絶対王者「スコッチウイスキー」に人々が夢中になるワケ
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(本記事は、土屋 守氏の著書『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』=祥伝社、2020年10月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

スコッチウイスキーを理解する

ウイスキーの全体像がつかめたところで、世界でどんなウイスキーがつくられているのかを見ていきましょう。この記事では、「世界五大ウイスキー」と称される「スコッチウイスキー」「アイリッシュウイスキー」「カナディアンウイスキー」「アメリカウイスキー」「ジャパニーズウイスキー」の中から、「スコッチウイスキー」について、紹介します。

◎ウイスキーの絶対王者「スコッチウイスキー」

イギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの四つの地域で構成されています。このうち、ごく大ざっぱにいうと、「スコットランドで製造・熟成されたウイスキー」がスコッチウイスキーです。

ウイスキーを意味する蒸留酒が、文献にはじめて登場するのは15世紀のこと。1494年のスコットランド王室財務係の記録に、次のような一文があります。

王命により修道士ジョン・コーに8ボルのモルトを与えアクアヴィテをつくらしむ

アクアヴィテ(aqua vitae)は、ラテン語で「生命の水」を意味し、ウイスキーだけでなく、多くの蒸留酒の語源となっています。

ちなみに、世界ではじめてウイスキーがつくられた地域については諸説あり、いまだ確定していません。しかし、一般には、文献に登場する1494年以前に、ウイスキーの蒸留法がアイルランドからスコットランドへ伝えられたと考えられています。

文献に「修道士」と書かれていることからわかるように、ウイスキーはもともと修道院でつくられていました。そのウイスキーの製法が民間に伝わったのは16世紀以降。当時はまだ熟成という概念はなく、蒸留したままの、色もついていない粗い地酒にすぎませんでした。

このころはブレンデッドという手法も考案されていませんから、スコットランドでもともと飲まれていたのはモルトウイスキーということになります。

熟成という手法が生み出されたのは18世紀のこと。1707年、イングランドがスコットランドを併合してグレートブリテン王国(大英帝国)が誕生しました。イングランドとスコットランドは長年対立してきた間柄。イングランドへの併合に反対したスコットランド人、とりわけハイランドの民たちは反乱を起こします。これがいわゆるジャコバイト蜂起です。

最終的に反乱の鎮圧に成功したイングランド政府は、バグパイプの演奏やキルトの着用を禁じるなど、スコットランドの文化を弾圧。ウイスキーにも重税を課しました。

この圧政から逃れるべく、盛んになったのがウイスキーの密造、そして熟成です。樽で熟成するというウイスキーならではのプロセスは、この密造酒時代に、密造者が政府の摘発の目を逃れる方策として編み出したと考えられています。

密造酒時代は70年以上続きましたが、1823年の酒税法の改正により蒸留業は政府に申請して行なう免許制となり、終わりを告げました。その後、1830年代には、アイルランド人のイーニアス・コフィーが改良・実用化した連続式蒸留機を用い、大量のグレーンウイスキーがつくられるようになります。

そして、1860年、酒税法の改正により、異なる蒸留所のモルトウイスキーとグレーンウイスキーを保税倉庫内で混ぜることが可能となります。これにより、ブレンデッドウイスキーが誕生するのです。

グレーンウイスキーを混ぜることで格段に飲みやすくなったブレンデッドウイスキーはまたたく間に評判を呼び、1900年代前後には「世界の蒸留酒の王様」と呼ばれるほどになりました。

しかし、盛者はいつか衰えるのが世の道理です。1970年代後半、スコッチウイスキーの最大の市場であった北米マーケットの縮小などにより、スコットランドのウイスキー業界全体が低迷。操業停止をやむなくされた蒸留所や、蒸留所そのものを閉鎖するウイスキーメーカーが相次ぎました。

そんな約20年続いたスコッチの冬の時代に、終わりの兆しが見えたのは1980年代後半から。シングルモルトが静かなブームとなり、また、ミレニアム以降は新興国でのスコッチのブレンデッドの消費量が急激に伸びた影響もあって、V字回復を果たしたのです。

そして現在、スコットランドは空前のクラフトウイスキーブームに沸いています。各地にクラフト蒸留所が誕生し、2000年ころには80カ所ほどだった蒸留所は今や140以上。この流れはまだしばらく続くでしょう。

なお、「スコッチウイスキー」は世界貿易機構(WTO)が認定した地理的表示であり、「スコッチウイスキー」を名乗るためには、イギリスの法律で定められている次の条件をクリアしなくてはなりません。

【スコッチウイスキーの定義】

・水とイースト菌と大麦麦芽のみを原料とする(麦芽以外の穀物の使用も可能)
・スコットランドの蒸留所で糖化、発酵、蒸留を行なう
・アルコール度数94.8%以下で蒸留する
・容量700ℓ以下のオーク樽に詰める
・スコットランド国内の保税倉庫で3年以上熟成させる
・水と、(色調整のための)スピリッツカラメル以外の添加は認めない
・最低瓶詰めアルコール度数は40%(40%未満はスコッチウイスキーとして認められない)
・ シングルモルトウイスキーはスコットランド国内で瓶詰め、ラベリングを行なう(樽でのシングルモルトの輸出は認めない)

一度は低迷したものの、スコッチは今なお「ウイスキーの王様」と称され、スコットランドは「ウイスキーの聖地」と呼ばれます。スコットランドでつくられるウイスキーはなぜ、それほど特別なのか。その最大の理由は、スコットランド特有の風土にあります。

スコットランドは夏でも冷涼で年間降水量が少なく、原料となる大麦の生産に適しています。また、広大な湿地帯から豊富に切り出せるピート(泥炭)も、スコッチウイスキーを語るうえで欠かせないポイントです。ピートとは、植物が堆積し、長い年月をかけて炭化したものです。大麦麦芽は発芽がある程度の段階に達したら、それ以上発芽が進まないよう乾燥させます。この際、スコットランドでは伝統的にピートを焚き、その煙でいぶします。このプロセスにより付与されたスモーキーな風味が、スコッチウイスキーのほかにはない個性となっているのです。

また、スコッチのモルトウイスキーは生産地区分により、ハイランドモルト、スペイサイドモルト、アイラモルト、アイランズモルト、ローランドモルト、キャンベルタウンモルトの六つに分けられますが、スペイサイドモルトは華やかでバランスにすぐれている、アイラモルトは潮の香りとスモーキーさが際立つなど、それぞれ特徴があります。スコッチは、モルトウイスキーだけでも無数のバリエーションを持っているのです。

さらに、それらのモルト原酒にグレーン原酒を混ぜ合わせたブレンデッドもあります。これがスコッチの大きな魅力であり、世界中の人々が夢中になる理由といえるでしょう。

ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー
著者:土屋 守(つちや まもる)
作家、ジャーナリスト、ウイスキー評論家、ウイスキー文化研究所代表。1954年、新潟県佐渡生まれ。学習院大学文学部国文学科卒業。フォトジャーナリスト、新潮社『FOCUS』編集部などを経て、1987年に渡英。1988年から4年間、日本語月刊情報誌『ジャーニー』の編集長を務める。取材で行ったスコットランドで初めてスコッチのシングルモルトと出会い、スコッチにのめり込む。日本初のウイスキー専門誌『The Whisky World』(2005年3月‐2016年12月)、『ウイスキー通信』(2001年3月‐2016年12月)の編集長として活躍し、現在はその2つを融合させた新雑誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長を務める。1998年、ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人として選ばれる。主な著書に、『シングルモルトウィスキー大全』(小学館)、『竹鶴政孝とウイスキー』(東京書籍)ほか多数。

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