ウイスキー消費量世界一のあの国から本格派ウイスキーが続々登場
(画像=IgorNormann/stock.adobe.com)

(本記事は、土屋 守氏の著書『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』=祥伝社、2020年10月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

◎世界一のウイスキー消費国から本格派が誕生

ウイスキーが最も飲まれている国、それがインドです。意外ですよね。私もこれを知ったときは大変驚きました。これまで、ウイスキー消費国第1位はアメリカ、2位はフランスだといわれていました。しかし、最近の統計でインドが第1位と判明。インドの消費量はアメリカの3~4倍、フランスの10倍以上にもなります。

こんな統計もあります。アルコール飲料専門の市場調査会社IWSRによれば、2018年にインドで販売されたウイスキーは2億1300万ケース。2位のアメリカは6900万ケース、3位の日本は1900万ケースでした。さらに、イギリスのドリンクス・インターナショナル社によると、世界のウイスキー販売量ランキングにおいて、上位10社中6社がインドで生産されるウイスキーでした(2018年)。

実は、インドは世界最大のウイスキー消費国であり、世界有数の生産国でもあるのです。

インドでこれほどウイスキー文化が根づいているのは、イギリスの植民地だった影響が強いといわれています。ただ、インドで生産・消費されているウイスキーのほとんどは、モラセスを原料とした安価なものです。モラセスは、サトウキビから砂糖を生成する際に出る副産物で、日本では廃糖蜜といいます。モラセスに水と酵母を加え、アルコール発酵させたら蒸留し、最後に色と味と香りをつけたらできあがり。売上の上位に並ぶインディアンウイスキーは、すべてこのタイプです。瓶入りもありますが、紙パックでの販売も一般的で、200㎖サイズが日本円で90円くらい。ビールやワインに比べてコストパフォーマンスがよく、手っ取り早く酔いたい酒呑みは、この紙パックを両手いっぱいに抱えて購入するのです。

モラセスは穀物ではないので、モラセス原料のウイスキーは、国際基準ではウイスキーといいがたいものがあります。EUでは、ウイスキーは「穀物を原料とする蒸留酒を木の樽で熟成させたもの」と定義されており、この条件を満たさないインディアンウイスキーは、EU域内ではウイスキーとして販売できません。インドが世界一のウイスキー消費国であることがこれまであまり知られていなかったのは、インディアンウイスキーが国際基準からはずれているという、このあたりの事情も影響しているのでしょう。

ところが近年、世界に通用するインディアンウイスキーが登場しています。その一つがアムルット蒸留所のシングルモルトウイスキー「アムルット」です。

アムルット蒸留所がウイスキーづくりをスタートしたのは1985年。当初はブレンデッドウイスキーのみを製造していましたが、2004年に世界初のインディアンシングルモルト「アムルット」をリリースします。アムルットとは、サンスクリット語で「人生の霊酒」を意味するのだそうです。

蒸留所周辺の気候風土は、ウイスキーの熟成に大きな影響を与えます。これまで、ウイスキーづくりに適しているのは寒冷地だといわれていました。寒冷地のように外気温の変化が少ないほうが熟成がゆっくりと進みます。その分、樽の成分がニューポットと時間をかけて混ざり合い、ウイスキーに奥行きをもたらすというのが定説となっていました。

一方のインドは熱帯および亜熱帯気候に属しています。暑い国のシングルモルトが果たしておいしいのか、いぶかる方もいるでしょう。ただ、アムルット蒸留所が位置するバンガロールは標高920mの高地で、夏でも滅多なことでは37度以上になりません。インドのなかでもウイスキーづくりに適した環境といえるでしょう。

原料は、ヨーロッパのウイスキーに使われている二条大麦だけではなく、インド北部で栽培される六条大麦も使われます。熟成年数は最低でも4年以上とのこと。

アムルットのウイスキーはいずれもハイレベルで、モラセス原料のインディアンウイスキーとは一線を画しています。ウイスキーの世界的権威であり、『ウイスキーバイブル』の著者でもあるジム・マーレイ氏も絶賛しており、2010年に発行された著書で、「アムルット・フュージョン」に100点満点中97点という高得点をつけています。さらに、その味わいを「世界第3位のウイスキー」と讃えているほどです。

そのアムルットに続けとばかりに、2007年にはジョン・ディスィラリー社のポール・ジョン蒸留所も誕生しています。

ジョン・ディスィラリー社はもともと、バンガロールの地で「オリジナルチョイス」「バンガロールモルト」というモラセス原料のブレンデッドウイスキーをつくっていました。しかし、「世界に通用する本格的なシングルモルトをつくりたい」との思いから、ポール・ジョン蒸留所を新設します。

原料となる大麦はすべて国産六条大麦。加えて、糖化槽や発酵槽、蒸留器もすべてインド産にこだわっています。

2019年に開催された日本初のウイスキー&スピリッツの品評会・東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)では、「ベスト・ワールド・クラフトディスティラリー・オブ・ザ・イヤー2019」に輝いています。

アムルットとポール・ジョンのウイスキーは日本にも正式輸入されています。飲んでみれば、インディアンウイスキーの実力に驚くことうけあいです。

ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー
著者:土屋 守(つちや まもる)
作家、ジャーナリスト、ウイスキー評論家、ウイスキー文化研究所代表。1954年、新潟県佐渡生まれ。学習院大学文学部国文学科卒業。フォトジャーナリスト、新潮社『FOCUS』編集部などを経て、1987年に渡英。1988年から4年間、日本語月刊情報誌『ジャーニー』の編集長を務める。取材で行ったスコットランドで初めてスコッチのシングルモルトと出会い、スコッチにのめり込む。日本初のウイスキー専門誌『The Whisky World』(2005年3月‐2016年12月)、『ウイスキー通信』(2001年3月‐2016年12月)の編集長として活躍し、現在はその2つを融合させた新雑誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長を務める。1998年、ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人として選ばれる。主な著書に、『シングルモルトウィスキー大全』(小学館)、『竹鶴政孝とウイスキー』(東京書籍)ほか多数。

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