東日本大震災による原子力災害から10年、日々増え続ける膨大な放射性汚染水の処分が課題だ。現時点では海洋放出が有力視されているが、風評被害を懸念する漁業者がこれに反発する。
汚染水は多核種除去設備(ALPS)によってトリチウムを除く62の放射性核種が取り除かれる。一方、トリチウム水の海洋放出は世界の原発で半世紀以上にわたって行われており、したがって、ALPSで処理された汚染水の安全性は国際的に認められるという。トリチウム水の安全性判断は専門家に委ねるとして、懸念されるのは、そこに他の放射性物質が “本当に” 含まれていないか、ということだ。
2018年、東京電力はALPS処理水の8割強で基準値を越えたトリチウム以外の放射性核種が検出されたことを公表した。ALPSの性能が不安定な時期があったこと、吸着材等の交換が適切に行われていなかったことなどが原因の一つであると説明された。そう、問題はここだ。設備や機器は正しく運用されるのか、情報は遅滞なく公開されるのか、ということである。
不信の根源は原子力技術への盲目的な信仰が「安全神話」という聖域を作り出したことにある。聖域ゆえに異論は封じられる。2006年12月、第165回国会で原発の安全性に関する議論があった。「巨大地震に伴って発生する津波によって冷却機能が失われる可能性がある」「大地震に備えたバックアップ電源の強化が必要」と野党議員から指摘された安倍氏は「我が国では過去にそうした事例はなく、安全には万全を尽くしており、そうした事態が発生するとは考えられない」などと答弁し、追加的な安全対策の必要性を否定した(平成18年12月、質問第256号、答弁第256号)。神話がそのまま現実に適用されたということだ。結果は指摘するまでもない。
また、繰り返されるトラブルの隠蔽やデータ不正も “聖域は不可侵” との驕りが根底にあるのだろう、美浜1号機の燃料棒折損事故の隠蔽(関西電力)、敦賀1号機の冷却水漏れ隠し(北陸電力)、福島第1、第2、柏崎刈羽の点検記録の改ざん(東京電力)、敦賀2号機のデータ書き換え(日本原子力発電)など、電力会社を問わずきりがない。そして、この16日、原子力規制委員会は柏崎刈羽のテロ対策の不備が長期間にわたっていたことについて「極めて深刻」との評価を下したうえで、「驚くような不具合、不始末、不正が続く東京電力の体質が問われる」と断じた。
福島第1の汚染水問題について、菅首相は「適切な時期に政府が責任をもって決断する」と述べた。おそらく、海洋放出が念頭にあるものと推察する。他に選択肢がなく、放出される汚染水の安全性が科学的に担保されるのであれば異論はない。しかし、漁業者、国民、世界を納得させるためにはまずは “聖域の除去” こそが最優先課題である。ムラ社会の閉じた因習を断ち、かつ、原子力行政の責任の所在を明確にしておくことが肝要だ。ここに対する信任がない限り、不信と分断、風評被害は終わらない。
今週の“ひらめき”視点 3.14 – 3.18
代表取締役社長 水越 孝