(本記事は、花城 正也氏の著書『得する社長、損する社長 中小企業のための確定拠出年金』=クロスメディア・パブリッシング、2022年11月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
事業承継問題の本質は
余裕を持った出口戦略が必要
中小企業では、経営者の高齢化や後継者不在といった問題が深刻さを増しています。何か策を講じない限りは、事業規模を縮小せざるを得なくなる企業も多いでしょう。
こうした問題の解決策として注目されているのが、M&Aです。現時点では、毎年およそ4000社がM&Aを実施して、会社や従業員を引き継いでいます。
国は、これを10年間で10倍の4万社に到達させることを目標としており、補助金を出しています(「事業承継・引継ぎ補助金(経営革新)」「事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用)」「事業承継・引継ぎ補助金(廃業・再チャレンジ)」の3種類)。また、2021年には、M&Aで会社を買収した譲受企業の税制優遇措置も発表されました。
こういった施策から見ても、国は中小企業の事業承継問題に危機感を感じていることがわかります。
ただし、M&Aは事業承継問題に対する有効な解決策ではありますが、本質的な課題解決のためには、単にM&Aを行えばいいというわけではありません。余裕を持った出口戦略が必要です。
多くの場合、M&Aを行う時点での経営者の年齢は70歳前後です。国が示す通り、この10年間でM&Aにより多くの企業が事業承継をしたとしても、10年後には現在60歳前後の経営者が70歳前後を迎えることになります。
当然、10年後も事業承継問題を抱える企業は存在するでしょう。するとそこでもM&Aを行う必要があり、同じことの繰り返しになってしまいます。戦略的にM&Aを選ぶのであれば問題ありませんが、「後継者問題を先送りにしていたから」といった対症療法的なM&Aでは解決にはなりません。
また、事業承継ができないことには、後継者不足とは別の問題もあります。経営者の老後のお金が足りないために会社を辞められないケースです。
第1章で、内部留保から退職金を支払うのがいかに大変かをお伝えしました。最近では新型コロナ禍などによる経済状況の悪化や人手不足、人件費の増加から利益を生み出すことはますます難しくなってきている状況です。
十分な退職金を準備できないのであれば、長い期間会社に在職して稼ぎ続けるしかありません。本心としては引退したいと思っているのに、お金のためにそれができない。そのような状態が10年、15年と続いてしまっているケースがたくさん存在します。
会社のためにも社長の退職金の準備を
社長の退職金が準備できないことを理由に事業承継が遅れるのであれば、会社や従業員にも悪影響を与える可能性があります。
法人は「所有と経営の分離」が理想といわれています。「会社を所有するオーナーではなく、第三者が経営したほうが客観的な判断が下せる」といった意味合いですが、ほとんどの中小企業では社長がオーナーとして経営にも携わっています。
そのような社長が60歳を迎えた時点で、自身の退職金を準備できていない。将来に対する不安が拭(ぬぐ)えないまま、会社のための正しい経営判断ができるでしょうか。年を重ねるごとに迅速な判断は難しくなってくるかもしれません。
そうして業績が悪化すれば、M&Aを検討しても会社を引き継いでもらうことはできません。そんな状況を見て、別の会社で働く子供が親の会社を引き継ぐケースもあります。それが悪いわけではありませんが、当人も本当は継ぎたいとは思っていないかもしれません。何より、会社の業績をよくわかっている社長が、子供に継がせたいと考えるでしょうか。
会計用語に「ゴーイング・コンサーン(会社が事業を継続していくという前提)」という言葉があります。会社が次の世代に、さらにその次の世代にわたっても、事業を絶えず継続させていくという前提で財務状況を整えておく。次の世代が「バトンを渡されたい」と思える会社にしていかなければいけないのです。
優秀な従業員に経営権を譲るのか、それともM&Aを行うのか。自身の生活を豊かにするためにも、会社にとって最適な経営判断を下すためにも、資産の不安とは関係なくベストな選択ができる状態にしておくことが大切です。
また、社長の退職金が十分に準備できないのに、社員の退職金を払えるでしょうか。砂漠で出会った人が喉の渇きに苦しんでいても、自分が十分な量の水を持っていなければ分け与えることはできません。まずは社長が自分のための資金を整えること、幸せになること。そうして初めて、本当の意味で社員に「還元」することができるのです。
引退までの目標を明確にする
引退までにいくら積み立てておきたいか、退職後は何をしたいか。イメージできていれば計画が立てやすくなります。ここでは、先述の「インタビュー①」でお話を伺った、株式会社UPROAD DINING の例を参考に見てみましょう。
同社は福岡県内で飲食店を6店舗展開しています。われわれは2店舗目オープンの直前から、7年以上にわたって財務などのサポートをさせていただいています。
飲食店の企業型DC導入事例はまだまだ少なく、同社はかなり早いタイミングで制度活用を決定しました。
導入に当たり、代表取締役の庄司孝善さんに「退任までにどれくらいお金を積み立てておきたいか」「いつ頃社長を退任したいか」といったことをヒアリングしました。
退任年齢は「65歳」を望まれるケースが多いです。庄司さんも65歳とお答えになりました。そして、続けて「退任後は原価率を気にしなくてもいいような、1人で切り盛りできる小料理屋を営みたい」とおっしゃいました。
原価率を気にしないとなると、そのお店ではあまり利益を出すことはできません。お店からの報酬がなくても、老後に豊かな生活ができる資金が必要です。
さらに、新しくお店をオープンする資金も準備する必要があります。それ以外にも「老後に旅行がしたい」などといった要望を合わせて試算したところ、約2億円あればかなり余裕をもってセカンドキャリアを楽しめるとわかりました。決して少ない金額ではありませんが、企業型DCで4000万円くらいは用意できるということを前提に、現実的な目標となりました。
庄司さんにはお子さんがいらっしゃいますが、おそらく会社は継がないとのこと。となれば、最終的な出口戦略としては従業員への引継ぎかM&Aが有力な選択肢になります。
2010年西南学院大学大学院卒業後、新卒で福岡の地場大手税理士法人に入社。営業責任者及びグループ会社の取締役を経て2017年に株式会社アーリークロスとアーリークロス会計事務所を設立。中小企業の総務経理のDXを推進し5カ月で150件の新規顧客を獲得。2018年に税理士法人化を行い4年でグループ100名体制に。
2021年に中小企業の退職金問題を解決するために一般社団法人中小企業退職金制度支援協会を設立し代表理事に就任。企業型確定拠出年金の普及に努めている。
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