本記事は、日本M&Aセンター海外事業部の著書 『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)より一部を抜粋・編集しています。
売り手側の事情を見てみよう。ASEANの中堅・中小企業は何を目的にM&Aに踏み切るのだろうか。
意外なことに日本と似ている面がある。事業を継ぐ人がいないのだ。ASEAN企業の売却理由で最多なのが、後継者難である。
とあるシンガポールのオーナーいわく、
「私には息子と娘がいますが、息子は大手商社の社員。エリートコースに乗っているらしく、海外で暮らしています。家業にはまったく興味を示しません。娘は海外留学後、医師となり、こちらも関心ゼロ。お手上げです」
日本でも聞いたことがあるような話だ。ASEANは日本同様ファミリービジネスが多い。事業を親から子へと継いでいければベストだが、様々な理由で子どもたちは家業にあまり関心を持っていない。製造業や、建設、物流など現場仕事に近い分野ほど、仕事がキツイなど苦労が多いと思うのか、後継者となることにしり込みする。
シンガポールやタイでは、日本ほどではないがすでに高齢化問題が現実に出てきており、後継者をどうするかが喫緊の課題として迫っている。
マレーシアやフィリピンなど、高齢化にはまだいたっていない国でも、引退を考える年齢が50歳代半ば頃から始まるため、やはり後継者問題が話題になる。
一方、インドネシアやベトナムなど、経済成長のスピードが速く企業の成長意欲が高い地域では、資金調達を理由にM&Aを行うケースがみられる。現地の金融機関から資金を74調達すると、なんと金利が2ケタ(10%の国がある)になってしまうため、それを避けて手っ取り早く外資を受け入れようというわけだ。その場合、マイノリティ出資でのM&Aを希望する企業が多いが、一般的には規模が小さい企業ほど会社売却の意向が強くなる。
そして、その相手先として人気なのが、日本企業なのである。 トップ同士の相性が売却の決め手になるASEANの中堅・中小企業は、買い手企業にどんなことを求めているのだろう。
「経営者にとって、会社は大切な子どもと同じ。大事に会社を伸ばしてほしい」 「売却しても、従業員を大切に扱ってほしい。リストラや、急なやり方の変更は困る」
よくASEANの中小企業経営者が口にするセリフだが、日本にも同じような考えの中小企業経営者は山ほどいる。本章第2節で日本とASEANの心理的近さについてふれたように、双方の中堅・中小企業経営者の性質は、驚くほど近い。
「中小企業のM&Aは惚れさせたら勝ち」と日本ではよく言う。「わが子である会社と社員を安心して託せる信頼に足る人物」と思えるかどうかは、時には売却額よりも重きを置かれる。これはASEANでも同様なのだ。
買い手企業のトップの人柄、気持ちの通じ合える人物かどうかが、M&Aの成功を左右する。そうであれば、心情的にわかり合えるところの多い日本の経営者は、他国よりもASEANの経営者を惚れさせる要素を持っている点で有利だ。
もちろん、買い手である日本企業は売り手企業の財務内容等々を正確に調べることが必要だが、ことASEANでのM&Aにおいては、トップ同士のフィーリングも重視したい。
互いの企業を共に成長させていける人物か、見極めることが大切だ。
編著者代表
大槻昌彦(おおつき まさひこ)
日本M&Aセンター常務取締役 兼 海外事業部事業部長
大手金融機関を経て2006年入社。主に譲受企業側のアドバイザーとして数多くのM&Aに携わり、自社の東証1部上場に主力メンバーとして大きく貢献。現在は海外事業部をはじめ、日本M&Aセンターグループ内のPEファンドやネットマッチング子会社等、M&A総合企業としてのグループ会社全体を統括する。
尾島 悠介(おじま ゆうすけ)
日本M&Aセンター 海外事業部 ASEAN推進課 マレーシア駐在員事務所 所長
大手商社を経て、2016年入社。商社時代には3年間インドネシアに駐在。2017年よりシンガポールに駐在し現地オフィスの立ち上げに参画。以降は東南アジアの中堅・中小企業と日本企業の海外M&A支援に従事。2020年にマレーシアオフィス設立に携わる。現地経営者向けセミナーを多数開催。
この章の執筆者
マレーシア駐在員事務所長
尾島悠介(おじま・ゆうすけ)
現在はシンガポールを拠点に、アジア諸国の中堅中小企業と日本企業との海外M&Aに従事。2020年3月よりマレーシア駐在員事務所長に就任。
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