の中で占めていた中心的な位置を失ってしまった以上,他のアルコール飲料との競争が生じた。酒の後退は米の消費量の減少と同様の問題状況の中にある。それはつまり,日本人の食生活における固有の特性の希薄化と,先進国全体での飲食習慣の画一化である。

食生活の変化と関連して,飲まれる酒のタイプもこの50年で甘口から辛口に変わった。1980年代に大衆的な甘口で燗をつけて飲まれる品質の酒は終わりを迎えた。今日では酒は辛口が高く評価され,冷やで飲まれる。この変化は品質の変化とも対応している。というのも,甘口の酒よりも辛口の酒の製造の方がより複雑だからである。この変化は酒の品質の向上へと向かう一般的な傾向に通ずるもので,より一般的には例えばシャンパーニュに見られる甘口から辛口への移行のように,日本以外でも起きている変化である。酒の品質の知覚の全体的な変化は,アルコール度数の低い酒への移行とともに生じている。これは品質基準の大きな転換を示している。というのも,かつてはアルコール度数とは酒の品質を指していたからである。それは糖分を残さずに並行複発酵を完了することを意味している。今日では,客はアルコール度数が高すぎず,懇親やお酌し合うことに適した,料理の味わいを損なわずに飲める酒を求めている。

希望をもたらす新たな飲酒習慣

戦後に酒の伝統的な価値が二の次にされていたのは事実だとしても,この進展を後戻りできないものだと見なすのは間違いである。そのように見なすと,土地に根付くことや「古里」へのノスタルジーが,少なくともかつてのヨーロッパと同じくらい日本でも強いことを簡単に忘れてしまうことになる。逆の方向への変化もまた,有機農業製品ブームおよび生態系への配慮と関連をもって進行中である。海外の製品への関心が高い時期が終わると,国産品や郷土料理への回帰の兆しが象徴的には,1970(昭和45)年の大阪万博の際に国鉄が打ち出したキャンペーン「ディスカバー・ジャパン」までさかのぼることが出来る。

この動きは1990年代半ばに新たな広がりを見せ,地方の古くからの伝統や江戸時代の製品に関する多くの出版物が流行りはじめた。非常に競争の激しい市場で,ありあまる海外製品に感動しなくなってしまった消費者にとって,日本由来の製品は歴史地理的にイメージしやすく,その品質や日本酒らしさ(オーセンティシティ)を当然に持っていることと評価されるという恩恵を受けていた。アイデンティティの希求によって生じたこの流行の中で,酒(とりわけ地方の酒)は居場所を得た。一つの地方の地酒専門のバーや,酒を選択肢の一つとして扱うアンテナショップが東京で開業した。これは今日,伝統的な価値への回帰を最も明白に示しており,日本製の品全体に利益をもたらしている。

『酒 日本に独特なもの』より
(画像=『酒 日本に独特なもの』より)

食生活の枠組みが変わり,新しい食事が生まれつつあり,酒はこの変化の中で居場所を見つけ始めた。酒の飲み方が変わってから,日本の消費者は料理に合う,とりわけ外で食べる食事に合うアルコール飲料をしだいに求めるようになった。料理と飲み物を結び付けた食事の取り方は,茶と合わせる正統な食事と,居酒屋での軽食の要素を併せ持ったものになった。そこに生まれた課題に目を塞がないようにしなければならない。酒の飲み方が本当に一変したことが問題なのである。それはかつて酒は食卓の中心的な要素であって,食事に合わせるものではなかったからである。酒の持つ明確に伝統的な側面が酒の発展の妨げとなった一方で,酒以外のアルコール飲料は食事の移行への対応は比較的容易であった。

一方でビールや焼酎,他方ではワインや西洋料理が,酒のためのいわば土壌を整えてくれていた。酒は初めの頃は確かに,新しい食習慣の中で居場所を見つけるのに苦労した。ビールはさほど早く酔いが回らなく,どんな食事にも合わせやすいため,真っ先にこの要求にうまく応えていた。これに対して焼酎は,九州や沖縄では食事とともに飲まれ,天ぷらや揚げ物といった脂っこい料理にもよく合う。焼酎も飲酒習慣に影響を与えており,その証拠に,25度前後というアルコール度数によって,一般的に強い酒を好まない日本人でも食事と一緒に焼酎を飲めるようになった。最後に,最も味覚にうるさい消費者たちにとって,酒の飲み方に影響を与えているのは,多くの点でワインの飲み方である。

料理とワインの調和は日本の食通にとってまさに魅惑の対象で,この技術を学び,究めたいという欲求を掻き立てるものでもあるのだ。日本でソムリエという職業が成功したことは,ワインとその神秘への熱狂の最も強い表れと言えるだろう。今日,酒の銘酒愛好者の大部分はワインとその飲み方や複雑さに詳しく,彼らが伝統的な価値と嗜好に立ち戻りたいと思う時,酒にその知識を新たに注ぎ込む。この新たな酒の愛好者は地方のブランドや産地にますます敏感になっており,彼らが米の品種や古酒,製造年や産地などの情報を求めるので,酒造業者は時に頭を悩ませている。

酒の飲み方の変化と柔軟さのおかげで,酒は現在,居酒屋や小料理屋のような伝統的な場所以外で居場所を手にしている。酒の愛好家が日本酒らしさ(オーセンティシティ)を求める中で,伝統的な日本料理店も優れた酒をだんだんと提供するようになってきたが,近頃までは酒のリストにはほんの少ししか工夫しておらず,茶やビールを出していた。日本における酒の文化的な復権の大部分は,最も西洋化された消費者によって進められており,彼らは今,海外の基準を酒の品質評価に持ち込んで,日本酒らしさの追求へと立ち戻っている。古くからの習慣を捨てた訳ではなく,この傾向はグローバリゼーションの最も魅力的な側面を確かに表したもので,外で得られた知識のおかげで,酒固有の飲み方を発展させ,進化させてきたのだ。この傾向において,新しい世代の酒の消費の姿勢はまさに変化しようとしている。40歳未満の消費者は彼らのイメージに合った,期待に応える酒,つまり日本酒らしく(オーセンティック)高品質な酒を追い求めている。この世代の酒の飲み方が酒に希望をもたらすのだ。

酒 日本に独特なもの
【第28回 渋沢・クローデル賞受賞】

歩いて,見て,聞いた酒造りと飲み方
日本酒とは何か。フランス人である著者が,日本の歴史とアイデンティティの中に深く刻み込まれた「酒」をワイン文化と比較しながら紐解いていく。日本酒の危機と国際化,生産地保護などこれから取り組まれるべき課題とともに,日本酒の魅力を語り尽くす。
《著者紹介》

ニコラ・ボーメール(Nicolas Baumert)
名古屋大学 教養教育院 特任准教授, Agrégation 大学教授資格(地理学)/地理学博士
《監訳者紹介》

寺尾 仁(てらお ひとし)
新潟大学人文・社会科学系(工・経済科学部)准教授,同日本酒学センター協力教員
《訳者紹介》

岡崎 まり子(おかざき まりこ)
フォーラム・ママラギ(語学学校)主幹
金子 麻里(かねこ まり)
e-cor(エコール)フランス語コミュニケーション教室主宰,新潟大学非常勤講師(フランス語担当)
駒形 千夏(こまがた ちなつ)
新潟大学人文社会学系(経済科学部)助教,同日本酒学センター協力教員
根木 一子(ねぎ いちこ)
公益財団法人新潟市芸術文化振興財団アーツカウンシル新潟 プログラムオフィサー
長谷川 美緒(はせがわ みお)
新潟大学自然科学系理学部事務室主任
宮尾 裕美(みやお ひろみ)
菊水酒造株式会社勤務

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