ウクライナ侵攻後の世界経済
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(本記事は、戸田 裕大氏の著書『ウクライナ侵攻後の世界経済』=扶桑社、2022年7月2日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

世界中でインフレが起きている理由

各国がロシアからの資源輸入の禁止になかなか踏み切れないのは、そもそも各国がロシアの資源を必要としているからですが、もう一つの大きな理由としては各国の強いインフレ圧力が挙げられます。たとえばユーロ圏は2022年3月とその1年前とを比べると既に7・4%の物価上昇が起こっています。1年前に100ユーロで買えたものが、現在は107・4ユーロでないと買えない状況です。

このような状況でロシアに対して資源輸出を禁じると、さらに資源価格が高騰し、より強いインフレ圧力が発生してしまいます。ゆえに各国はロシアに対して制裁を科したいものの、資源関連に関してはどうしても思い切った措置をとることができずにいます。

前述の通り、今年に入ってからカザフスタン、スリランカ、トルコ、ペルーなどでは資源価格の高騰を通じた物価の上昇が要因のデモが発生しています。日本のインフレ圧力は海外と比べて相対的に低く抑えられていますが、特に輸入品の値上げなどは既に現実となりつつあります。そもそも、なぜ今これほどまでに世界中でインフレ圧力が高まっているのでしょうか?

少し詳しく説明します。

1点目の理由は新型コロナウイルスによる感染拡大を乗り越えたあとの経済のV字回復です。

2019年末から被害が拡大し2020年の経済活動は大きく落ち込みましたが、その後、段階的に世界景気は回復し、生活もwithコロナ体制へと移行する中で、少なくともウクライナ侵攻までは経済活動はV字回復傾向にありました。また2021年の低成長からの反発もあって急激に需要が高まっていました。

2点目が世界的な金融緩和とその反動です。

コロナ危機の際に先進各国の中央銀行が大量に資金を供給したことで世の中の資金量は急増しています。また多くの先進国がゼロ金利へと引き下げ、景気刺激を与え続けたことも現在の大きなインフレ圧力につながっていると考えます。

3点目はサプライチェーンの目詰まりです。

新型コロナウイルスの影響で航空便が減少したり、そもそも工場の稼働が止まってしまったりと、平時の生産・流通体制とは異なっています。全般に産業製品が品薄になり、一方で経済活動は回復しているため、需要は増えているのですが、供給が減ってしまったり、遅れてしまったりすることでモノやサービスの価格が上昇しています。

4点目が米中対立です。

中国の驚異的な成長を主な背景に米中覇権争いは激化しています。互いに貿易品に対して関税をかけあっており、これも商品価格の高騰につながっています。執筆時点でアメリカが対中関税を見直す報道が入ってきており、これは今後インフレ圧力の改善につながる可能性があります。

5点目がウクライナ侵攻です。

各国がロシアに対して経済制裁を科し、ロシアからの資源輸入を減らすことで、資源調達のコストは上昇します。物事の道理はさておき、よりシンプルに表現すると、サプライヤーが一つ減るので、またはサプライヤーと揉めているので資源価格が上昇するということです。

他にも細かな要因はあるかもしれませんが、ざっと主な現象を提示しました。

ではインフレ圧力はいつになれば弱まるのか?ということが重要です。私はこれらのインフレ要因が捌はけると、そこがインフレのピークになると考えています。

新型コロナウイルスに対するワクチンやその他の感染症対策の普及により、グローバルに見れば新型コロナウイルスの新規感染者数、新規死亡者数ともに減少していますので、この点は前向きな材料と言えます。

ただし中国が頑(かたく)なにゼロコロナ政策を敷いて、サプライチェーンの目詰まりを引き起こしていることは懸念材料で、これは下手をすると1~2年間程度続く可能性があると考えます。

また米中対立の激化を主因とした関税の上昇ですが、これはアメリカ政府から見直しの動きが見られるなど、ここにきてやや前向きな兆候が見られています。ですが段階的に引き上げてきた関税ですので、戻す時も段階的に行っていくのであれば、こちらも1~2年間にわたって影響を及ぼし続けるでしょう。

また関税の見直しそのものが現在の急進的なインフレへの一時的な対応であって、そもそも米中対立については世界の覇権争いでもありますので、競争そのものは長期的に行われる可能性が高く、このように考えれば、やはり中長期にわたって米中間で何かしらの軋轢(あつれき)は生むと思いますので、あまり楽観視しないほうがよいでしょう。

またウクライナ侵攻はいまだに終わりが見えていませんし、戦後にロシアへの経済制裁が急に解除されることもないでしょうから、ロシア関連のインフレ上昇圧力は、今後数年間は掛かり続ける点に注意しておく必要があります。

つまり一部に前向きな材料は見られるものの、インフレ上昇圧力が今後数年間にわたって掛かり続けることを考えれば、当然、経済活動に負荷がかかってくることになります。こういった推測が金融市場では広がっており、それが株価の下押し圧力や円安の材料としてくすぶり続けています。

このインフレと経済の関係にについて詳しく見ていきましょう。

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戸田 裕大(とだ・ゆうだい)
株式会社トレジャリー・パートナーズ代表取締役。2007 年、中央大学法学部卒業後、三井住友銀行へ入行。10 年間、外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして1日に数十億ドルの取引を執行するとともに、日本のグローバル企業300 社、在中国のグローバル企業450 社の為替リスク管理に対する支援を実施。2019 年9月、CEIBS(China Europe International Business School)にて経営学修士を取得。現在は法人向けに、トレジャリー業務(為替・金利)に関するコンサルティング業務を提供するかたわら、為替相場講演会に多数、登壇している。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(小社刊/ 2020 年)がある。

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