コロナ禍で暗いニュースを耳にすることが多い昨今でしたが、ただひとり毎日のようにアメリカから明るいニュースを届けてくれた人物。そう、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手、その人です。本稿では、その大谷選手の能力をMBAで用いられるフレームワーク「VRIO」で分析してみます。
大谷選手を「VRIO」で分解
マスコミによる下馬評でもMVP候補の筆頭にあげられていましたが、その大谷選手が満票でその栄冠を勝ち取りました。傑出した逸材ぶりに誰も異存はないでしょう。
こうした大谷選手の能力を「VRIO」で考えてみましょう。これは企業の優位性を論じる際の論点のセットとして知られています。VRIOは、企業の優位性を「経済的価値(Value)」「稀少性(Rarity)」「模倣困難性(Imitability)」「組織(Organization)」で分析します。
経済的価値 (Value) | ある経営資源を保有していることによって、企業は外部環境の機会を活用、あるいは脅威を無力化することができる |
---|---|
希少性 (Rarity) | その経営資源を保有する企業が少数である |
模倣困難性 (Imitability) | その経営資源の獲得・開発・模倣コストが非常に強い |
組織 (Organization) | その経営資源を活用するための組織的な方針がある |
出所:ジェイB.バーニー『企業戦略論 競争優位性の構築と持続』(ダイヤモンド社)を元に作図
項目ごとに評価をしていきます。下図のように上から下にいくほど競争優位性に資するものになると考えられます。
価値があるか | 稀少か | 模倣コストは大きいか | 組織体制は適切か | 経済的なパフォーマンス | 強味か弱みか | |
---|---|---|---|---|---|---|
No | - | - | No | 競争劣位 | 標準を下回る | 弱み |
Yes | No | - | ↑ | 競争均衡 | 標準 | 強み |
Yes | Yes | No | ↓ | 一時的競争優位 | 標準を上回る | 強みであり固有のコンピタンス |
Yes | Yes | Yes | Yes | 持続的競争優位 | 標準を上回る | 強みであり持続可能な固有のコンピタンス |
出所:ジェイB.バーニー『企業戦略論 競争優位性の構築と持続』(ダイヤモンド社)を元に作図
これを大谷選手に当てはめてみます。大谷選手はプロの野球選手ですから、いわば大谷翔平という従業員を雇っている大谷翔平カンパニーの社長さんとも言えます。大谷社長からみると、大谷従業員は、
- 経済価値はあるか? → 走攻守投で活躍できる
- 希少性はあるか? → ベーブ・ルース以来100年ぶりである
- 模倣困難性はあるか? → 子供の頃から蓄積した能力であり、そうそう真似ができない
- 組織的な方針はあるか? → 二刀流をつらぬく絶対的なこだわりがある
いわば「大谷カンパニー」は、VRIO分析から見てもたいへんな強みを持っている会社と言えるでしょう。
しかし、いかに大谷選手の能力が優れていたとしても、テニスプレーヤーとは違って野球選手にはチームプレイが必須です。
これまで大谷選手を育ててきた花巻東高校佐々木洋氏、元日本ハムファイターズ栗山英樹氏、そして現在エンゼルスのジョー・マドン氏。こうした監督たちが、まさに「組織の方針として」大谷選手に活躍の場を与えてきたわけです。
企業における持続的優位性と野球選手の賞味期限
こうした経営資源から企業の優位性を論じる立場が、RBV(Resourse Based View)です。
収益性の高い企業を、それなりの経営資源(人材、技術力、ブランドなど)を持ち合わせているという点から説明していくものですが、ここではもう一点「持続的」優位性か、というポイントも大切です。
多くのビジネス書では、VRIOの事例としてトヨタ自動車が引き合いに出されます。これはトヨタという会社の中に、トヨタ流の問題解決や仕事の仕方、そうした能力を持った人材が蓄積されているわけで、まさに持続的優位性と言えるでしょう。
一方のプロ野球においては、選手は何年かおきにチーム間の移籍が可能であり、持続的というよりも、むしろ「賞味期限」とも捉えることができます。
時を同じくしてマリナーズの殿堂入りとなったイチロー氏は、大谷選手に対して、次のように述べています。
「大谷翔平と言えば二刀流、無限の可能性、類いまれな才能の持ち主、そんなぼんやりした表現をされることが多かったように思う。比較対象がないこと自体が誰も経験したことがない境地に挑んでいるすごみであり、その物差しを自らつくらなくてはならない宿命でもある。
(中略)
アスリートとしての時間は限られる。考え方はさまざまだろうが、無理はできる間にしかできない。できる限り無理をしながら翔平にしか描けない時代を築いていってほしい」
まさに大谷翔平カンパニーへの期待と筆者は読み取りました。
エンゼルスとの契約は2022年まで、その後は驚愕の年俸を提示する球団が多数出てくるでしょう。ぜひ「経済的価値」だけではなく、その「希少性」や「模倣困難性」そして、これまで大谷選手が貫いてきた二刀流へのこだわりを「組織的な方針として」大切にしてくれる球団で活躍が続くことを、皆さんと共に期待しましょう。
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(執筆者:森本 泰浩)GLOBIS知見録はこちら